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62 朝な夕なに旅の宿⑥ インド(後編)

 ムンバイからゴア、ハンピ、ウーティ、と少しずつバスで南下して、マドゥライにやってきた。バススタンドからオートリキシャでとりあえず鉄道駅まで乗ると、「チープホテル(まで行く)?」と言うのでそのまま連れていってもらったのが
 RAVI LODGE
 チープだけれどまあまあ広くてきれい(個人の感想です)、マネージャーは感じよく、立地が良いのにすこーし路地に入ってるから静かで、良い宿だった。
 マドゥライという町自体もすごく気に入って、かなり長居した記憶が。

 その4年後、ふたたびマドゥライを、ケララ州トリヴァンドラムから北上してきて訪れた。記憶を辿って路地に入ると、おお! RAVI LODGE  健在!

 マネージャーは代わっていて、ベルボーイというか御用聞き(死語かも)のような青年が雇われていた。彼をひと言で表すと、お調子者。すごい早口のインド英語を操り、最後はほぼ必ず「ベリベリグッド!」で締める。
 ルームサービス(近所の店で買ってくるだけ)を勧めるので、チャイを頼んでみた。ビッグ オア スモール? と聞かれ、ビッグを頼む。
 と、しばらくしてベリベリグッドが運んできたのは、スモール2つ。「ノー ビッグ」だったそうだ。翌日はなぜかビッグが2つ来た。いいけど、べつに。

お腹じゃぶじゃぶ

 2度目のマドゥライも楽しくて、このあとコルカタまで北上するつもりなのだがなかなか離れ難い。

 それが、ある夜のこと。
 屋台でスイカだかパパイヤだかを食べていたら、通りかかった青年に、
「こんばんは、ですか?」と、声をかけられた。日本人だ。
「あ。こんばんは、です」
「ジャパニーズいないっすよね、南インド」
 青年は最南端のカニャクマリを目指して北から下りてきたらしい。わたしは北へ向かっていると言うと、
「じゃあ、マハバリプラム寄ります? 寄るんだったら、この宿がいいですよ」と、名刺を1枚渡された。お洒落な字体で " SAKTI  HOUSE " と書かれてある。
「○○(彼の名前。ごめん、覚えてない)に聞いたって言えば、よくしてもらえるから。おばちゃんに、○○は元気だって伝えてください。いいですよ、マハバリ、すごく」
「そうなん? ありがとう」
「じゃあ!」
 1分にも満たない立ち話で、次の目的地が決まった。そろそろマドゥライを去れという旅のカミサマからの伝言だったのかも。

 一気にマハバリプラムは無理なので、まずタンジャブールまで行って2泊、それから夜行バスでチェンナイに行き、ミニバスに乗り換えてマハバリプラムに着いた。海辺の小さな村なので名刺の裏の略地図で " SAKTI  HOUSE " はすぐにわかった。ひっそりと札を掛けてあるが普通の民家だ。

 そっと門をくぐり、建物を覗くと、気難しそうなおばちゃんがテーブルに向かっている。何か用?みたいに睨まれたので、あわあわ、
「○○に聞いて来ました」
 もらった名刺を見せると、おばちゃんはあらまあ!って感じで表情を和らげた。「〇〇は今どこ?」「マドゥライで会いました」「〇〇の友達ならオーケー、フォロー ミー」
 案内されたのは2階の素敵な部屋だった。
 板の間にゴザが敷いてあり、靴を脱いで上がる。文机のような低いテーブルと、蚊帳付きの低いベッド。それだけでいっぱいの狭い部屋だけど、机に向かって床に座ると自分の部屋にいるみたいに寛げた。

ひとりで寝るんだけどさ

 旅の展開は、まったくもって、いつも読めない。こうして、〇〇くんのおかげでマハバリプラムに完璧な部屋を確保できたのだった。

 長くなるけど、インドの宿といえばもう一軒、ところ変わってダージリン。
 9月末のダージリンは肌寒く、どんみり、霧に覆われていた。
 町は坂道ばかりだし、坂道からさらに急な坂道が、ショートカットとしてうねうね派生していて、えっ、ここどこよ。平面地図が役に立たない。

ダンジョン

 で、目当ての宿に辿り着けず、寒いし霧は雨に変わるし、ああ・・・もう、どこでもいい・・・と、目についたのが BUDDHIST LODGE 。  
 雨宿りの如くチェックインしたのだけど、これがなかなかグッドだった。広い部屋、大きな窓、大きなベッド。何より有り難かったのは、夜7時から11時までお湯が出ることだった。 
 毎日の楽しみは夜の " お湯シャワータイム "。温水を浴びて長袖を重ね着し(チベットの帰りだったので何枚か長袖を持っていた)、ウインドブレーカーを着込み、体が冷えないうちに早々にベッドに入る。 
 ベッドは連日の雨または霧でしっとり冷たく湿っているので、新聞紙を敷いてその上に寝る。そして朝、寒さで目が覚める・・・・

 バックパックの荷物も毎日少しずつ湿気を吸い、少しずつ重くなっていく。そんなダージリンなのに、なぜだか去り難く、霧に濡れながらチャイを啜り、ベジタブルモモで体を中から温めながら、2週間近くぐずぐずしていた。
 そして、ようやくシッキム行きのパーミットを取り、さて出発という朝、ここへ来て初めて霧が晴れ、部屋の窓にカンチェンジュンガが、ばーんと広がったのだった。

やればできるやん


 インドには他にも思い出深い宿がいくつもあるけれど、一旦おしまい。
最終回へつづく。さて、どこの国かな。

追記 
すみません。記憶違いでした。
昨夜、何気なく当時の日記をひもといていたら、
カンチェンジュンガが見えたのは、BUDDHIST LODGE ではなく、ダージリンから足を延ばしたシッキムのガントク、HOTEL MIST TREE MOUNTAIN の窓から
だったようです。
今後は感動の在り処をちゃんと確認してから書きます・・・。


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