「交渉人遠野麻衣子」発売に際し、五十嵐貴久が映像化の話を書きます

・多くの方が誤解というか何というかなのですが、「五十嵐貴久の小説ってよく映像化されるよね」と思ってらっしゃるかも知れませんが、本人としてはまったくそう思ってません。

・特にこの15年は「いや、全然っす」が実感です。

・これには少しだけ理由があり、私は某扶桑社を退社した後、某制作会社にお世話になり、その間映像化の権利をすべてその某制作会社に任せていたので、他社からお話があってもほぼ実現しなかったわけです。微妙な話なので、ややぼかしてますけど。

・2021年一杯で契約が終わりまして、現在は映像化窓口を各出版社にお願いしてますので、何かありましたらお問い合わせ下さい。

・それはどうでもいいのですが、私の映像化黄金期は2003年で、要するに本作「交渉人遠野麻衣子」でした。

・これ、自慢と思っていただいても構いませんが、この小説への映像化オファーは20社近かった記憶があります。テレビ局、制作会社、映画会社などなどです。

・そのスピードが異様に早かったのも確かで、発売翌日に直接私に電話が2本入り(お台場と汐留でした)、その後も出版社に問い合わせが次々にあったと聞いてます。

・なぜかと言いますと、本作の主人公は「交渉人」で(タイトルになってるぐらいだから当たり前なんですが)、私はまったく意識してませんでしたが(デビュー2作目なので、自分の小説に映像化のオファーがあると考えてなかった)、全篇会話劇なんですね。そりゃそうだろう、交渉人が喋らないわけないんですから。

・そして、この小説、凄く大掛かりに見えるんですけど、基本的には病院が舞台で、ていうかほとんど場所が動かないんですね。立て籠り犯と交渉人の攻防ですから、動くわけないんですが。

・何が映像化に向いているかって、その構造が向いてるんですね。極端に言えばロケが1カ所で済むので、お金がかからない。

・そして会話でストーリーが進んでいくので(ちゃんとした警察ミステリーだと、それは説明になるのでダメなんですが、「交渉人」なのでオッケーになるわけです)、とりあえず流れもある。

・安く早く作ろうは業界の合言葉で、だからオファーが殺到したのだろう、と私は思っています。

・実際に本作はWOWOWとテレビ朝日で2回映像化され(簡単に言ってますが、かなり珍しいパターンです)、その後テレビ朝日は続編「交渉人遠野麻衣子・爆弾魔」も映像化しました。ああ、「相棒」になっていれば、こんな苦労はしなかったのに。私の力不足のせいですが。

・しかし、作家・五十嵐貴久にとって良かったのか悪かったのかと言いますと、正直なところあまり良くなかったと振り返って思います。

・なぜかと言えば、どうすればドラマ化されるかが優先され、小説を書くという意識が薄れ、そっちばかり考えるようになってしまったからです。

・当たり前なんですけど、五十嵐貴久は一応作家でありまして、読者あっての作家です。小説を読む方のために書かないで、一体何をしてるのかと、当時の私をぶん殴ってやりたい私です。

・そこの勘違いを混々と説教して下さったのは各出版社の皆さまで、不良少年を更生させる勢いで、「もっと真面目になりなさい」「この先の人生の方が長いんだ。お前はそれでいいのか?」「オレはオマエを殴る」だんだんスポ根ドラマみたいになってきましたが、そんなこともあったのですよ。

・しかし、今思うとなかなか面白いこともあって、「交渉人」映像化を巡るテレビ局と出版社の戦いを横から見ていて、ああ怖、と思ったものです。この話はまた書きます。

・とにもかくにも、「交渉人遠野麻衣子」河出文庫より絶賛発売中です。皆さまよろしくお願いします。

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