アナログ派の愉しみ/音楽◎『ギャリー・オーウェン』

鳥のさえずりのような旋律は
ときに誇らかに、ときに狂気を宿して


アメリカ中西部カンザス州の激しい雷雨の夜。ダークブルーの制服に赤いバンダナをまとった金髪碧眼の青年が馬に乗って砦にやってきた。見張りの兵は眠りこけ、厩舎では酔っぱらった男どもが車座になってトランプ賭博に余念のないありさま。そこへ割って入ってカードを踏みつけると、憤怒の形相で立ち上がった軍曹と殴りあいを繰り広げる。ケリがついたのち、この第七騎兵隊に赴任してきたカスターだと名乗った青年は、いまやすっかり心服した軍曹以下、ならず者ぞろいの部隊を率いて先住民インディアンとの闘いに立ち向かうことに。そんなかれらは、軍楽隊が奏でる『ギャリー・オーウェン』の鳥のさえずりのような旋律に合わせて誇らかに行進するのだった……。

 
1967年に20世紀フォックスTVが制作した『壮烈!第七騎兵隊』の導入部だ。その日本語吹き替え版がフジテレビ系で放映されて、中学生だったわたしはすっかり虜となり、わざわざ放送局へ手紙を送ってプレスシートまで取り寄せたものだ。カスター役のウェイン・マウンダーが爽やかな魅力をふりまき、最大のライヴァルたるスー族のクレイジー・ホース(マイケル・ダンテ)とのあいだに友情が芽生えるといったふうの、一種の青春ドラマの仕立てに共感するところがあったのだろう。だが、本国では過激な暴力シーンへの批判を浴びたとして、たった1シーズン(17話)で打ち切りとなり、中途半端な尻切れトンボで終わってしまった。

 
歴史上に実在するジョージ・アームストロング・カスターは、オハイオ州で1839年に生まれたから、日本では幕末長州藩の高杉晋作と同い年にあたり、それぞれの国が内乱の時代にふさわしい風雲児を送りだしたことは興味深い。カスターはウェストポイント陸軍士官学校に進んだものの放校されかけたところで、1861年に南北戦争が勃発すると騎兵隊士官としてめざましい軍功を挙げ、北軍の勝利のもとに終結したときには23歳の若さで将軍のポストを手にしていた。そして、1866年に第七騎兵隊の隊長に赴任してインディアン戦争の指揮を執る運びとなったのだが、もともとアイルランド民謡に由来する軍歌の『ギャリー・オーウェン』が、このとき部隊の公式の行進曲に採用されたのはカスター自身の意向によるものだったらしい。

 
こうして『壮烈!第七騎兵隊』のドラマに接続していくのだから、暴力的な戦闘シーンが不可欠なのはやむをえないだろう。しかし、私見では、それは日本のテレビで放映されたチャンバラ劇と同様、敵役はバタバタ死ぬけれど次回にはまた生き返ってくるという、そんなただの演出のせいで視聴者が暴力的になるはずもない。むしろ番組の中断は、1960年代に黒人による公民権運動(ブラック・パワー)が高まったのを受けて、インディアンに対しても権利回復運動(レッド・パワー)が湧き起こり、とりわけこのドラマに前後して、極貧地域で刑務所暮らしを強いられた若者たちによるアメリカン・インディアン・ムーヴメント(AIM)が大きな注目を集めたことが実際の理由だったと考えられる。

 
その意味では『壮烈!第七騎兵隊』の打ち切りから3年後、1970年に公開されたアーサー・ペン監督の映画『小さな巨人』が象徴的だ。これは白人の世界とインディアンの世界を往還しながら120年あまりを生きたジャック(ダスティン・ホフマン)の見聞録という形式を取り、そこに現れるカスター将軍(リチャード・マリガン)の金髪碧眼の顔立ちにはハナから狂気が宿っている。あの『ギャリー・オーウェン』の旋律に合わせて第七騎兵隊を率いてやってくると、インディアンの村に襲いかかって女性や子ども、赤ん坊までも血祭りにあげ、さらにはもっと劇的な勝利を収めることでみずからが大統領候補となる野心を燃やして、1876年6月25日、リトルビッグホーン渓谷へシャイアン族やスー族の殲滅作戦に打って出て、逆に相手の待ち伏せに遭って包囲されてしまう。

 
「野郎ども、一斉射撃だ、一斉射撃だ!」

 
純白の派手な軍服をまとったかれは、すでに弾丸も撃ち尽くした部隊にそうわめきちらしながら、200名以上の部下を巻き添えにして滅んだ……。その結末を初めて目にしたとき、わたしは開いた口がふさがらなかったのを覚えている。

 
すなわち、カスター将軍と第七騎兵隊をめぐる物語の前段が『壮烈!第七騎兵隊』とするなら、後段を『小さな巨人』が描いてみせたのだ。双方のあいだに百八十度の転換が行われたのは、もとより実在のジョージ・アームストロング・カスターの与り知らぬところで、アメリカ世論の変化を反映したものに他ならない。ただひとつ共通するのは、その背景をいろどる『ギャリー・オーウェン』の素朴な旋律だけなのである。


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