アナログ派の愉しみ/本◎エディソン談『ペルメル・ガゼット』インタヴュー

汗、汗、汗の
しずくが飛び散るような


わたしはこれまで受賞・表彰といった栄誉とはおよそ無縁の人生を送ってきたけれど、一度だけそれに類した経験がある。小学3年のときに、地元の市の読書感想文コンクールで銀賞だか銅賞だかをもらったのだ。他の入選作とともに自分の作文も給食時間の校内放送で読み上げられたときの晴れがましさをいまも思い出す。そのとき、テーマにしたのがトマス・エディソンの伝記だった。

 
19世紀なかばのアメリカに生まれ、小学校には3か月間通っただけで退学させられながら、独力で科学技術の未開の分野を切り開いて、蓄音機(1878)、白熱電球(1879年)、真空管(1883年)、映画の前身キネマスコープ(1889)……など、つぎつぎと世に送り出した「発明王」は、あのころ子ども向け偉人伝の常連だった。わたしが読んだ本の細かいストーリーは忘れてしまったし、その結果、自分がどんな文章を書いたのかも記憶に残っていない。

 
ただ、エディソンが学校を辞めて長距離鉄道で新聞の売り子をやっていたとき、車内で仕事そってのけで化学の実験をやっていたら器具が爆発して大騒ぎになったというエピソードにひどく心動かされたことは覚えている。のちには、かれの「天才とは1%の閃き(インスピレーション)と99%の汗(パースピレーション)だ」という格言を知って、しばらく座右の銘にしたくらいだ。

 
そのエディソンが1889年、2度目の結婚相手の若妻とともにパリを訪れた際、イギリスの雑誌『ペルメル・ガゼット』の取材に応じた談話の記録を、クリストファー・シルヴェスター編『インタヴューズ』日本語版(1998年)で読むことができる。それは、取材者が手紙で5分間のインタヴューを申し込むと、「結構、金曜日の朝11時ころに来なさい。そのころには正気に戻っているはずだから。目下私の知力は毎分275回転で活動している」(柴田元幸訳)との返信がきたところからはじまっている。結局、5分の予定がエディソンの饒舌やまず、宿泊先のホテルからエッフェル塔テラスのレストランへに場所を移して、夫人や取り巻き連中とランをいっしょにしながら相当の取材時間におよんだらしい。取材者がパリの印象を尋ねたのに対して、こんな回答を返している。

 
「まあこれまでのところ一番目についたのは、こっちの人間がみんな揃いも揃ってどうしようもない怠け者だってことだな。こいつらいったい、いつ働いてるんだ? 何の仕事をしてるんだ? パリに来て以来、きちんと物を作ってるところなんか見たことがない。ここの奴らときたら、のらくら遊んで暮らすために、わざわざ手の込んだ仕組みを作り上げたみたいに思えるね。ここにやって来る技術者連中だって、流行の服で着飾って、手にステッキ持って、いつ働いてるっていうんだ? さっぱりわからんね」

 
そこで、取材者が「あなたのお仕事ぶりについては、こちらでもいろいろ武勇伝をうかがっています。何でも、一日23時間、何日もつづけてお仕事なさるとか」と水を向けると、「いやあ、それ以上やることもしょっちゅうさ、そうだろうグーロー(同席の大佐)? でもまあ、ふだんは一日20時間というところだな。4時間眠れば十分さ」――。また、エディソンが色つき写真の実験をしているとの報道について問いかけると、相手は舌平目のフライに舌鼓を打ちながら、ニッコリ笑ってこう答えた。

 
「いや、あれはデマだ。そういうおセンチなことはやらん。感傷なんぞに用はない。〔中略〕カーネギーの奴、すっかりおセンチになってしまいよった。感傷的もいいところだ、こないだ会ったときも、こっちは奴の製鉄所の話がしたいのに――私はそういうのに惹かれるんだよ、巨大な工場が昼夜動いていて、溶鉱炉がゴーゴー燃えてハンマーがガンガン鳴って、何エーカーも何エーカーも仕事場が広がっていて、人間が金属と戦っていて。なのに向こうはまるっきり乗ってこない。『あんなものは野蛮さ』とか言うだけで、いまじゃフランス美術だのアマチュア写真だのの話ばっかりだ。残念だったらないね」

 
このとき、エディソンは働き盛りの42歳。まさしく、汗、汗、汗のしずくが飛び散るような天才の発言ぶりではないか。人間の生き方としてこれがどれだけ稀有なものであるかを、現在のわたしは少なくとも小学生のときより理解できる。のみならず、そのやみくもな意欲の底にひと刷毛の狂気を滲ませていることさえも。実際、のちに晩年のエディソンは研究所に閉じこもって霊界との交信にいそしんだといわれている。

 
ところで、このインタヴュー記事のなかにひとつ気がかりな疑問がある。取材者が「遠くを見る機械」の開発状況について質問して、エディソンは「大変順調に進んでいる。非常な長距離に使うには今後とも難しそうで、1万キロ以上離れた人間同士が見えるようになる、などと豪語する気はない。だが都会では十分実用になるはずだ」と応じているのだが、この機械とは一体、何だろうか?


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