アナログ派の愉しみ/映画◎木下恵介 監督『日本の悲劇』

70年前の「人身事故」が
われわれに突きつけるのは


「本当に重大な哲学の問題はひとつしかない。それは自殺である」――。木下恵介監督の映画『日本の悲劇』(1953年)を前にすると、このアルベール・カミュの言葉を思い出さずにはいられない。

 
太平洋戦争の終結から8年が経った当時、東海道本線の湯河原駅でひとりの中年女性が列車に飛び込むまでの足跡を、ドキュメンタリータッチでつぶさに追った内容だ。その井上春子(望月優子)は酒屋を営んでいた夫を戦争で失ったのち、ふたりの子ども、姉の歌子(桂木洋子)と弟の清一(田浦正巳)を女手ひとつで育ててきた。敗戦後の飢餓のもとではせっせと闇商売に励み、カネ目当てに男どもと関係を持ち、朝鮮戦争の特需景沸くいまは熱海の温泉の女中として酔客に媚びを売ったり、株取引に手を出してボロ儲けをもくろんだり。そのうち子どもたちも成長して、姉は地元で洋裁の仕事をしながら英語塾に通い、成績優秀な弟は上京して大学の医学部に勉強中で、春子の誇りとなっていた。

 
だが、戦後民主主義の洗礼を受けた世代のかれらにとって、生活のためとは言いながらふしだらな行為を重ねてきたあげく、いつまでもわが子を支配下に置き、やがては自分の面倒を見させようする母親は疎ましい存在でしかなかった。こうした生活から逃れるために、歌子は好きでもない妻子持ちの英語教師と駆け落ちし、清一は将来の病院開業を見込んで富裕な医師夫妻の養子になってしまう。かくして、気がついてみたらたったひとりの孤独な身の上となっていた春子は、またぞろ声をかけてきた旦那のもとへ向かう途次、湯河原駅の階段で降りかけた足を止めると、プラットフォームに駆け戻って、反対側から入線してきた列車へ躍り込んだ……。

 
確かに、これを戦争未亡人の悲劇だと見なすこともできるかもしれない。しかし、ここに描かれた不条理は敗戦直後の日本社会にかぎった話だろうか。母親の執拗な反対にもかかわらずいまや他家の人間となった清一のもとを訪ねた春子は、もはやわが子が自分の手の届かないところへ去ったことを知って、こんな言葉を残して死出の旅へと踏みだす。

 
「お母さんはお前を産んだんだよ、忘れないでおくれ」

 
まさに血を吐くようなセリフではある。しかし、実のところ、この映画がつくられてから70年後の今日に至るまで日本社会においては大なり小なり、母と子のあいだでずっとこうしたセリフが交わされてきたのではなかったか。あまつさえ、母子家庭をめぐる経済的な苦境は、ここに描かれた春子と歌子・清一の場合よりも、今日のほうがさらに深刻な状況に置かれているケースも珍しくないだろう。この映画が現代に突きつけている刃は、むしろもっと異なる次元にあるのではないか。

 
実は、わたしはもう長らくJR中央線沿線に住んで、通勤にはオレンジ色がロゴカラーの車両を利用してきたのだが、この路線の「人身事故」の多発はよく知られているところだ。わたし自身、乗車中にアクシデントに見舞われて長時間の待機を余儀なくされたことはしばしばあるし、事故が起きたプラットフォームに居合わせたとも何度かある(現場を目撃する勇気はなかったけれど)。当局ではひとの気持ちを落ち着かせる青色の照明を設置したり、神主を呼んでお祓いをしたりしてきたけれど、どれだけの効果があるのやらどうやら。むしろ、条件の整った駅からでもプラットフォームに自動ドアを設置したほうが効果的と思うのだが、いまだにひと駅も実現を見るに至っていない。こうした状況のもとで、いつしかわれわれ乗客たちも「人身事故」に馴れてしまい、それが起きたときには自分も足止めを食ったことを嘆いても、その行動へ出ざるをえなかった人物に対してまったく関心を払おうとしないのは考えてみれば恐ろしいことだろう。

 
とりわけ近年、女性や子どもの自殺が増加傾向にあると報道されるが、いつの間にかただの統計の数字として受け止め、それに違和感を抱かずにいるだけに、この事態を打開するためには、あらためてわれわれの社会が生みだす自殺をとおして、ひとりひとりの人生を直視することからはじめなければならないはずだ。その意味で、『日本の悲劇』はいまだにアクチュアルな問いかけを投げかけ続けているのだとわたしは思う。
 

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