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Entrée:プロットサジェスチョン

警察学校に通う”僕”は、真面目だけが取り柄で、これといったのめり込む趣味もなく、いつも周りからは"僕"君って優しいよね、と褒めるところが無い人へ向けたなけなしの気遣いに愛想笑いで返していた。

久方ぶりの休みは、大学時代に通い詰めていたクラブへ、5年遅い大学デビューを果たす様な気持ちで、非日常の異世界で羽を伸ばしていた。爆音でフィリーソウルがかかるこのクラブでなら、そう、70年代にもし自分が生まれていたならばきっと生きやすかったに違いない。酔わせてくれるのだ。

0時を過ぎ、フロア全体がアミニズム全盛時代のような原始的トランスに包まれた頃、端で1人テキーラを飲むブロンドの髪の女性に気づく。ミラーボールに反射した、見覚えのあるクロムハーツのネックレス。
大学時代に、王道の卒業旅行を嫌い、ウクライナへ1人うだつの上がらない旅をした時に出会い、そして...背中を見ずに別れたあの娘?ルーシー・バルバラ?

二人は秒を待たずに、身体が火照るのを感じた。
恋に落ちる時、重いコートを脱いだ訳でもないのに身体が軽くなる。
人は死ぬとき、魂の重さ21g分軽くなるというけれど、まさに恋は魂を抜かれるんだ。
"GLUE"は偶然にして必然さ。
“僕”は、彼女が踊りながら流す涙の理由がなぜか100%理解できたんだ。なぜだろうね?
真実に、言葉はいらない。二人は、パノラマの桃源郷を夢見た。

彼女は、なぜウクライナから今東京を選んで来た本当の理由(わけ)や、ここ1年自分の周りに起こった悲惨な出来事をすべて”僕”に打ち明けた。心を開くのに時間はいらない。運命というモノは、好きな音楽を伴に聴くと言う事はあらゆる話し合いを凌雅する、凄まじいパワーを秘めている。彼女は、”僕”の胸にすべての想いを預けた。

お互い、小さい頃から繰り返し見てきた、夢。銃弾だらけのゴーストタウンに、たたずむ少女。場に似合わないモンゴロイドの"僕"。僕は夢の中だけのセカイが、彼女にとっては現実として降りかかった。
ここは、東京?小宇宙?いや、東京・内・宇宙。東京はリアルなのか?君は幻なのか。胸の痛みこそが、ホンモノなのか。
彼女は、”僕”の胸にすべての想いを預けた。
”僕”は、彼女と恋人になる決意をする。

同じ時代を生きる二人が、今できること、必死に生きることとは、むさぼるように愛し合うこと。いつの時代も、愛とサクリファイスは同時に存在する。強い信念は、信仰となる。

“僕”は、警察学校を卒業し警察官になっていた。
 二人は出逢ったきっかけとなったクラブで、サクリファイス—犠牲となった者への想いを抱きながら、生命を体で感じ合う。
 同じ時代を生きる二人が、今できること、必死に生きることとは、むさぼるように愛し合うことであった。しかし、現実に目を背けた、逃避のダンスだった。
もう、彼女は踊れない。
“僕”と彼女は、あまりにも遠すぎた。国境を越えたら、いつだってお別れさ。かぐや姫より残酷で、でも、かぐや姫よりロマンティックにも思えたんだ。麦のような彼女と、土のような”僕”。今は、ちょっと乾いているかな。

”僕”と彼女は、彼女の故郷へ訪れる。
彼女が育った町は内戦で荒廃し、家は吹き曝しになっていた。ラッパの音が町中に鳴り響き、彼女が幼い頃大切にしていたブリキ人形は風に揺られ踊っているように見えた。なんてぎこちないダンスなんだろう。愛おしさと哀しみの共時性は、しょっぱい水になる。
彼女は、故郷を守ることを決意する。”僕”は、その彼女の想いを受け、プロポーズする。
その瞬間だけ、町の霧が晴れたような気がした。
彼女は、"僕"がいない、家族だけの最後の時間をウクライナで過ごすことにした。次からは、僕も彼女の家族の一員だ。日本のお土産は何にしようかな。
皆と、ハグして別れた。卒業旅行の淡く生ぬるい頬に吹き付ける風を思い出した。

・・・。



この世に神は存在するのだろうか。世界には何種類もの神が存在するが、どれが本物でどれが偽物なのだろうか。どの神も、決して救ってくれなかった。神が本当に羊飼いならば、祈ることとはその袖を引っ張るだけのことなのだろうか。
“僕”は、この身を犠牲にして彼女が蘇るならば厭わない想いだが、彼女もまた犠牲になったのだ。
今、遺された”僕”ができることは、愛した彼女を弔うこと。
精霊流しに、彼女がいつも付けていた首飾りを添える。そこに、彼女がいるような気がした。紙の舟を、流していく。

抱擁の残り香。木の温もり。2週間ぶりの家。
マグカップが、割れていた。彼女の匂いがひびからこぼれてゆく。
ふと窓の外に目をやると、蝉が何かに追いかけられているかのように飛んでいた。蝉が彼女の化身なのか、それともそよ風になって遊んでるのかな。無念の想いが水となって、マンホールの中・地下を彷徨う。
カフェオレ、たき火、土。銅色に宿るあなたの追憶を、赤銅色の蝉が小さな羽をはためかせながらなぞっていく。
このマグカップのひびをふさいだら、また一緒にカフェオレを飲もう。もし、あなたが僕を愛しているなら。

君は、キリンが好きだったね。”僕”は、あのシリウスまで首を伸ばせるかな。
星はきっと、引き潮にこぼした涙が真珠になって、僕らの知らないうちに空に舞い上がって膨らんだものなんだと思う。月だってそうだよ。

 最後まで、踊りが下手だったね。ステップも踏めなかったね。でも、今夜だけは、今宵だけは、踊らなくちゃいけないんだ。これが、僕たちのラストダンス。水から生まれて、水に還ろう。アンドロイドじゃない。心を潤せ。
踊ることとは、水になること。
僕たちは、シリウスになるんだ。


「セカイで1番輝く明るい星って何か知ってる?」
「ううん、知らない。」
「シリウスは、ウクライナでは夏に輝く星なの。おおいぬ座のDog Starだから、輝いてる期間をドッグデイズっていうの。セカイで1番輝いて、セカイを暑く照らしたいの。生まれ変わったら、シリウスになりたいな。なんてね。」

 今、冬の夜空に、真夏の輝く『Entrée』が見える。
僕らの命は、燃えてゆく。

2018年、ビクターよりメジャーデビュー。シンガーソングライター/トラックメイカー。愛猫カールをこよなく愛す。ベイスターズと北欧料理に励まされるピアノマン。◆新曲「三角形のミュージック」MV→https://youtu.be/hKb500zLQCE