第3回:東沢圭剛さん・岡山亜里咲さんご夫妻(後編)

 この連続インタビュー『困難な子育て』は、思想家であり武道家である内田 樹氏が主宰する合気道道場兼コミュニティスペースである[凱風館]の門下生や関係者の皆さんの中で、現在子育ての真っ最中の方々——それもさまざまな職種や立場の——に、個々の子育ての実践やそこから得た知見、子育てにおける想い、子育てをされている方へのアドバイスなどをお話しいただくことで、少子化が先見課題であるにもかかわらず子育てがいささか困難になっているこの国の現在の、「子育てのかたち」や「子育てという営為の本質」について見つめ直していこう、という試みです。
 なお内田 樹氏の呼称については、[凱風館]に出入りしている方々の共通の呼称である「内田先生」に統一します。

聞き手・構成:堀埜浩二(説明家)

 内田先生との出会いと合気道を通じて人生そのものが大きく変わったという、東沢圭剛(とうざわけいご)さんと岡山亜里咲(おかやまありさ)さんのご夫妻。前編(https://note.mu/bricoleur/n/n4ea9c441bf00)では、お2人が出会ってから、結婚して、ご長男の多恕(たゆ)くんを出産するまでのお話をお聞きしました。続く後編では、周りにも支えられつつ、子育てに向き合う日々について語っていただきました。
 微妙なすれ違いがありながらも大らかに子育てを楽しんでいる様子のお2人の、ほんわかとしたお人柄とともに、お楽しみください。

夫:東沢圭剛さん

1982年、兵庫県西宮市生まれ。関西学院大学商学部卒。現在は電機メーカーに勤務。公益財団法人合気会四段。合気道凱風館助教。東京の武蔵野・三鷹などを稽古場とする「合気道青楓会」を主宰している。

妻:岡山亜里咲さん

1989年、香川県高松市生まれ。幼少期にお父さんの仕事の関係で、明石、高松、東大阪、広島と引っ越しを繰り返す。神戸女学院大学文学部卒。神戸女学院大学合気道部 第19代主将。卒業後、神戸の児童自立支援施設で住み込みで働く。2014年より凱風館に書生として勤務。公益財団法人合気会参段。合気道凱風館助教。


前編から続きます)

「育てられ方」から生まれた、子育てのポリシー

——いろいろありましたが、無事に多恕くんが生まれました。珍しいお名前ですが、2人で相談してつけたのですか。
東沢さん
 名前はもう、彼女が決めていました。まだお腹にいる時から「たゆ」って呼んでいたので、他に余地はなかったですね。でも漢字だけは僕が決めさせてくれって。
岡山さん 大学時代に出会った憧れの先輩に、「たゆこ」というお名前の方がいらっしゃって。小柄な方なんですけど、小さな身体でひょいひょいといろんな国を超えて活動されているんです。夢は「冒険家になること」と語っていた姿がかっこよくて。女学院に入って華美な人々に囲まれていた中で、彼女はシンプルな身なりで、それゆえに内面の美しさが際立っていたんです。在学中にラオスに留学したり、独立後の東ティモールで活動したり。卒業後はNGOのスタッフとして、インドネシアの島々で活動されて、今はティモール島で生活されています。
 そんな彼女のように、決められた道を歩むのではなく、自分の感覚を信じて、「揺蕩うように生きてほしい」という願いを込めて、「たゆ」にしようと。私自身はかなり過保護に育てられてきたので、子供はもっと自由におおらかに育てたいという想いがありました。

——揺蕩うように、自由におおらかに……、良いお名前ですよね。漢字はどのようにあてたのでしょうか。
東沢さん
 東沢家は、兄弟の名前がみんな十六画なんですよ。僕の圭剛も、兄も妹も。母親が十六画って決めていましたので。

——東沢の姓と組み合わせた時に、十六画が良いということで?
東沢さん
 母親がそう言ってました。で、十六画で良い漢字がないかと考えて。「恕」は「心の如し」で、優しさや思いやりを意味する良い言葉だし、「多」は合気道の多田 宏先生にも繋がるし。中国出身の同僚に、中国語で「多恕」というのはかなり良い言葉のようで、「素晴らしいお名前ですよ」と教えてもらいました。

——「多恕」ってお名前からは性別が分かりにくいし、今は髪を伸ばしているので、「女の子かと思ったら、男の子だった」と言われることも多いでしょうね。
東沢さん
 そういう部分も含めて、揺蕩うような感じです。

——岡山さんが女学院に進学する時に家を離れて一人暮らしをしたかったっていうのは、過保護に育てられたということとも関係しているのでしょうか?
岡山さん
 そうですね。私の家はかなり過保護で厳しかったんです。特に私は長女だったので。

——今はご両親から、そんなに頻繁に連絡はないのですか。
岡山さん 子供が生まれたら、私よりも孫の方に意識が移りました(笑)

——片や、東沢さんのご両親はそんなに厳しくはなかったのですか。
東沢さん
 はい。わりと自由に、のびのびとやらせてもらってました。
岡山さん だから子育てについて、「礼儀作法と生死に関わること以外はあまり口出ししない」というポリシーは、2人で一致しています。

——岡山さんのお家がそんなに厳しかったのなら、最初に東沢さんをご両親に紹介した時に、「なぜこの人を選んだの?」みたいなことはなかったのでしょうか。
東沢さん
 その辺りは……、どうだったの?
岡山さん それはなかったです(笑)ちゃんとした、よく名前の知られている会社に勤めているから。

——やはり肩書きは大きかった。
岡山さん
 ここだけの話……。結構最近まで、両親の間では彼のことを、彼の勤め先の社名で「◎◎さん」って呼んでいて(笑)
一同 (爆笑)
東沢さん (笑)でも、まぁ、そういうものだよね。
岡山さん 今はもう名前で呼んでいますよ(笑)
——まあ「大きな会社だから安心」というのは、ご両親にとっては一般的な感覚でしょうから。


ちょっとずつ、いろいろ繋がることのありがたさ

——多恕くんが生まれて、いざ「子育て」となった時に、役割分担について相談したりはしたでしょうか? 最初に「産む、産まない」の話があっただけに、岡山さんには何となく「これぐらいはしてくれるかな」というイメージは、ぼんやりあったと思いますが。実際は期待通りだったでしょうか?
東沢さん
 う〜ん、そこは全然かも……。

——自分から全然って(笑)
岡山さん 彼は勤務先が京都なので通勤にも時間がかかりますし、子育てに関わる時間が限られるのは仕方がないとは思っていますけど……ねぇ(笑)
東沢さん 出勤が早い時は家を6時頃に出る時もありますし、遅くても7時半には出掛けますから。

——それだと子供の送り迎えは無理だし、日常的に子供とべったり関わるのは難しいですよね。
東沢さん
 子供が生まれた時に配属されていた部署では、まだ仕事にも余裕がありましたし、ちゃんと定時で帰れていたんです。今の部署に異動になってから、ちょっと時間的な制約が増えました。

——大きな会社だから、男性の育児休暇も制度としてきちんと整備されていますよね。
東沢さん
 そうですね。僕の場合は何ヵ月とか長期間休んだりはしなかったんですけど、5日間程休暇を取りました。出産休暇ですね。育児休暇は取っていません。

——育休を使うかどうかは昇進には関係ない、ということに表向きにはなっているのでしょうけど、実際にはやっぱり休みを取りにくかったりするのでしょうか?
東沢さん
 どうなんでしょう。自分的には、子供ができて最初の1、2年は、けっこう定時に帰っていましたし、休暇もきちんと取りながら、余裕をもって働いていたんです。その分、子供と触れ合う時間もたくさん持てましたし、それなりに子育てに関与できたのかな、と。もちろん日常的なことは彼女に任せっきりでしたけど、子供と一緒に過ごした時間は今よりも長かったです。でも、何となく自分の中で、子供や家族のためにもっと新しいことにチャレンジしないとダメなんじゃないかと思うようになって。むしろ、多少、家のことがおざなりになったとしても、新しいことにチャレンジした方が良いのではと考えて、去年の4月に社内公募制度に手を挙げて、今の部署に異動しました。子会社に転籍になることは分かっていたんですけど、一旦、肩書きなどを気にせずに、やりたいことをやろうって。

——忙しくなるのが分かっていながら、自ら手を挙げて異動したというわけですね。
東沢さん
 そうなんですけど、異動して右も左も分からなくて、結構残業しまくりで。彼女にはかなり負担を掛けていて。というか、かなり不満が溜まっていると思うので……。
岡山さん (笑)
東沢さん 年末にかなり大きな風邪をひいて、10日ぐらい寝込んでしまったので、そろそろ働き方を変えないとダメだとは思っています。

——いろんなストレスが一度に出たんですね。大企業には大企業なりのしんどさもあるでしょうから。まぁでもサラリーマンをしている限りは、「子育てにベッタリと関わる」ということ以上に、キャリアアップして暮らしに余裕を持とうとすることも大切ですから。年末の風邪は、ちょっと立ち止まって考える良い機会になったのでは。
岡山さん
 私は仕事が凱風館の書生なので、職場は近くだし、時間も融通が利きますから、ある程度はとうちゃん(圭剛さんに対する普段の愛称)の忙しさを受け止めることもできます。でも凱風館の書生も、事務仕事から指導、内田先生のスケジュールの把握など、実際にはやることがたくさんあります。今はずっと子どもと過ごしているので、思うように仕事ができずにストレスを感じたりもするのですが、先生や他の書生の方の理解もあって、できる範囲で仕事をさせていただいてます。つくづく本当に恵まれた環境にいるなぁと思います。

——お隣さんに子供を見てもらう、という話もお聞きしましたが。
岡山さん
 そうなんです。お隣のご夫婦はこのマンションの管理人さんなんですけど、もう娘さんが独立して働いていらっしゃるので、ご夫婦でのんびりと暮らしていらっしゃって。多恕も懐いているので、もう孫のように可愛がってもらっています。

——お隣のご夫婦はお幾つぐらい?
岡山さん
 まだ60歳にはなられていないかと。
東沢さん 50歳代の後半ぐらいですかね。
岡山さん 私たちの親世代ですね。このマンションに最初に内覧に来た時に、管理人さんだったのでお話しをして。「今度、3階が空きますよ」っておっしゃって、「3階の見晴らしがどんな感じか、ご覧になって」って、お家に上げてくださったんです。それで気に入って、ここに入居して。その頃、私はちょうど臨月だったので、「何かあったら、いろいろ声を掛けてね」とおっしゃっていただいて。とはいえ、なかなかこちらからは声を掛けにくいなぁと思っていたんですけど、ある日、産後2、3カ月でしんどかった時に、たまたま玄関先で「大丈夫?」って声を掛けていただいて、「うちにお茶しにくる?」っておっしゃっていただいて。それから定期的に、子供を預かっていただくようになりました。

——お隣さんからしたら、自分たちの子供に近い世代のご夫婦が引っ越して来たって感じなんでしょうね。
岡山さん
 後から分かったんですが、お隣の娘さんが神戸女学院のご出身で、内田先生の引率でフランスに行かれたことがあったり、とうちゃんと同じ小学校だったり、共通点がたくさんあって。その娘さんは、今はフランスのパリにお住まいなんです。お隣にはお孫さんがいらっしゃらないので、多恕を孫のように可愛がってくださって、多恕も「じいじ」「ばあば」って懐いていて。
東沢さん そのお隣の娘さんは、合気道の多田先生の旧友でいらっしゃる画家のド・ローラ節子さん(フランスの高名な画家・バルテュスのご夫人)の、お孫さんのベビーシッターをされていたんです。今でも長期の休みの時には、節子さんのお住まいであるスイスの「グラン・シャレ」で過ごされたり、節子さんがパリにいらっしゃる際にはお会いになられたりと、交流が続いているそうです。だから、「微妙に多田先生とも繋がってるね」って話をしていたんですけど。
岡山さん ちょっとずつ、いろいろ繋がっていて。
——お隣さんにそういう方がいらっしゃるのは、楽になるというか、すごくありがたいですね。お2人とも合気道をやっていることもあって、そういう人間関係を引き寄せる体感をお持ちのような気がします。


それぞれの中での距離の取り方、関わり方

——東沢さんは東京で合気道の道場を、ご自身で主宰していらっしゃいますよね。
東沢さん
 2011年から12年にかけての2年間、転勤で東京に居ました。その時、合気道は続けたかったので、最初はお稽古会みたいな感じで始めて。登録道場ではなかったんですけど、関西に戻ってからも意志を継続しようということで、今も続けています。

——道場は何という名前?
東沢さん
 青楓会(せいふうかい)といいます。公益財団法人 合気会の登録要件は四段以上なので、僕が四段になってから1年ぐらいして、「合気道 青楓会」として登録しました。上位組織は凱風館になります。市の体育館を借りて稽古をしていますが、普段は代稽古というかたちで他の方に面倒を見てもらいながら、僕は月に1回は東京に行って稽古をしています。

——そう考えると、合気道っていろんな意味で融通が利くというか、伸び縮みの余地がいろいろとありますね。
東沢さん
 合気道が、というよりは内田先生のご方針です。僕のように早い段階で道場を運営するのは稀なことなんですけど、内田先生に「どんどんやるべきだ」っておっしゃっていただいて。

——私が東沢さんと知り合ったのは東京に転勤される前で、この連載インタビュー企画でもお話をお聞きした佐藤友亮先生たちと一緒にバンドをやろうということになった時に、佐藤先生に「メンバーとして使える男がいる」って紹介してもらったんですよね。ところがその後すぐに、東沢さんの東京転勤が決まって。東沢さんが転勤してから「東京で道場を開く」という話を聞いた時には、わりと意外な印象でした。自分でそういう事をするようなタイプだとは、あまり思っていなかったので。私は東沢さんのことを、なし崩し的に追い込まれなかったらやらない、最後になんとか辻褄を合わせるようなタイプだと思っていたから。
岡山さん
 合ってます。完全にそういうタイプ(笑)

——そこはまぁ、器用ですよね。
東沢さん
 それが自分の中でのある種の悩みというか。器用貧乏なので、人からの話をあまり断らないというのもあって。

——その器用さは、子育てにも活きていますか?
東沢さん
 合気道をやっていることもあって、何事もあまり慌てないところはあるのかも。

——子育てをしている中で、しんどいなぁと思う事ってありますか?
岡山さん
 やっぱり2人で子育てをしているといっても、長い時間過ごすのは母である私なので、子供の気持ちが全部、私に来るのがちょっとしんどいですね。

——今お話をお聞きしている間も、うまく交替で子供の面倒を見ている感じですね。
岡山さん
 一緒にいる時は、大体こんな感じです。
東沢さん ちょっと温度差があると思うのは、もちろん子供は可愛いし大事なんですけど、僕は「男だから」というのがあるかな、と思っていて。やっぱりこう、母親だからこその息子への愛があるし、父親から見たら同じ男としての可愛さと責任感もあるので。僕は可愛い反面、子供に「もっとシャキッとしろ」というのは、どこかであるんですよね。
岡山さん そこですれ違うところがありますよね。
東沢さん いわば自己投影みたいなところが、どうしてもあって。女の子ができたら、また変わるとは思うんですけど。女の子ができた時に、今の多恕みたいなかたち形で愛せるかっていうのは分からない。その時になったら、彼女にも少しは僕の気持ちが分かってくれるのかもって……。まあ逆も然りなんですけど。

——保育園や幼稚園はどうなりそうですか?
岡山さん
 今、保育園の申込みをしていて、もうすぐ結果が分かるんです。近くの保育園で、自転車でちょっとぐらいのところにある保育園です。

——この界隈の保育園事情はどうなんでしょうか?
岡山さん
 それなりに待機児童は多いですね。私学の保育園は多いんですけど、私学は定員が増えないので、順番待ちで。公立は年ごとに必ず何枠か空くので、そこなら入れるかなって感じで。今、申し込んでいるのは20人ぐらいまでの小規模の保育園で、2歳児までなんです。多恕はもう2歳だから1年しかいけないんですけど、大人数よりは少人数のところの方が、多恕には合っていそうな気がするので。

——保育所に行くことに対して、多恕くんはどんな感じ?
岡山さん
 けっこう人見知りする「東沢タイプ」です(笑)

——お隣さんに預ける時は、そんなに愚図ったりせずに機嫌は良い?
岡山さん
 お隣さんに行く時は、もう自分から行きたいって。

——親との距離感とはまた違うものがあるということを、子供なりに分かっているんでしょうね。まぁそうやって徐々に、子供を社会に出していくと。岡山さんとしては、合気道や書生としての割合をもっと上げていきたいということですね。
岡山さん はい。

——それも含めて、東沢さんがいろいろとフォローをしつつあるみたいな感じですね。
東沢さん
 そうですね。できてるかどうかは分からないですけど。基本的には、やりたいことに対してダメと言うことはないです。

——今は岡山さんが多恕くんを見ている時間が長いわけですけど、子育てで「もっとこうして欲しいなぁ」とかいうことってありますか?
岡山さん
 うーん、考えたら一杯ある気がしますけど……。でも、お互い様なのであまり期待しないようにしていますね。とうちゃんはご両親からも、「あれしといて」とか、「これだからこうしないと」とか、あまり言われたことがなかったようだから、言われるのが嫌みたいで。ちょっぴり諦めてます。
——やんわりと諦めるように持って行ったんですよね、結果として。「東沢ワールド」みたいなのが、あるんですよ。それは彼の持ち味で、楽な部分もあるでしょ。そういうところで、うまくいってるところもあると思います。


「連絡無精」と、噛み合わないヴァイブス

——2人目については、まだ全然?
東沢さん
 彼女は欲しいと思っているようで……。
岡山さん いや、今は欲しくないの。またズレが出てるよ(笑)
東沢さん え、そうなの?
岡山さん 2人目が欲しいという時期もあったんです。[海運堂]の砂田さん(https://note.mu/bricoleur/n/n185661da4035)のところに3人目ができたり、妊婦さんを見る機会が多かった時に、「欲しいな」と思はったけど、とうちゃんに「転籍して忙しくなっている時期だから、今はちょっと無理」って言われて、「はい」って(笑)そうこうしているうちに、また2人目が欲しいって時期ではなくなって。

——なかなか2人のヴァイブスが噛み合わない。
東沢さん
 実は今、めっちゃどうしようかなと思っていて……。昨日も、病院にでも行こうかなと思っていたぐらいで……。
岡山さん 何、それ(苦笑)
東沢さん 彼女が「子供が欲しい」って言ってるのに、僕はそうでもないから、付託するような……。

——病院っていうのは、自分を奮い立たせるための?
東沢さん
 そんな病院があるのかなって。不妊治療とかはありますけど、子供をつくるって気持ちを奮い立たせてくれるようなところがあるのかなって……。
岡山さん だから(笑)がんばらなくって大丈夫だし。

——面白いですね、お2人の間のこのズレは。普段はそういう話はしないの?
東沢さん
 話していないことはないと思うんですけど、光嶋さんとか凱風館の周りの方からは、「2人で大事なことをちゃんと話していない」ってよく言われます。
岡山さん 肝心な時に、連絡を取り合わないとか。普通は東京に行ったりしたら、何時に帰るとか、連絡を取り合ったりするはずなんですけど、とうちゃんは全然そういうことをしない。

——それは単純に、東沢さんが横着なだけでは。
岡山さん
 そうだと思うんですけど……。まぁ、そんなことで心配もされるよね。
東沢さん 連絡無精なんですね……。

——それはぜひ改善してください。だってこれから子供が大きくなってきて、病気したり怪我したり、万が一何かあった時に、「連絡無精なんで」では通用しませんから。
東沢さん
 母親や妹からも、「大丈夫なの?」ってよく心配されます。母親にもあまり連絡しないもので。

——京都に通勤しているから、「今から帰るよ」とか「残業で遅くなる」とか、普通にメールとかするのでは?
岡山さん
 全然ありません。何か愚痴を言ったり、不穏な空気がある時は2、3日前にポロッと言うこともありますけど、基本は言わない。
東沢さん 連絡しづらいというか、会社の飲み会とかでも言えないんですよ、なぜか。
岡山さん そうそう。出掛ける時に何気なく「今日はー?」って聞くと、「今日は会社の飲み会で」とか、「今日から東京に出張で」とか。こっちから聞かれなかったら言ってこないよね(笑)

——子育て以前に、「困難な夫婦生活」であると。
東沢さん
 申し訳なさがあって、うまく言い出せないんですよ。

——そこは、言わないことが一番申し訳ないはずで。まあでも別に、そんなことで岡山さんは怒らないでしょ。みんなに対してもそんな感じだし、東沢さんがそういう人間だということを分かって、一緒になったんだから。
東沢さん つくづく、周りに恵まれているんですね、僕は……。
一同 (苦笑)


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困難な子育て

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