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日本人の著名人でブリッジ愛好者がいるのか探してみたら、有馬稲子さんと大江健三郎さんがブリッジ友達だったらしいという話

先日、近所の図書館へ行った際、図書館で利用できる新聞記事データベースで「コントラクトブリッジ」に関する新聞記事を調べてみました。ヒット件数はあまり多くありませんでしたが、その中の一つに、女優の有馬稲子さんのインタビュー記事がありました。

日刊スポーツ 2013年6月25日 朝刊25面
「あの人に聞きたい 著名人にロングインタビュー 有馬稲子さん(中)」

有馬稲子さんといえば、戦後の演劇界や映画界で活躍した、まさに昭和の大女優を代表する方ですが、こちらの記事では、有馬さんの女優活動の中で出会った著名人たちとのエピソードを語られています。
この(中)の回では俳優の三国連太郎さんや映画監督の今井正さんの話題がメインテーマでしたが、それに続いて述べられている作家の大江健三郎さんの話の中で「コントラクトブリッジ」が出てきました。

大江健三郎さんといえば、戦後の日本文学界を牽引し、1994年にノーベル文学賞を受賞した小説家ですが、そんな大江さんと有馬さんの交流が生まれたのは意外な出来事がきっかけでした。

有馬さんと大江さんの出会い

1957年に放送されたラジオ番組で、有馬さんは防衛大学校の取材をしました。当時は戦後間もない時期であり、憲法や自衛隊のあり方について議論が盛んに行われていました。有馬さんは現場を見学し、規律正しく訓練に励む学生たちの様子を見て「この目元が涼しい若者たちの、心の中までが画一的になることは心配だ」(『バラと痛恨の日々』p.218)という趣旨のコメント述べて番組を締め括りました。

ところが、とある新聞がこの放送を取り上げて「有馬稲子、たった1日で防大の熱烈ファンに!」という記事を書き、放送の趣旨とは異なる形で話題になってしまいます。そして、この新聞記事を読んだとある東大生が、放送を批判するコラムを書きました。社会的影響力のある女優が軍国主義を賛美するなどけしからん、という内容でした。それを聞きつけた有馬さんは直接会って誤解を解こうと、コラムを執筆した彼と面会する約束を取り付けます。その学生こそ、若き日の大江健三郎さんだったのです。

実際に都内の喫茶店で二人は対面すると誤解はとけ、大江さんが訂正記事を出すということになったそうです。

コントラクトブリッジがつないだ二人の交流

そんなハプニングめいた出会いをしたお二人でしたが、その後も交流が続くことになったのは「コントラクトブリッジ」のおかげだったそう。大江さんと出会った頃、有馬さんはブリッジを習っていたところで、さまざまな人を自宅に招いてブリッジをする会を開いていたそうです。そして、そのブリッジ会に大江さんを誘ったのだとか。そうして有馬さんと大江さんはブリッジ会を通して親睦を深めたそうです。

その会での大江さんは「冗談の好きなおしゃべりの名人」(『のど元過ぎれば有馬稲子』p.220)だったそうで、当時の彼女でのちに結婚する奥様とのノロケ話も多かったのだとか。残念ながら有馬さんはブリッジの遊び方までは覚えていないそうですが、大江さんとの交流は今でも忘れられないと、複数の著書やインタビューでこの思い出を語られています。

というわけで、有馬稲子さんと大江健三郎さんのブリッジを通した意外な交流についてご紹介しました。ちょうどお二人がブリッジをしていた頃はブリッジが世界的に流行していた時期とも重なり、日本の文化人の間でもブリッジが嗜まれていたことを窺い知ることができる、興味深いエピソードだと思いました。(ブリッジ史研究家としては有馬さんがブリッジと出会ったきっかけや学んだ師や著書などについても知りたかったところですが。)
調べるきっかけとなった新聞記事の他、以下の書籍も参照しましたので、気になる方は読んでみてくださいーではー。


(余談)大江作品にもブリッジが出てくるのか?

大江さんがブリッジを嗜んでいたということがわかったので、当方のブログではお馴染みの「国立国会図書館デジタルコレクション」で「ブリッジ」が出てくる作品を探してみました。「ブリッジ」などのキーワードで大江さんの著作の全文検索を試みたところ、2作品が見つかりました。

短編「上機嫌」では、メインの登場人物たちが賭けブリッジをする描写が一箇所ありました(恋愛ものですが露骨な性描写がある作品なので、苦手な方はご注意ください)。
また、戦争体験を書いた自伝的小説『遅れてきた青年』には、「わたしと政治家がスキャンダルの熱気に昂奮した委員たち、参考人たち、証人たちを相手にこの一週間やったことは、つねに勝利の確実なポーカーかブリッジのゲームだった。」(新潮文庫版、p.406)という形で比喩表現にブリッジが登場しています。
もちろんブリッジは作品の主題と何の関係もないわけですが、「ブリッジ」を作中に書き入れたのは、大江さん個人にとってブリッジが身近なものだったからなのではないでしょうか。

この他にも「ブリッジ」というワードが出てくる作品があれば追記したいところです。というわけで参考情報でしたー。

サポートはコントラクトブリッジに関する記事執筆のための調査費用、コーヒー代として活用させていただきますー。