昼になって、ご飯を用意しているのに一向に食べる気配がなく、カーペットの上に横たわったり座ったり立ち上がったりの繰り返しをしていたそうだ。

しんどいと言ってソファに横たわっていたようだ。ソファの記憶だけはある。突然起き上がって「えっ、俺、何してんの？」と言った記憶もある。言った覚えは一度だけだが、何度もその言葉を繰り返していたそうだ。


このあたりで兄と母が「おかしいな」と思い始め、救急車の手配となる。高齢の母や、亡くなった父もお世話になっていた病院に問い合わせると、「その症状は遠慮なく救急車を呼んでください」と言われたそうだ。


ろれつが回らなくなっているわけではないが、やはり脳梗塞やくも膜下出血は心配である。田舎で救急車を呼ぶのは大ごとであるが、ありがたい対応に感謝である。


そんな救急車の手配や、救急車が到着した記憶はない。どんなやり取りがされたのか、どうやって乗り込んだのかを思い出すことはない。だが、搬送されている車内の記憶が少しある。心配そうに付き添う母と、車で追走している兄の乗った車が見えていた。そして血圧や心拍の数字をぼーっと眺めていたことは覚えている。


次の記憶はMRIに入った場面である。先生と問診があったはずだが覚えがない。次の日の朝、病室に先生が回診に来た時が「初めまして」だった。


MRIの記憶も一瞬で、その次は母と兄と３人で入院の手続きをしている待合室だ。兄が聞き取りながら代筆してくれていたが、スマホで動画撮影もしてくれていた。そんな時の記憶はクリアなつもりだが、きっと後で見ると記憶にないことがたくさんあるはずだ。まだその動画は見せてもらっていない。途中でトイレに行ったが、戻る道が分からなくなっていたそうである。


その次の記憶は病院内のコンビニ。デイリーストアだった。今からの入院では晩ご飯が間に合わないと言われ、サンドウィッチとランチパックとカフェオレと水を買った。昼飯も食べていないままだった。お金は兄が出してくれていたと思う。


その次の記憶はもうベッドの上である。病室は６階だったが、どのように移動したのか記憶がない。ベッドで運ばれたのか、車いすに乗せてもらったのか、自分で歩いたのか、どのようにしてエレベーターに乗ったのかが分からない。


思い起こせば、移動の記憶がほとんどない。健忘症のなんらかのパターンなのか、脳の信号か、刺激的な部分に関係するのか。畑から家まで、家の中から車まで、車から救急車まで、病院到着から診察室、診察室から病室までといった移動の記憶がほとんどない。何らかの特徴なのだろうか。


ベッドの上ではしっかりと眠れていたように思う。目覚めるたびにすっきりとした感触があった。起きている時間の記憶も残っている。買ったものを食べたり、スマホを見たり、点滴を引きずりながらトイレに行ったり、夜中からのどの痛みがひどくなっていたがそれ以外はそこそこ快調であった。


看護師さんからの退院の手続きの話もしっかりと理解でき、朝食も昼食もおいしく完食し、点滴を終えて無事に退院。入院中も「なんでこうなったんだろう～？？？」と不思議に思いっぱなし。

病室まで家族の付き添いはできないので、退院してから兄と母から詳しく説明してもらう。あんなことした、こんなことした、あんなこと言った、こんなこと言ったと聞かされるが、やはり記憶にないので『不思議さ』が頭に残るだけであった。


翌日からの一週間はずっとけだるさや鈍い頭痛が残っていた。健忘症の後遺症をネット検索するが、そのようなものはヒットしない。鏡を見ると多少日焼けした顔が映る。やはり熱中症か酸欠か、なんらかの異常が体のどこかには表れていて、なんかしらのサインを発していたのだろうと思う。運動不足や肥満であることに、何度目かの本気の後悔をしているところである。


それでも比較的頭の中はすっきりとしていた。だからこそ、「一体あれはなんだったんだろう？？？？？」相変わらずクエスチョンだけが残る。でも、記憶にないのだからいくら思い出そうとしても分からない。というわけで「不思議～」って感じが残る、そんな健忘症の体験であった。

再発はほとんどしないと、医者に言われ、ネットでも確認した。が、前回のnoteの投稿に、再発した人からコメントをいただいた。ん〜、再発あるのか、、、、。

痛くもかゆくもない症状だか、不思議さが気持ち悪い。何より年老いた母や、家族に心配をさせてしまった。もう味わいたくはない感覚である。