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第二十四話 死にたがり。

那奈は今日もまた長谷部にレイプされていた。
だがもう身体の感覚がなくなりつつある。身体の痛みはどこか遠く、長谷部の粗末なペニスが何をしているのかも分からない。
だがそれでも那奈は声を漏らす。
もう那奈を相手にするのは長谷部だけだ。他の四人は那奈に目を向ける事さえない。
長谷部に飽きられたら、那奈は終わるだろう。だから那奈は苦しそうな声を漏らす。長谷部が喜ぶ苦しみの声を漏らす。

長谷部は満足するとベッドの脇に置いた椅子の上のビデオカメラをチェックし始めた。
那奈が閉じ込められているこの部屋にはスマホの持ち込みを止めるように龍崎が強く言っているため、長谷部はどこから持ってきたのかかなり古いテープ式の小型ビデオカメラで自身のお楽しみを撮影しようとしていたのだ。

だが旧式のビデオカメラの調子が悪いようでうまく撮影できていないようだった。
長谷部は那奈に背を向け那奈の手が届くすぐ横でビデオカメラをいじっている。
那奈は静かに立ち上がった。

殺せるよと死にたがりが言った。
それは無理だろう、那奈は手錠でベッドに繋がれているし長谷部はすぐに逃げることができる。
たとえ一撃食らわしたとしてもニ歩か三歩離れられたらもう長谷部には手が届かない。

もう死ぬのに、あと10日も生きていられないよ。
それは明日かもしれないし、明日が来ることはないかもしれない。
それならせめて。

せめて、何?

何もしないまま死ぬの?
こいつらにやられたまま死ぬの?
何もしないで終わりを迎えるつもり?
それでいいの?

那奈は背を向ける長谷部に一撃を食らわしたかった。
それで殺せることはないだろう、長谷部はすぐに那奈から離れるだろう。
でもそれでももしかしたら殺せるかもしれないし、それにせめて一撃でも与えなければ何のために生きてきたのか。
那奈は思った。

違うこれは私じゃない。

でも背を向ける長谷部の首に足刀を叩き込みたい。
もしかしたら殺せるかもしれない。
それに一撃目で動きを止めてそこにもう一撃食らわせれば長谷部は動けなくなってそこを何度も何度も叩き込んでいけば長谷部を殺せるかもしれない。

違うこれは私じゃない。

那奈の心も身体も汚されていないところ傷ついていないところは何一つなかった。
いやたった1つあった。
たった、一つ。
那奈の心の奥に小さな小さな明かりが1つだけまだ残っていた。
それは今にも消えそうで那奈はそれが消えてしまっては本当に終わりだということがわかっていた。
吹かずとも消えそうなその小さな明かりを那奈は広げた両手で守るように覆った。
那奈の手の平がほんのりと暖まったが代わりに周囲は闇に包まれた。
指の間からわずかに漏れる光が見えるだけだった。
闇には死にたがりがいる。
指の隙間から漏れるわずかな明かりでは那奈の顔すら見ることができない。

那奈はその火だけは決して消すまいと両手で強く覆うと指の隙間から漏れていた光もなくなり周りは真っ暗闇になった。
那奈の周囲は死にたがりで囲まれ、気がつけば那奈はたった一人だった。
小さな小さな火を覆うために広げた両手の平の温かみだけが那奈だった。

長谷部を殺せたとしてもその後は?
あいつらに殺されるだけ。

長谷部を殺せなくたってあなたは死ぬでしょ。
長谷部の首がそこにある。
長谷部のその貧弱な首に足刀を叩き込みたい。
せめてこの男だけでも殺したい。

長谷部は舌打ちをして立ち上がった。そしてカメラを手に部屋の奥の机に向かいそこにカメラを放り投げた。
そして長谷部は部屋から出て行った。

殺せたのに!
もう死ぬだけ!
殺せたのに!
もう何も無い!
殺せた!殺せたのに!!

気がつけば暗闇は死にたがりでいっぱいで那奈はたった一人になっていた。
小さな小さな火を守るように覆うその広げた両手が感じるほんの微かな温かみだけが那奈だった。

この火が消えてしまったら那奈はどうなるのか?
もちろん、死ぬのだ。
この火が消えたら那奈は死ぬ。
自らの命など少しも顧みない死にたがりは憎しみを拳に握りしめ、恨みとともに奮うだけだ。
そうして無駄に怒りを蒔き無意味に殺されるだろう。
だからこの火は決して消してはならない。
絶対に守り抜かなくてはならないのだ。

でも、少し疲れたな。
那奈は少し手を開いた。
か細い火が燃えている。
吹き消せば、楽になれる。
もう十分頑張ったよ。
那奈は火に顔を近づける。
あとはフッと吹くだけで楽になれる。
指の隙間から漏れた光が那奈の闇に染まる黒い顔を照らした。

だめ!これは私じゃない!
那奈は両手で火を覆い直した。

アハハハ!ゲラゲラゲラ!アッハハハ!イヒヒヒ!
那奈は笑い声に囲まれる。
アハハハもう死ぬのに!
もう少しだったイヒヒヒ!

那奈は小さな火に助けを求めた。

「助けて夏奈兄ちゃん、お願い。助けてよ……」

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