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第三十三話 The Rolling Stone

エビス屋の半地下の作業場に三人の男がいた。
一人は久磨で気絶し床に倒れていた。
一人は後藤で不敵な薄い笑みを岸に向けて立っていた。
一人は岸で銃を後藤の額に向けていた。

「思えば佐河のジジイが死んだ時から色々と上手く転がり始めたよな」
後藤が倒れる久磨を見ながら満足げに言った。

「田中さんを殺したのも上手くいったというつもりか?」
岸は抑えられない怒りを滲ませつつ銃口を後藤の額から外さずに詰った。

それを言われては後藤もさすがに薄笑いを消した。

「いや、田中さんには悪いことをしたと思っている。加藤ってやつも殺すハメになったしな」

田中さんだけじゃない!福井に徳田、照間と言う女も。男も女も今まで何人殺してきた!?
俺は……俺は……まだ100人殺してはいない。
まだ俺は、俺だ。
だがなぜこうなった?これはいつまで続く?

「全部、お前の仕業だったのか!?」

岸は抑えようもない怒りを隠そうともせずに顔を歪めて聞いた。
後藤はあの奇妙な笑顔を浮かべて答えた。

「ああ」高校生活初日に見せたあの奇妙な笑顔だった。
岸が引き金を引いた。

後藤は岸が引き金を引いたのを見た。
銃口から硝煙が吹き出るのを見た。
銃がスライドするのを見た。
金色に輝く真鍮製の薬莢が飛び出してくるのが見えた。

いや、あのジジイが始まりじゃあカッコよくないな、やっぱりサキタンの結婚パーティーから事が上手く転がり始めたんだよな。佐河のジジイが殺されたのもあのパーティーが原因だしな。 

サキタン可愛かったよなあ、和さんの寿司は最悪だったけど。

後藤は弾丸が額に触れるのを感じた。

あのパーティーで誰かが落としたのか自然に落ちたのかは知らないが、山の先から石が転がり落ちた。
その転がる勢いはドンドン増して、どこまでもどこまでも転がり続けついにここまで転がってきた。オレの額までな。
死ぬ時は炎に巻かれて焼け死ぬのがベストなんだけどな。
後藤は弾丸が額にめり込むのを感じた。
まぁ寝てる間に死ぬのが最悪だけどな。

このイカれたゲームにも終わりはある。

勿論最後はハッピーエンド。

しかしそれを見れるのは一人だけ。その一人の名前はK・・。


岸のヤツが助手席で寝ている。さすがに今日は本を読めないみたいだな。器用にシートベルトを枕にして寝ている。

「おい!着いたぜ、大丈夫か?代わるか?」
「いや、大丈夫だ」
岸は両の掌でマッサージするように眼を押さえた。

「ほんとかよ・・・」

岸はそれに答えずシートベルトを外してトラックを降りた。ドアを閉めて窓越しに頷いたがそれはどんな意味だ?

まぁ怪我をしたわけじゃないし、熱があるわけでもない。少しふらついてるみたいだがまあ大丈夫だろう、何かあったとしても客に酒臭いって言われるぐらいのもんだろう。

トラックが少し揺れた。岸のヤツが荷台に乗ったようだ。
AFNがストーンズのペインティットブラックが流し始めた。
珍しいな。AFNで初めて聞いたかもしれない。この手の古いというかオールディーズロックがAFNで流れるのはクイーンのボヘミアンラプソディくらいだが、これだって映画の影響だろうな。

岸のヤツ、あんな状態でもちゃんと本は持ってきていやがる、さすがに読めないみたいだけどな。
後藤が手を伸ばし本を手に取ってみる。

「フランキーマシーンの冬」

なんだそりゃ?題名から想像するに、フランケンシュタインの機械版が核戦争を一人生き延びて人類のいない冬の世界を燃料が切れるまで歩き回るような話か?

後藤がまるで興味の湧かない本を投げ、ストーンズが歌い終えると同時に岸のヤツがドアを開け一仕事終えたぞとばかりにトラックのドアを開けながら聞いてきた。

「何か飲むか?」

「ああ?じゃあお茶か・・まあお茶でいいや」

「NEXあったぞ?」

「ならもちろんそれで!」

岸のヤツが背を向けて自販機に向かって歩いて行った。

トラックに乗り込んできた岸からペプシを受け取ってホルダーに差した。岸はグリーン?スポーツドリンクの類だろう。

岸のヤツ、肩で息をしているってわけじゃあないが、たった十数メートル先の飲み屋に酒を少しばかり運んだだけとも思えないぜ。

「そんなにきついなら今日くらい代わってやってもいいんだぜ?別に今日の晩飯を作れとか言わないからよ」

「いや、大丈夫だよ」

岸はそう言うが、両手の平でこめかみを揉みながら言われてもな。
しかしまあお互い昨日はよく飲んだよな。だけどなあそんなに二日酔いってもんがキツいなら少しは控えようって気にはならないもんか?オレはまあどんなに飲んでも岸みたいにはならないからな、そんな気持ちは分からないけどな。

岸のヤツはチビチビとスポーツドリンクを飲んでいる。喉なんか乾いていないのに、これを飲めば少しは楽になるって思って無理やり飲んでいいるんだろうな。オレは缶のペプシの蓋を開けて喉が炭酸を許容する限界まで一気に飲んだ。

「ハーっ!」喉が軽く焼けるようで思わず声が出る。

オレは人工甘味料ってやつが大嫌いだ。最近は飲み物だけじゃなく、油断しているとデザートの類にまで入れてきやがる。こんな物が好きなのは度数9%の缶チューハイを飲むような連中だけだろうよ。最近じゃあ缶コーヒーにまで入っているらしい。まあオレは缶コーヒーは飲まないから詳しくは知らないが。

だがコーラだけは別だ。人工甘味料ってのはコーラの為にあるんだよ、マジでな。コーラだけは砂糖がたっぷり入っているより人工甘味料入りの方が美味いんだよな。ケミカル感が増すって言うのかな?

無糖のコーラはコカ・コーラにもあるがペプシの方が美味い。で、コーラは缶の方が美味いんだ。
ペットボトルであっても缶であっても中身は同じらしい。そりゃあそうだろうな、わざわざ入れ物によって中身を変えるとも思えないしな。

でもコーラは缶の方が美味いんだよ。最近目にする紙のストローな、アレで飲むコーラはマズいだろ?プラスティックのストローで飲むコーラの方が美味いよな?それは紙のストローを咥えるとなんか芋虫を咥えている気分になるからだな。
食い物や飲み物が美味いかどうかってのは味だけじゃないんだよ、当たり前だけどな。

例えば、食欲をなくすためのご飯に振りかける青い粉ってのがあったよな。粉自体に味は無いんだが、その色が食欲をなくすんだ。シュールストレミングがどんなに美味くたってまずその匂いで普通の人はまず口にすらしない。

それと同じだ。コーラはペットボトルより缶の方が美味いんだ。唇に触れる缶の冷たさがコーラをより美味くするんだよ。コカ・コーラとペプシのどっちが美味いかは人それぞれだろうが、コーラはペットボトルより缶の方が美味い。これは絶対だ。

ペットボトルは蓋を閉められる、缶は出来ない。だろ?
缶のコーラの方は美味いから全部飲んじまう4。ペットボトルのコーラはそうじゃないから蓋が必要になるんだよ。

「羨ましいな・・・」トラックの揺れが頭に響いているかのように岸が両手で額を押さえながら言った。

「あ?」

「お前、二日酔いしないんだな」

「いや、オレだってだるいぜ、さすがに飲み過ぎたよ」

「でも平気そうだよな」

「まあオレは酒弱いしな、そうなるまで飲めないんだろうよ」

「弱くはないだろ?あんなに開けてたのに・・」

「ああ、まあそうだなロクに、タンカレーだな」

あんなにって言われてもな。確かにロクは6000円はする高級ジンだし、タンカレーもまあ同じくらいだろう。飲み屋で飲むならそうだな、安い店でもやっと一万取らないくらいだろう。
岸のヤツがどこか恨めしそうにオレを見ている。
何だよ?文句でも言うつもりか?少しくらいいいだろ、サキタンの結婚パーティーだったんだぜ。

「あとベルーガも開けてたな?」

「ん?」

オレはしらばっくれるつもりってわけでもないが、まあそうだな、ああ飲み過ぎた。

「いや、でもあれはスラブコンビのヤツがさぁ・・・」

「ベルーガの空き瓶は三本もあったなぁ、一人一本か?」岸のヤツが頭痛をこらえているのか睨んでいるのか分からないような目つきでオレを見ている。

ベルーガも一本6000円くらいか、飲み屋で飲むなら以下略だ。
しかし、ロクにタンカレー、ベルーガを三本。6000円を五本だからしめて三万円。飲み屋では・・・飲まない方がいいだろうな。

「いや三人で飲んだわけじゃねえよ!アパッチのオッサンだって飲んだし、レッドのヤツも・・・っていうか全員で飲んだんだよ、そうだよ全員でさ!」

言い訳っぽいけど、事実だ。
事実だけど、岸のヤツの頭痛をこらえているのか睨んでいるのかよくわからない目つきは変わらずオレに刺さっていた。いや、睨んでいるのかもしれないな、もしかしたらな。

「でもサキタン結婚パーティだったんだぜ!?酒なんて楽しく飲んでこそだろ?」

「それでロクにタンカレーにベルーガ三本か?」
岸は変わらぬ目つきで言った。

「なあ、サキタンの結婚パーティーより楽しく酒を飲める機会なんてあるか?ロクもタンカレーもベルーガもデッドストックみたいなもんだろ?あそこで飲まないでいつ飲むんだよ!?」

そうだよ、エビス屋の客であんな高級ジンを頼む客はいないんだ。ウォッカなんて味がしないんだからウィルキンソン以外誰も頼まないだろ?ベルーガを出してやった時のスラブコンビの喜んだ顔だけで元を取れたと思うぜ。

「ああ、お前がそう言うならいいけどな」岸のヤツがやっと目を反らして言った。

何だよお前はアレか、自分はビールに安い業務用の焼酎ばっかり飲んでいたから恨めしく思っているのか?

「なんだよ、連中喜んでたぜ。最高の結婚パーティになったと思うぜ。そりゃあシャンパンは奮発したけど、だからって安い焼酎ばっかり飲ませるわけにもいかないだろう?」

「いや、お前がそう言うならいいけどさ」

何だこいつ、珍しく嫌な言い方するな。そんなに自分だけ安焼酎で我慢していたのが気に入らないのか?

「お前は何飲んでいたんだよ?」

少しばかり意地の悪い言い方かもしれないが、サキタンの結婚パーティーは安焼酎で誤魔化すような場じゃなかっただろ?

「俺?俺はまあ、あれだよ・・・」

何だよ、今更安焼酎を飲んでいたのが恥ずかしくなったのか?

「ビールと・・あとは焼酎と」

「焼酎と?」

「・・・山崎、かな」

山崎?え?山崎じゃないだろ?田中さんだろ?お前が一緒に飲んでいたのは。山崎なんてヤツはいなかった。いや違う!山崎なんちゃらって言う日系人か何かがいたんだろ?そうだろ?

「山・・・崎?」なあ?お前は田中さんを山崎って名前だと勘違いしているんだよな?なあそうだろ?

「ああ、山崎・・」

岸のヤツ目を反らしやがった!!おい!嘘だろ?お前は山崎ってヤツと飲んでたんだろ?なあ?そう言ってくれよ!アレか?まさかお前、タクシーの中で大事そうに持っていたアレ。アレが山崎・・・サンだったのか?

「お前・・嘘、だろ?」オレは思わずトラックを止めた。クラクションを鳴らされたがそれどころじゃあない、オレはトラックを路肩に止めた。

オレが岸の顔を覗き込もうとすると岸のヤツは更に顔をそむけた。まるで訪日観光客が窓から日本の風景を向ているかのように。

「お前・・?」

「・・んん?」

「んん?じゃねえよ!!お前!山崎飲んだのかよ!」

「いや、うん、でもお前ウィスキー飲まないだろ?」岸はその景色を見るのは止めたがオレの顔を見ることはしなかった。

「飲まねえけどよ、山崎は・・ないだろ?」

「でも、あんな時じゃないと開けないだろ?酒は楽しく飲んでこそ、だろ?」

おまえは楽しいだろうけどオレは少しも楽しくねえよ!!!
・・・・山崎だぞ?なあ?分かってるよな?日本の最高級ウィスキーだぞ?アレはエビス屋を始める前にあった代物だ。オレの女が買って来てくれたんだ。アイツは年中海外に行っていたからそのたびにオレにお土産を買って来てくれた。その一つが免税店で買ったって言う山崎だ。あの女の事はよく覚えていないが山崎の事は覚えている。あの当時でさえ数万はしたはずの山崎だ。それはいまじゃあ【山崎うん十年】って代物だ。

「・・お前・・・」

声にならねえ・・・。

「いや、飲むつもりはなかったんだけどさ・・」

「なら、なんで・・・?」ダメだ、声が出ねえよ・・・。

「お前がさ、なんか和さんとトラブっているみたいだったから」

ああ、和さんが面倒な頼みごとをしてきたくせに変な意趣返しをしてきたからな。

「別に・・トラブってねえけど・・・」

「そうなのか?俺はまあ和さんの機嫌を取ろうと思ってさ・・」

コイツ、マジかよ・・トラブってなんかいねえよ。和さんがオレにクソマズい寿司を出しただけだよ・・・。マジかよ!山崎!山崎だぞ!?投資するなら金より美味いと言われた山崎だぞ・・・。勘弁してくれよ・・・。
山崎!山崎!山崎だぞ!?和さんがオレにあんなにマズい寿司を食わせたからか?いや、オレがあのクソマズい寿司にムカついていたから岸のヤツが和さんをなだめようと山崎の封を開けたってことか?じゃあオレが悪いのか?オレのせいなのか?

「美味・・かった?」

「ああ、舌でトロけるっていうか、あんな酒は初めてだな」

「そ、そうか」舌でとろける?オレはそんな酒は飲んだことないぜ・・。

「和さんも、いいのか?って驚いていたぜ」

「そりゃあ、よかった・・なあ」

「あ、あと田中さんも絶賛していたな。ワインみたいに口の中で回して飲み込むのがもったいないみたいだったな」

「それは・・あそこにいた全員で回したのか?」いつの間に?

「いや、和さんと田中さんと俺の三人だけだ」

「なら・・その、アレは、まだ?なあ?」そうだよな?お前はビールと安焼酎で二日酔いになっているんだよな?そうだよな?

「いや、全部飲んじまった」

オレはペプシの缶を手にして口にしたが全く味がしなかった。

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