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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

4.スザンナの企みー(1)

「何度も連絡したのよ、何をしていたの!」
 スザンナの怒りは、海底深くから沸き起こる噴火のように激しかった。
「開演時間には間に合っただろ?」
 と、さらりと言い放すジミーの態度に、スザンナの怒りは一気に冷めた。
「何だ、今度はダンマリか?」
 スザンナからの返答はない。
 ライブハウス最後のパフォーマンスということもあり、テーブル席からカウンター席まで隙間なく観客で埋め尽くされていた。
 ライブハウスのオーナーが浮かない顔でマイクを握った。
「本当に残念だよ。俺は彼の歌をもっと聴いて欲しかったが、役人の奴ら、どこから聞きつけたんだか。ジミーをこれ以上出演させるのであれば、追徴課税すると言ってきやがった。そんなことされたら、この店は潰れちまう。そうなったら、元も子もないからな」
 スタンバイするジミーを横目で見やりながらスザンナへ伝えた。スザンナは如才ない笑みを返した。
「また、来月もお願いします」
 と、付け加えることも忘れなかった。
「極上のモルト酒のような、神秘の歌声を存分に味わってくれ。みんな、トランス状態になって、宇宙へぶっ飛べ!」
 オーナーは最後のMCで、雄たけびをあげた。
 トランス状態。確かに、嬉しい時も悲しい時も、そんなことすべてを消し去りたい時、泥酔して非日常を味わう。お酒が抜けて素面しらふになって少しだけ自分の行動を後悔する。けれど、数日経って、また同じことを繰り返す。ジミーの歌には危険な中毒性がある。それを良薬とするのか、劇薬とするのかは、とても微妙な位置にある。
『ジミーの声には催眠効果がある』
 スザンナはセスの言葉を思い出していた。これを悪用されたら大変なことになる。冷静沈着で業界内で通っていたスザンナでさえ、ジミーの歌声を一日でも聴かないでいると禁断症状のように孤独という恐怖が襲ってくる。ジミーの歌声は、スザンナにとっても、もはや媚薬のようになっていた。彼の歌声が一糸纏わない身体に羽毛のように貼りついてくる。深い眠りに堕ちて弛緩した身体を、静かに優しく愛撫していく。全身を羽毛で包まれ、絶頂に達する。聴衆は、その感覚を何度も何度も味わたくて、ジミーの歌声を求めるのだ。
「それでは、これで本当に最後になってしまいました。ここに来てくれた皆さんに、今日出来上がったばかりの曲をお届けします」
 ジミーの発言にスザンナは唖然とした。遅刻をした理由がこれだったのか。今までスザンナ抜きで新曲を披露したことがない。最終日だからということなのか。セスの抑止音無しに歌ってしまったら、媚薬どころか最悪の劇薬になりかねない。
「止めなきゃ、まずいことになる」
 スザンナはステージ下で、ジミーに中止するようジェスチャーした。が、スザンナは動きを止めた。ジミーは挑むような、それでいて、全てを包み込むような眼差しをスザンナに送ってきた。
「大丈夫だ」
 と、伝えているように感じた。
 ジミーは電子ピアノの鍵盤に指を置いた。厳かな音が響く。これまでのジミーの曲調と明らかに違うとスザンナは感じた。それは、特に歌詞の変化に現れていた。

 一人の時は単なる点『ドット』
 風が吹いたら、どこかへ転がっちまう

 二人になれば線『ライン』
 線は風の動きで、容易に向きが変わっちまう

 三人になれば三角『トライアングル』
 三角は鋭利で攻撃的。
 だから、誰かを傷つけてしまう

 四人になれば四角『スクエア』
 角で支えていりゃ強靭さ
 けれど、右や左と、どっちつかずのままだろう

 5『ペンタゴン』
 6『ヘキサゴン』
 7『ヘプタゴン』
 8『オクタゴン』
 9『ノナゴン』

 丸『サークル』
 角を取り除いて
 大きな球『スフィア』
 簡単に転がっていかない
 そんな塊を作るまで
 手を繋いでいこう

 
やはり、ジミーの歌声は媚薬だ。
身体の火照りと震えが止まらない。
だけど、ひとつ間違えれば、自暴自棄になるまで酔いしれて、酩酊状態に陥ってしまう。誰もが手に入れたがる美酒になる。


                            つづく

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