見出し画像

《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

1.長く困難な旅ー(3)

「ひとつ質問してもいいかな?」
 ジミーは、1966年型復元モデルサンダーバード・コンバーチブルのハンドルを握っているスザンナへ向けて言った。返事はない。スザンナの姿は大昔の映画に出てくる女優気取りだ。ロングスカーフを頭からすっぽりとかぶり、首のところでクロスさせている。
    ジミーはスザンナの耳元へ顔を近づけた。
「スザンナ、質問があるんだ」
「何?」
 スザンナの声が、首元ではためくスカーフの先端から飛んでいく。
「君って、事務所の代表だろ?」
「そうよ」
 パタパタと音を立てているスカーフ。“そ……う……よ”と、一語一語飛ばされていく。
「他のスタッフは?」
 返事がない。ジミーが再びスザンナの耳元へ顔を近づけようとした途端、車体が揺れた。
 スザンナがハンドルを左に大きく切ってネバダの砂漠へ入れた。激しい砂埃が舞った。そして、車内に大量の砂とともにスザンナの声が戻ってきた。
「いないわ」
「え? 何だって?」
 ジミーはわざと怪訝そうに聞いた。
「悪い、よく聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」
 激しく熱い油を炎へ、容赦なく振りまくジミー。スザンナは対抗するかのように、初対面した時の冷たい視線を投げた。
「だから他には誰もいないわよ。何度も言わせないで!」
 スザンナの言葉を再確認して、ジミーは意気阻喪した。その反面、スザンナの事務所【リゾネイト】に入って良かったと思っている自分もいる。現に今もラスベガスのホテルでの公演が決まって向かっているところだった。
「アセンシオホテルのステージが決まったわ」
 スザンナはさらっと言い放ったが、ラスベガスのアセンシオホテルと言ったら超一流のエンターティナーが立つところだ。活動し出して二年半しか経っていない歌手が、このような場所に出演できることは奇跡に近い。ジミーには自信はあったが、スザンナのマネージメント力の凄さも実感した。ジミーはスザンナの手腕に少し嫉妬していた。
 ジミーは緊張していた。その緊張は、ホテルの駐車場に入るとさらに増した。
「さ、頑張って」
 スザンナは、自分の顔の半分はあろうかと思われる大きなサングラスを鼻まで降ろして言った。
「え? 君は来ないのか?」
 ジミーの問いかけにスザンナからの返事はない。
「こんなデカい仕事を俺一人にやらすのかよ!」
「じき迎えが来るわ」
 そう言いながらスザンナは、サングラスを元の位置に戻した。
「迎えって……」
 ジミーが茫然と立ち尽くしてると、スザンナはハンドルを大きく回し車を出した。
 “キュルキュル”とタイヤが音を立てた。1966年型モデルサンダーバード・コンバーチブルは出口に向かっていく。
 微かに「じゃーねー」と、スザンナの声が残った。
 
                                                                                                     つづく

この記事が参加している募集

私の作品紹介

サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭