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The Astronaut 第1話 始まり

目的地もなく漂う あの小惑星のように
僕もただ流されていたんだ
暗闇の中で見つけた 僕の全ての夢
新たに始まる物語

‘The Astronaut’ より(英語意訳:うみ)
"ここは、とても眩しい"


第1話 始まり


 (さて、どうしたものか)
心の中で呟いたが、それは決して修理についてではなかった。ジンは無意識のうちに目を細めた。
(ここは、とても眩しい)
初めて訪れた星だった。ウットにぶつかったのは小さな星屑にすぎなかったのだが、当たりどころが悪かった。しかしやむなく不時着した場所が、このような心地よい星だとは。
(僕は、運が良かったようだ)
いま、広い窪地に沈むように傾いたまま止まっている宇宙船ウットは、ちょうど星屑がぶつかってへこんだ辺りから赤い炎と黒い煙を轟々と立ち昇らせている。ウットに搭載された自動修理システムの稼働には光エネルギーが必要だったが、この眩しさなら5日ほどあれば十分なはずだった。唯一の問題は、修理が終わるまでの間、過ごす場所を見つけなければいけないこと。
「まあ、何とかなるだろう」
ジンは黒いヘルメットを拾い上げながら立ち上がった。柔らかな茶髪にくるくると縁どられた端正な顔立ち。仕立てのよいスーツからひょろりとはみ出した長い手足。
 ジンは壊れた宇宙船に背を向け、ゆっくりと歩き出した。

 ようやくぽつぽつと民家が見える場所までたどり着いた頃には、辺りは薄暗くなっていた。歩き疲れたジンが、縁石に腰掛けていた時だった。
「ねえ」
ジンは顔を上げた。
「お兄ちゃん、自転車乗れる?」
一人の少女がジンを見下ろしていた。少女は形のよい眉をちょっとしかめてみせながらもう一度繰り返した。
「お兄ちゃんは自転車乗れるよね?」
「僕には分かりません」
ジンは答えた。女の子は大きな瞳でジンをじっと見ていたが、やがてがっかりしたようにため息をついて、柵に立てかけてある小ぶりの機械を振り返った。
「あーあ。乗り方教えてもらおうと思ったのにな」
彼女はその機械を押しながら戻ってくると、そのままジンの前を通り過ぎようとした。ジンは指差して尋ねた。
「これがその『ジテンシャ』というものですか?」
女の子が驚いたようにジンを見つめた。ジンも彼女を見つめ返した。

 彼女の抱える問題は、彼女の言葉を借りると、「羊を124匹数えても眠れないほど深刻な」ものらしかった。
「クラスで自転車に乗れないのは私だけなの」
ジンの隣に腰掛けた少女は、地面に向かってそう言った。まるで一人だけ流れ星を見損なったかのように悲痛な声だった。
「本当はね、先週までルーシーとマシューも乗れなかったんだ。だけど、もうすっかりみんな乗れるようになって、今度、学校のあとに自転車で向こうの川辺まで行くんだって」
「来週、ジテンシャで」
ジンが繰り返すと、少女は頷いて、それからちょっと怒ったように言った。
「それで、ライアンなんかこう言ったの。自転車にも乗れないやつは置いていくって。まだ乗れないなんて赤ん坊だからって」 
「では、僕も赤ん坊ですか」
「ライアンのいじわる。あーあ、みんないいなぁ。乗り方教えてもらえて」
しかし、少女はなぜかそこで言いよどんだ。
「みんな……みんなはね、お父さんとお母さんに教わって、一緒に練習してもらったんだって」
「お父さん、お母さんと」
「…うん」
「一緒に練習して」
「……うん」
「それなら、君のお父さ…」
ジンは言いかけて口をつぐんだ。少女の元気がすっかりなくなったことに気がついたからだった。少し考えたあと、ジンは代わりにこう言い直した。
「僕も、初めは分かりませんでした」
暗い空に星が瞬き始めた。少し冷たくなった空気をゆっくりと吸い込み、ジンは続けた。
「ウットの乗り方です。僕も、ずっと一人でしたから」
彼女がちらっとジンを見た。両親の顔は覚えていなかった。友達もいなかった。だからひとりぼっちで空を眺めた。あの星は明るいな。あっちは賑やかで楽しそうだ。小さなジンは宇宙一杯に煌めく星たちを眺め、まだ見ぬ世界に想いを馳せた。
「大きくなってからは、ウットに乗っていろいろな所へ行きました。行きたい所へ行くこと。それ自体は、拍子抜けするほど簡単でした」
それなのに不思議だった。訪れた星はどれも、遠くで見ていたより輝いておらず、歓迎してくれる友達もいなかった。そしていつも、その先にもっと輝く星が現れた。あっちの方が良さそうだ。あっちがきっと僕の目指す場所だ。
「そんなふうに旅をして…そうして、ここにも来ました」
まあ今回は多少、計画外の出来事ではありますが。ぶつぶつと呟くジンに、少女が尋ねた。
「ねえ、お兄さんはどこから来たの?」
「僕?」
ジンは空を見上げた。
「宇宙から」


つづく


※この物語は、진(Jin)さんの ’The Astronaut’ のMVMV Shoot Sketch歌詞およびインタビューなどから着想を得たものであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。


〈ゆいのひとこと〉
この物語は全5話です。そして羊は124匹です。
本当の「ウット(Wootteo)」くんは、宇宙船の名前ではなく、ジンさんの小さな相棒です。ウットくんのキュートなインスタグラムアカウントはこちら→우떠(@wootteo) • Instagram