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The Astronaut 第2話 君の輝き

暗い道を照らしてくれる あの天の川のように
君が僕に向かって輝いていたんだ
暗闇の中で見つけた たった一つの光
君に向かう僕の道

‘The Astronaut’ より
"後ろを押さえててね。絶対離さないで"


第2話 君の輝き


 彼女の名前はヴィクトリアといった。
「これはジンね」
リビングの床に腹ばいになったヴィクトリアが、クレヨンで指し示しながら言った。ジンは体育座りをしていた手を緩め、画用紙を覗き込んだ。
「宇宙から来たから、ジンは宇宙飛行士なの」
「『ウチューヒコーシ』とは何ですか」
ヴィクトリアは、今度は黒いクレヨンで絵の中のジンの頭をぐりぐりと塗りつぶし始めた。
「うーん…宇宙に行く人?大きな宇宙船に乗っていろんな星を見に行くの。ジンもそうでしょ?」
止まらない黒のクレヨンを不安げに見つめながら、ジンはそわそわと座り直した。
「あの、僕はこんな頭ではないと…」
「ん?」
「僕の髪はもっとこう、格好良くて…」
「これ髪の毛じゃないよ。ジンの帽子」
ジンは絵の中の自分の頭に乗っている真っ黒な塊をまじまじと見つめた。
「ジンが来た時、持ってたじゃない」
そうか、ヘルメットか。ジンが大人しく体育座りに戻ったのを満足げに見届けたヴィクトリアは、今度は隣に自分の姿を描きながら歌うように言った。
「本当はね、宇宙飛行士は白いんだよ。丸くて白い帽子と大きくて白い服なの。今度描いてあげるね」
最後に、手を繋いだジンとヴィクトリアを照らす赤い太陽が描き加えられた。
「できた!」
ヴィクトリアはついにクレヨンを放り投げると、画用紙をジンの胸に押しつけるようにして渡した。
「ねえ、次は自転車の練習をして!私、先に行ってるから」
 騒がしく扉を開け放していった彼女の姿を見届けると、ジンは再び画用紙に視線を落とした。
「…ウチューヒコーシ…」
絵の中で手を繋いで歩く僕たちは、不思議な顔をしていた。口の形はまるで土星の輪を半分に切り取ったかのようだ。ジンは、壁にかかった鏡を見ながら絵の真似をしてみた。口の端に力を入れて引っ張り上げようとしたが、上手くいかなかった。
「ウチューヒコーシ」
もう一度、声に出して言ってみた。
「僕は、ウチューヒコーシ」
鏡の中の僕は相変わらず無表情だったが、なんだかいつもよりちょっと格好良く見えた。
 「ジン、早く!」
外からヴィクトリアの声が聞こえてきた。ジンは画用紙をそっとテーブルの上に置いた。開いたままの扉から、家の前の道に立って手を振っている小さな姿が見えた。地球の朝は相変わらず眩しい。

 実際のところ、自転車の操縦はウットのそれよりずっと簡単だった。お手本を見せて欲しいとせがむヴィクトリアのために、しぶしぶ自転車にまたがったジンだったが、5分後には風のごとく馳駆していた。ヴィクトリアはそのあとを追いかけていたが、やがて立ち止まり怒ったように叫んだ。
「ジンばっかりずるい。私にも教えてよ!」
ジンは華麗にブレーキをかけて彼女の隣に止まった。やれやれと首を横に振りながらも、鼻高々にこう言った。
「まったく…苦手がないというのも困りものですね。この手際の良さは生まれつきであって、まあ仕方のな…」
「いいから早く!乗るの手伝って」
ヴィクトリアがジンを遮った。
 彼女はジンの手を借りて自転車にまたがったが、先ほどとは打って変わって緊張した面持ちで言った。
「後ろを押さえててね。絶対離さないで」
ジンは頷き、腰をかがめて自転車を後ろから支えた。ヴィクトリアの足がそっと地面から離れると、自転車がよろよろと前進し始める。
「もうちょっと、速く」
早歩きから、小走りへ。自転車の重心が徐々に定まっていく。ジンがそっと伺うと、ヴィクトリアがハンドルを握り締め、息を呑んだのが分かった。

 「ストップ!」
彼女が再び叫んだのは、しばらく走り回った後だった。芝生に倒れ込むようにして座ったジンが、息も絶え絶えに額の汗を拭っていると、自転車を降りたヴィクトリアが走ってきて、はしゃいだ声で言った。
「すごいよ!私、自転車に乗れた!」
ジンは彼女を見上げた。見間違いだろうか。疲れて目がおかしくなっているのかもしれない。ジンはぱちぱちと瞬きをした。
「ね、乗れたよね!」
見間違いではなかった。彼女は光っていた。まるで宇宙の中でたった一つ煌めく星のように。土星の輪を切り取ったみたいな口をして、彼女は笑っていた。
 ジンはゆっくりと立ち上がった。
「…まだまだ、これからです。僕がいなくても乗れるようにならないと」
よく分からない気恥ずかしさに、ズボンについた草を払うふりをして俯いた。誰かの笑った顔を見たのは、これが初めてだった。
「ジン、ありがとう」
笑顔が、こんなに眩しいとは。ジンは思わず胸に手を当てた。この感情の名前が自分でもよく分からなかった。
「ジン、どうしたの?疲れたの?」
ヴィクトリアがジンの顔を覗き込んだ。
「いいえ」
「それじゃあ、どこか痛いの」
「いいえ」
ジンは息を吸い込んだ。心配そうにこちらを見ているヴィクトリアに、大丈夫だというように頷いてみせた。
「もう一度、やってみましょう。今度は来た道を、君の家に向かって」
「うん!」
相変わらず、彼女は僕に向かって輝いていた。


つづく


※この物語は、진(Jin)さんの ’The Astronaut’ のMVMV Shoot Sketch歌詞およびインタビューなどから着想を得たものであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。


〈ゆいのひとこと〉
MVの世界観を大切に書きたいのですが、たまにJinさんご本人の、(あの私が大好きな!)WWH的な言動がどうしてもちらついてしまいます。

MVに登場する小さな可愛い女優さんの本名はヴィクトリアちゃんだそうです。今回のお話の中でヴィクトリアが描いた絵は、これのつもりでした↓↓

‘The Astronaut’ MV 0:47頃に登場

そして、まだこの時はジンが「君の家」と言っているんですけど………伏線回収は最終話です。どんな結末になるか、MVをご覧になった方にとっては、予想に易いかと思います(笑)。お付き合いくださりありがとうございます!