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The Astronaut 第5話(最終話) ~BTS ジンさん1周年おめでとう!~

いのち、君の瞳の中の輝き
天国が通り抜ける
そして僕は、君を愛している

‘The Astronaut’ より(英語意訳:うみ)
"僕が描くべきもの"


第5話 僕は、君を


 『空に向かって伸びる神秘的な光線が目撃されました』
テレビをつけっぱなしにして寝そべっていたジンは、ニュース報道の声につられて窓に目を向けたが、その途端に慌てて身を起こした。見えたのだ。遠くの窪地で放たれた光が空へ向かって真っすぐに伸びたのが、本当に見えたのだ。それは、修理が完全に終了したことを知らせる、宇宙船ウットからの合図だった。
 ジンはスーツに着替えると、ウチューヒコーシのヘルメットを被り、外に出た。
(ここは相変わらず眩しい)
しかしこの眩しさにもずいぶん慣れた。ジテンシャのベルの音が聞こえ、ジンは目を細めた。
 ヴィクトリアが、学校の仲間と川辺まで行ったのはつい昨日のことだった。そう、彼女はついに一人でジテンシャに乗れるようになったのだった。
「買い物?」
ヴィクトリアがジンを見上げながら尋ねた。彼女にはもう手助けはいらない。彼女はもう、僕がいなくても前に進める。
「新しいクロスワード買いに行くの?」
覚えていて欲しいと思うのは、わがままだろうか。ジンは黙ったまま、ウチューヒコーシのヘルメットを脱ぎ、彼女の小さな頭に乗せた。何か、もっと良いものを残していければ良かったけれど。
 ヴィクトリアがもう一度聞いた。
「一緒に行ってあげようか?」
「いえ、今日だけは」
彼女は悲しむだろうか。それでも、大きくなるにつれて忘れてゆくんだろうか。ジンは答えた。
「僕一人で行きます」

 長い道のりだった。走っていたが、すぐに息が切れてしまった。捨て置かれていたジテンシャを見つけると、今度はそれに飛び乗った。今までたくさんの星を訪れ、その分だけたくさんの星を旅立ってきた。今回も同じはずなのに、それなのになぜ、こんな気持ちになるのだろう。後ろに過ぎ去っていく景色の流れとともに数々の思い出が頭の中を駆け巡った。こんなことは初めてだった。
 『まだ手を離さないで』首を横に振りジテンシャのハンドルを握りしめたヴィクトリアの声と、僕の耳元をすり抜けていく風の音。『いいよって言うまで離しちゃだめ』ぎこちない表情で写る写真の中の僕と、彼女からもらった絵の中で笑っているたくさんの僕。『まだ、離しちゃだめ。あとちょっと』びしょ濡れになった僕を、同じくらいびしょ濡れになりながら笑う彼女と、僕の頬に触れて笑顔の作り方を教えてくれた小さくて温かな手のひら。そして、『…いいよ!』ジテンシャに乗った彼女が、僕の手を離れていった瞬間。

 目の前にある宇宙船ウットが、光を放つのをやめた。出発の時間が近づいたことを意味していた。ここまで来て、どうして迷うのだろう。宇宙船に乗り、これまで通り宇宙を旅すればいい。どの星にも、どの世界にも属さず、暗い宇宙を漂っていればいい。それが僕の選んだ生き方で、それしかないと思っていた。今までは。
「僕は…」
ジンはウットを見つめながら、両手を握りしめた。その時、ふと蘇ったある瞬間があった。
 『ねえジン、家(home)の絵を描いて』
いつもと同じように居間に腹ばいになって僕たちは絵を描いていた。彼女にクレヨンを渡された僕は、少し迷ってから宇宙船ウットの絵を描いた。今、目の前にある通り、大きくて広い宇宙船。中に入ると、自分がやけにひとりぼっちだと感じる、金属の冷たい空間。誰にでも家があるのなら、たぶんこれが僕の家だった。しかし彼女は首を横に振りながらこう言った。
『ジン、いい?家(home)は、ただの建物じゃないよ。もっと大事なものなの…』
頭の中で何かが光り、弾かれるようにしてジンは振り返った。あの時はよく分からなかった彼女の言葉の意味。僕が描くべきもの。
「…家族(home)」
 ジンは飛び立とうとする宇宙船に背を向け、ゆっくりと歩き出した。宇宙船が巻き上げた土混じりの風が、背中を押してくれた気がした。

 「僕の家までお願いします」
ようやく止まってくれた一台の車にジンは駆け寄った。窓を下ろした運転手の男性は肩をすくめた。
「お前の家なんぞ知らないね。市街地までは行かないが、それでもいいのかい」
「構いません。クロスワードなら、また別の日に買いに行けばいいですから」
運転手はまた肩をすくめたが、やがて荷台を指差した。
 すでに日は傾き始めていた。昼間の熱気が残る荷台にジンは腰を下ろした。
 泣きたくなった。笑い出したくもなった。この感情を言い表すには、僕の知る言葉では到底足りなかった。だからもっと、クロスワードの腕を磨かないといけなかった。クロスワードをたくさん解いて彼女をびっくりさせよう。それにもう一度、あの絵を描き直そう。今ならとびきり素敵に描ける気がするから。夜には彼女と空を眺めながら星の話をしたっていいし、朝になったら一緒に自転車で川辺に行ったっていい。
 明日に続く夕陽は、僕の帰り道を優しく照らしだしていた。僕は、僕の家へ帰る。この地球に住む、強がりで泣き虫で、光る星みたいに笑う女の子、宇宙で一番愛する君の元へ。


"僕の家までお願いします"


おわり


※この物語は、진(Jin)さんの ’The Astronaut’ のMVMV Shoot Sketch歌詞およびインタビューなどから着想を得たものであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。


〈ゆいのひとこと〉
ジンさん、'The Astronaut' リリース1周年 本当におめでとうございます!!!✨🪐🚀🧑‍🚀


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