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『セクシー田中さん』にみるドラマ化の問題

まずこの記事の内容に入る前に、亡くなられました芦原妃名子さんのご冥福をお祈りいたします。


ドラマ化をめぐるトラブル

2023年10月から12月にかけて日本テレビで『セクシー田中さん』というドラマが放送されました。
このドラマは小学館の漫画『セクシー田中さん』を原作に作られたものですが、原作者の芦原妃名子さんが放送終了後の1月26日にSNSでドラマ化をめぐるトラブルを公表し、29日に死亡していたことが確認されました。

公表されたトラブルの概要としては、原作者から事前に出ていた下記の要望を無視してドラマが作成されたというものでした。

  • 原作が完了していないので、今後の漫画に影響がでないように原作に忠実に制作いただきたい。

  • 原作者側から各話のあらすじやプロットを出すので、それに従ってドラマを作成してほしい。

  • ドラマの終盤8~10話は芦原さんが準備する脚本に従ってほしい。

原作者としてもこれらを条件にドラマ化するとなると、脚本家やプロデューサーなどへ失礼であることは理解していたそうで、必ず守れるかは再三にわたり小学館へ確認されていたとのことです。

ところがドラマが開始されると、実際の内容は提供したプロットやあらすじとはかけ離れたものが放送されたそうです。特に大きな違いとして、次の内容が挙げられました。

  • 漫画であえてセオリーを外して描いた展開を、よくある展開に変えられてしまう

  • 個性の強い各キャラクターは原作から大きくかけ離れた別人のようなキャラクターに変更される

  • 「性被害未遂」「アフターピル」「男性の生きづらさ」「小西と進吾の長い対話」など、漫画「セクシー田中さん」の核として描いたシーンが大幅にカットや削除され、まともに描かれない

  • カットや削除、改変の理由を聞いても、納得できる返事がえられない

また8~10話についても用意されたあらすじを改変され、実際に放送されたのは9、10話のみとなったようす。

このSNSへの投稿とともに、原作者が死亡したということからドラマ化をめぐる対応に不備があったのではないかと、誹謗中傷を含めてSNSでは大きな騒動となっています。

*なお2024/02/04現在、原作者の公表に対してドラマ脚本家、日本テレビ、小学館からは反論や異論、コメントなどは出ていません。

テレビ業界・関係者の思惑

原作がある作品がテレビドラマ化されると、原作から大きくかけ離れたものが出来上がることは良くあります。
ではなぜそのようなものが出来上がるのかを一つずつ考えてみましょう。

すでに有名作品による視聴率が獲得できる

原作がある作品をドラマ化する一番の理由は、すでにいるファンにドラマを見てもらい視聴率を取るコトです。

例えば100万部売れた作品があれば、100万人(少なくとも半分の50万人)ぐらいは名前だけで引き付けることができます。これがオリジナルドラマなどを出す場合、当たり外れが全く読めないため予算の獲得などにも関わってきます。

有名タレントを俳優に起用するのも同様の考えで、ドラマの出来がどうであれ、製作者側としては有名タレントのファンの視聴率は得ることができます。

ストーリーやキャラクターを作らなくてよい

すでに原作がある作品はストーリーが出来上がっており、キャラクターも存在しています。そのため、全10~12話のドラマや登場人物について頭を使って考える必要はなく、適当にドラマ化したい部分だけを抜き出すことができます。

しかし、原作者ではないドラマ制作者は表面的にストーリーをなぞることとなるため、そのストーリーが本当に描きたかったモノ、キャラクター達の内面、この先にある複線やどんでん返しなどを読み取ることはできません。

そうなると、とりあえず人気がある場面やトラブルのワンシーン、王道のハッピーエンドを織り交ぜた、何となく見たことがある似たような作品が出来上がります。

とりあえずやったという仕事にできる

本来、漫画や書籍に原作がある作品をドラマ化する場合には、脚本家やプロデューサーの仕事は紙の上と実写との違いを埋めることです。
漫画では描ける描写を実写でどのように映すのか、空間の配置、画面に映る小物やキャラクターの動きや流れ、漫画で描かれていない画面の切り替えや映し方、40分から1時間の枠にどのように収めるかなど多岐にわたります。

ただし、これらを本当にやると場面ごとの細かなセリフの調整や各話のつながりの修正、見せたい場面の取捨選択など仕事の量は膨大になります。

これに対して原作を無視して改変できるのであれば、とりあえず名前のあるキャラクターと主人公がいる世界感だけを使いさえすれば、どんな脚本家やプロデューサーであっても1つのドラマを作ることができます。

特にサラリーマンとして働いている制作スタッフからすれば納期までに作品が出来上がり、放送さえできればよいと考えます。
そのため数多くある仕事の一つとして、そこそこの作品が生み出されることとなります。

こういった思惑が重なり、今回も原作とはかけ離れた作品が出来上がることとなったのではないでしょうか。

本当の被害者は?

さて、今回の騒動で最大の被害者は誰でしょうか?

今回原作を大きく改変され、望まない作品を世に出された原作者でしょうか?トラブルを白日にさらされたメディア側でしょうか?
様々な被害者はいると思いますが、私が最大の被害者だなと思うのは原作ファンの人々です。

ドラマ化を楽しみにしていたのに、出来上がったものは原作とはかけ離れており、作者がファンに見せたかったものとも違うものが放送されることとなりました。
もちろん、ドラマはドラマとして楽しめた視聴者もいたでしょうが、原作者が最も大切にしていたファンを裏切ることとなったと思います。

そして原作漫画の完結も二度と見ることはできなくなってしまいました。

今後どうすればよいのか考えてみる

今回の問題を受けて、メディアやSNSなどでは誹謗中傷を含めた責任の押し付け合いが各方面から飛び交っているようです。
なぜ葦原さんがお亡くなりになったのかという原因究明も重要ですが、今後ドラマ化はどうすべきかということもメディアの人々は考えた方が良いのではないでしょうか。

しかし、誰も責任を取りたくないためか、残念ながら出版社からもテレビ局からも対策についての声明はでてこないようです。

個人的な見解として、今回の問題を考えたとき、一番の問題点はコミュニケーションが無かったことにあるのかなと考えます。
原作者とドラマ制作側、あるいはそれをつなぐ人々で、作品への思いや誰のためにドラマ化をするのかということの認識がずれていたように思えます。

確かにテレビ局からすれば、ただのドラマの一つであり、ただの仕事の一つに過ぎなかったのかもしれません。しかし、ただ視聴率を取るため、ただ放送時間に間に合わせるために制作をしていては視聴者が離れていくのも無理はないのかなと思います。

もし原作者とコミュニケーションを取ることができない今のドラマ制作の体制が続くのであれば、今後は原作がある小説や漫画のドラマは、不幸なファンを減らすためにも撮るべきではないのかもしれません。

一方で、スピンオフとして特定の人物にフォーカスした別の作品にする。原作で省略された出来事や後日談など、原作のストーリーに影響しないものをドラマ化することで原作ファンのみならず、ドラマだけを見たい層にも楽しめる作品ができるかもしれません。
(脚本家やプロデューサーにそんな実力があればですが)

なんにせよ、メディアに関わる人々には作品に対してもう少し敬意をもってもらいたいなぁと思いました。

(まあ、メディアだけではないけれど)

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