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気難しい作家先生〜妄想代理人〈全編〉|短篇小説



高階千鶴たかしなちづるは、自分の勤めている会社の文芸誌『揺《たゆたふ》』の創立記念パーティーに
出ていた。


全体的に、150名〜200名くらいだろうか。レセプションホールに並べられた円卓には、著名な作家、詩人などの有産階級が多く出席している。


ファッションも、如何にも質の良さそうな深い色味のブラックスーツであったり、ちらほら男女問わず和装がまぎれていたり、そのまま華やかな席の装いとしてお手本になりそうな雰囲気があった。


―――


千鶴は、編集部で小説家の深谷浩介ふかやこうすけの担当だった。
深谷は50代後半の男性で、文化的な感性の鋭さで『揺たゆたふ』でもとくに人気が高かったが、その鋭さの分、担当の選り好みが激しかった。


自分の感性に会わない担当はばっさりと切り捨てて(執筆の邪魔になる)きたため、千鶴は『たゆたふ』では9人めに担当を任されたのだった。





深谷は親の建てた古い日本家屋に独りで住んでいた。


執筆中に気難しいのは会社内でも
有名で、千鶴も原稿を取りに行くとき、手土産に菓子より果物が良いかと持参すれば、

「旬でないものは要らない」

と切り捨てられたことがある。
そのまま持ち帰るしかなく、流石にその日は重く感じられた。


それでも、家の中に上げてくれるだけまだ「まし」なのだそうだ。
前任者から聞くと、
「執筆中だから、書き上げたら渡す」と言われ、玄関の三和土たたきで5時間待たされたことがあるらしい。




そして今の創立記念パーティー。


最後の締めの挨拶をしているのは、マイクを持った深谷だった。


よく通る声で、会場の皆に語りかけ始めた。

「・・・·ご指名に預りました深谷浩介です。僭越ながら、閉会の挨拶をさせて頂きます。



本日はお忙しい中、『たゆたふ』30周年創立記念パーティーにご参加頂き、有難うございました。


このような機会に、皆様と自由闊達な意見交換ができたことは、大変有意義なひとときでした・・・」


千鶴は自分の担当の先生の立派な姿に、見とれてしまうような崇敬の念を覚えていた・・・。





会が無事終わり、参加者には写真を撮り合ったり、また名刺を交換し始める人たちもいた。


千鶴は事後の片付けを手伝って、パーティー会場をあちこち移動していた。


その時、深谷がゆったりと近づいてきて、千鶴に声をかけた。


今夜は、気難しい様子はない。目が
微笑わらっていた。


「深谷先生、本日は誠に有難うございました。お疲れ様でございました」



一礼すると、



「―――今日は、和服なんだね」


珍しいことを言った。


「はい。会社からの指示がありましたので・・・」


「似合うよ」


はっ、と千鶴は赤面した。
その時、深谷は名刺のようなものを
千鶴に渡した。


「―――この後、僕はここに居るから。
終わったら来てくれ」


千鶴がその名刺のようなものを受け取った刹那、深谷はマントを翻すように振り返って立ち去った。


―――千鶴の手の中には、近くの
格式高いホテルの、
バーラウンジの案内があった。




実を言うと、千鶴は指定された
バーラウンジに行くことに、随分躊躇ためらいがあった。


深谷に対してこわいというトラウマが拭えなく、もしホテルの人前で面罵されたら耐えられないと思ったからだ。


しかし、作家からの要求には出来るだけ応えるのが担当編集者の鉄則と言える。もしかしたら、連載の次の原稿を渡されるかもしれない。


勇気を出して、クラシックなそのホテルの上階にあるバーラウンジに足を運んだ。



エレベーターを降りると。


マホガニーの家具調度にバーガンディーのシェニール織りの絨毯、
赤い天鵞絨びろうどのソファチェアが配置され、
漆黒のグランドピアノの上には華やかなカサブランカの装花・・・という、
まさにラグジュアリーな大人の空間があった。



深谷はそのバーカウンターに、元から棲んでいるかのように馴染んでいた。
千鶴は深谷の背後からおずおずと近付いて、声をかけた。


「―――先生、お待たせいたしました」


深谷は千鶴を一瞥いちべつした。


「遅いな」
また不機嫌な顔になっていた。



「申し訳ありません。皆様お話が弾んで、全員お帰りになるまで、どうしても切り上げることが出来ませんで」


「―――もういい」
やはりこわい。千鶴は身をすくめ、
それでも深谷の隣のスツールに腰掛けた。


カウンターのバーテンダーに、深谷は声を掛ける。


「あれを―――」


バーテンダーは訳知り顔で黙礼すると、カクテルを作り出した。儀式のように手順を重ねたあと、
すっとひとつのカクテルグラスが千鶴の前に滑り込んできた。


「―――マンハッタンです」
バーテンダーが言った。


「・・・・・?」
千鶴は深谷を見た。


「綺麗な赤だろう。
きみの今日の着物に、似合いそうだからね」





ふたりはしばらくそのバーにいた。
たゆたふ』の今後の展開、
深谷の今執筆中の小説のこと、他の作家の動向、等々。


話しているのはほとんど千鶴だった。
深谷は自分の考えを明かすことはあまり無かった。


深谷はマンハッタン以外は頼ませてくれなかった。それも、美意識に依るものなのだろう。


ひとしきり話し終えたら、千鶴は急に
酔いが回ってきて、息をついて俯いた。
すると、深谷はすっと手を上げて、
千鶴のために冷水チェイサーを頼む仕草をした。


「―――きみ」

「・・・・・」

ぼんやりした頭のまま、千鶴は顔を上げた。


「・・・これで、下に降りて入っておいてくれないか。後で行くから」


カウンターのカクテルの前に
出されたのは、そのホテルのキーだった。






「――――先生?」


いかな千鶴でも、そのルームキーの持つ意味が分からない訳ではなかった。
逆らうことをし難い関係であったため、千鶴はほとんど怯えた目で、深谷の本意を確かめるように見つめた。


「別に、他意は無いんだ。今のままのきみなら、とてもまともに家へ帰れないだろう。


―――少し、休むといい。



一緒に行くと、何処どこで誰に見られているか、知れないからね」



深谷はいつもより穏やかで、一つひとつ言い含めるような口調だった。
たしかに今の千鶴は、動くと目眩めまいがしそうだった。


深谷は文壇の寵児なので、マスコミに勘繰られると、千鶴の文芸誌にもスキャンダルの余波が及んでしまう。


千鶴は落ち着いた大人の物言いに父性を感じ、納得して部屋に行くことにした。 


「お心遣い、有難うございます、先生」

「途中で倒れたりしないように」

「・・・はい、分かりました」







千鶴が深谷の部屋に入ると、
うす暗い照明の心地良いスペースの向こうは、夢のように煌びやかな夜景が広がっていた。 


(綺麗・・・・・)


千鶴は吸い寄せられるように大きな窓に近付いて行った。


少し、草履を履いた足がもたついていたかもしれない。


酔いも手伝い、時を忘れて総天然色の街明かりを眺めていた千鶴は、
背後のドアが開かれる小さな音を聞いた。
その途端、千鶴の中の何処かがぎゅっと縮むような感覚が走った。


「・・・・・」入ってきた深谷は無言だった。


「先生・・・・・」千鶴も何と言って良いか分からなかった。


「―――水を、飲むといい」


深谷は、備え付けのポットに水を入れ、手際良くコップに水を注ぎ入れた。


コップを差し出され、千鶴はそれを遠慮がちに受け取って両手で飲んだ。
そのとき、深谷と千鶴は窓に近いカウチソファに並んで座っていた。




「・・・・・・」


深谷はまた無言で、煙草を胸ポケットから取り出した。



―――千鶴は知っている。深谷が煙草を吸い始めるのは、何かが上手く行かないとき・・・例えば執筆に行き詰まったときなど・・・
それは、不機嫌になる、前兆のようなときなのだ。


トラウマの条件反射のように、千鶴はふたりきりで居ることのこわさを覚え、突然席を立った。


「先生、もう帰ります」


「―――待ってくれ」



深谷は座りながら、千鶴の手首を掴んだ。そのまま、力を入れて引き寄せられ、千鶴はよろめいてカウチソファに倒れ込み、着物が乱れた。


「―――せ、先生?」


深谷は何も言わず、千鶴を組敷いた。
何処にそんな力があったのかと思うような乱暴な姿だった。


帯紐が解かれ、帯揚げは引き抜かれ、着物は押し広げられて、まるで先刻見たカサブランカの花のような姿態になっていた。


「先生・・・・・」



千鶴はほとんど泣いていた。


「駄目です、これでは仕事にさわります」


深谷はそれでも手を止めようとしなかった。



―――が、途中からどうしても紐が
ほどけなくなってしまった。



解いた紐同士が絡まり、もうはさみで切らないとこれ以上脱ぐのは無理な状態になり尽くしていた。


「・・・・・・」


カウチソファに膝を立てたまま、ようやく深谷は動きを止めた。






千鶴はしゃくりあげながら姿勢を起こし、手早く着物をかき合せた。
千鶴は、着付けを習得していた。


「先生、今日はもう帰らせて頂きます」


千鶴は立ち上がり、道行きコートを羽織った。前を合わせれば、中の乱れは然程さほど気にならなかった。


深谷は夢から醒めたように呆然と固まっていた。


千鶴は深谷の様子をもう目にも入れず、自分の手荷物をまとめ、ドアの前に立った。


「・・・今日は、誠に有難うございました。また後日、原稿を取りに伺います」 


深く一礼をして、ドアを開けて部屋から出て行った。





千鶴が出て行ったあとも、深谷は
今までにはあり得ない不様な結末に 立ち直れず、動けなくなっていた。



✢✢✢



―――こんな時。


フランス人はどんなことにもうまい言葉を持っていて、その言葉はいつも正しかった。

はい、

【nan―deya―nen!!!】


🌟🌟🌛🌛🌛🌟🌟🌟🌛🌛🌛🌟🌟




Mr.ランジェリー様、

「にうめん」茹で上がりました😊🤍

#何でやねん  に参加しております!


納期遅れましたが、ご査収宜しくお願いいたします🙇


―――


今回のnoteは、

渡辺淳一の「化身」に

インスパイアされて

創作いたしました🥀



▶QUE SONG

椎名林檎と宮本浩次/獣ゆく細道





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また、次の記事でお会いしましょう!




🌟I am a little noter.🌟 






✢参考サイト

(※カクテル言葉:せつない恋心
 →先生は確信犯です。)

✢道行きコート

これは千代田衿。


 🩷


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