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合同会社 にじいろ代表 石井 裕太氏

合同会社 にじいろ代表 石井 裕太氏

カイトの生誕

 
2017年12月某日、私は生後2日目の息子に面会するために病院へと向かっていました。

 入院している妻から元気な男の子が生まれたとの報告を受け、「早く会いたい」気持ち一心で浮足立った状態でした。

いざ病室に到着してみると、想像とは真逆の光景が目に飛び込んできました。妻が涙を流しながら泣きじゃくっていたのです。

 「まさか赤ちゃんの身に何かあったのか?」と思っていたら、医師から「息子がダウン症候群の可能性があるから、染色体検査を受けたほうが良い・・・」と言われたとのことでした。

この様子を見て、元気な赤ちゃんが産まれてきたにも関わらず、まるでダウン症の子が生まれてくるのはマズいことのようにさえ思わされました。

 私としては、「あと少ししたら赤ちゃんの父でもある私が到着すると分かっていながら、なぜ妻1人の時にこの事実を伝えたのか?1人では抱えきれずに思い悩むかもしれないことを想定できなかったのだろうか?」と、そちらのほうが気になったくらいです。

 妻は、産後まもなくして精神的に不安定な状態となってしまいました。ダウン症児への知識や関わりがなかったことにより、不安で押しつぶされてしまったのです。障がい児とされる息子への思いや育児の不安、先が見えないことへの恐怖・・・さまざまな感情や考えが入り交じり、混乱状態にあったのでしょう。

人間は未知なることに対して恐怖や不安を抱くものです。妻が精神的ダメージを受けながら葛藤したのは無理もないことだと思います。このことは、ダウン症児の親に限らず出産した親なら誰しも陥る状態かもしれませんが、ダウン症児をはじめとした障がい児の場合、この不安が増大するのかもしれません。

 果たして、無知な上に不安ばかりの私たちが、ダウン症の子を育てていくことができるのでしょうか・・・そのことは、これから私たち家族が歩む人生の中で解き明かされていくこととなります。

大好きな海の近くへ

 
息子の誕生後、私たちは妻の実家がある東京都某市で子育て生活をしました。運の良いことに、近所に児童発達支援施設があり、そちらでサポートしてもらいながら育児に励みました。また、そちらには理学療法士が常駐していたのでリハビリも受けることができたのです。ダウン症児は、筋力低下や肥満になりやすい傾向があるので、専門家によるケアは大変ありがたかったです。

 この施設にて子どもを預かってもらえたおかげで妻の精神面も回復し、私自身もより前向きな考えをもってカイトの子育てをしていけるようになりました。

 そして、「カイト(海翔)の名前にも入れた大好きな海の近くに家族で暮らそう!!」と決し、湘南に引っ越してきました。

ないなら自分たちでつくり出せば良い


いざ引っ越してみると、神奈川県藤沢市には児童発達支援施設がありませんでした。ダウン症児自体の絶対数が少ないこともあり、全国的にみても専門施設の供給は追いついていないのが現状です。以前住んでいた街にあったような施設がどこにでもある訳ではないのです。


 「ないなら、自分たちでつくる選択肢だってある。」新しい場所にて新たなる思いが生まれてきました。

 カイトが産まれるまで「福祉」とは無縁の生活を送ってきた私にとって、福祉施設を運営することなんて考えられませんでしたが、店舗運営には携わってきた経験がありました。

私のキャリアは、飲食店やマーケティングの仕事でした。具体的には、ハンバーグ屋や焼肉屋の運営スタッフ、フレンチレストランの支配人、ある企業の営業職として働いた経験がありました。また、以前から美容室経営もしてきました。現場仕事だけでなく営業や経営までの一連の流れを経験し、一定の実績も上げてきました。これにより、会社や組織を運営していくことにはそれなりの自信があったのです。

 「きっと自分たちのようにダウン症児の育児や教育で悩んでいる人たちもたくさんいるだろう・・・」同じく悩んでいる私たちが先陣を切ることで他の方々とも繋がっていき、ダウン症児の未来を切り拓くことだってできると考えました。


希望をもつことでしか・・・

 
ツラいことがあったら絶望するのも一つの道でしょう。ある意味、そのほうがラクなのかもしれません。なぜなら行動しない理由を与えてくれますし、すべてを投げ出してしまうことだってできるのですから・・・。

しかし、私たちには希望がありましたので、自分たちで行動を起こすことにしたのです。ダウン症の子をもつ親だからこそ見える視点を大切にしながら児童発達支援施設をつくっていく・・・ゼロの状態からでも無限に拡がる可能性を見出し、ダウン症児たちやそのご家族が過ごしやすい場を築き上げていくことに使命感を燃やすこととなりました。

社会ではダウン症児の絶対数が少ない事実もあるので、マイノリティな分野へリーチするのは、どうしても後回しにされがちなのかもしれません。よって、いつか行政や誰かがやってくれるであろうという受け身の姿勢では、いつまで経ってもダウン症児やご家族の過ごしやすい環境を整えることはできません。

 だからこそ、自分たちでつくり出していくことが大切だと思ったのです。


出生前にダウン症児と診断を受けていたら?

 
カイトの育児をしていると、「出生前診断を受けなかったのですか?」という質問をされることがあります。

 私たちは、「診断を受けるつもりはありませんでした。まさか障がいのある子が生まれてくるとは思っていなかった。」というのが本心です。

障がい者は社会生活を営めるのか?


また、「ダウン症のお子さんが、社会に出たときのことを考えると不安になりませんか?」という質問をされる機会も多々あります。

勿論、心配はあります。しかし、それは息子の障がいに対してではなく社会が受け入れてくれるのかということに対して不安を抱いています。

 「障がい者雇用促進法」により会社や企業の障がい者雇用率を上げるよう法律で定められています。また、「障がい者差別解消法」では、障がい者への合理的配慮が義務付けられていますが、いくら法律や制度を整備しても、個人個人の理解向上や意識改革がなくては、本当の意味での配慮などは不可能な気がしてしまいます。

 障がい者が働きやすい環境や暮らしやすい社会をつくっていくには、法やルールの取り決めをしていくのと同時に、一人ひとりの意識を変えていくことも大切であると思います。しかし、それはあくまでも理想論であり、現実的にはすべての人に理解や配慮をしていただくのは難しいことでしょう。

だからこそ、私たちのような当事者家族・支援者であれば当事者の目線や特性を理解しているので、具体策や環境を整えていくこともできると信じています。

社会が求めるのは生産性?

 
目に見える金銭的利益だけではなく、「誰かのためになった」「困っている人を助けた」ということも十分な生産的行為ではないでしょうか。

そもそも福祉は、人と人が支え合う中で生まれ、育まれていくものです。よって、障がい者の存在が実利を生み出すことはありますし、彼ら自身ができることだってたくさんあります。それが必ずしも一般社会で言われるような生産物ではないとしても、その人にしか生み出せないことやできることは必ずあるはずです。それを見極め、その人らしい道へと導くのも福祉に従事する者の役割であると考えています。

優生思想へ思うこと


健康な人や優秀な遺伝子のほうが良いとされ、優れているとされる人間が劣っているとされている人間よりも価値が高いと考える「優生思想」というものもありますが、そもそも人間の優劣なんてどこで決定付けられるのでしょうか?

お金にならないことに価値はない、社会にとって有用ではないとでも言うのでしょうか?

日本は資本主義社会なので生産性重視の観点が強いように思えますが、その考えが行き過ぎてしまっ

たことにより人の存在意義にまで生産能力を求めている気さえします。

どのくらいのお金を稼いだとかどのような影響を及ぼしたとか・・・そのような物理的指標で人の存

在意義を測るとしたら、それはあまりにも偏った尺度ではないかと思います。

そもそも「人の存在」を数値化することなんてできるのでしょうか?


ある日、カイトの4歳上の長女がこんな話をしていました。

「きっとさ・・・お空で私とカイトのどちらがダウン症になるか決められていたんだね。なんで私がダウン症にならなかったんだろう?私がダウンちゃんになりたかったな。」と話していました。

この言葉は、カイトのことを心から可愛くて愛おしいが故に発した言葉なのだと解釈しています。私と妻も同じ気持ちでカイトを育てていますので、姉弟である娘もそのように思ってくれていることに心から嬉しく思います。

 子どもを育てていく上で、「かわいい」「愛おしい」という気持ち以上に必要なことなんてあるのでしょうか?


逆境を順境へ変えていくには


「にじいろ」を開設した当初は、お客さんとなる子ども達が集まらずに経営が難航していました。しかも、その状況を打破できずにしばらくのあいだ赤字続きとなってしまったので、閉鎖を検討せざるを得なくなった時期まであったのです。

 いくら素晴らしき理想を描いたとしても、資金繰りや集客ができなくては経営などできません。そんな存続を諦めかけていた時に、ある知人が「素晴らしいビジョンだし、ダウン症の人たちにとって絶対に必要な施設になるのだからなんとか継続すべきだ!」と言ってくれました。

 それをきっかけにクラウドファンディングで資金調達をしてみたところ、たくさんの方々より経営再建に必要なお金をご支援頂くことができました。

 これにより未来が開かれ、現在の「にじいろ」には、たくさんのダウン症の子たちが集まってくれています。0~6歳の乳幼児の食育、摂食、発語、認知力、運動等の指導を中心に行いながら、それぞれの子の特性を活かす療育プログラムを組んでいます。

 保育士やリハビリ専門職が積極的に関わることでダウン症のお子さん達が伸び伸びと過ごしながら発育できていますので、親御さんも安心して預けられているのではないかと思います。

 また、月に一度は、小児専門の理学療法士・かめきち先生(https://child-pt.com/)に来ていただき、子ども達へのリハビリを直接行ってもらっています。そうして専門性の高い外部講師の指導・施術を見学することで、にじいろのスタッフも専門的な知識を養い、質の高い療育を提供できています。

 来年からリハビリ専門のスタッフを増員し、より専門性の高い療育プログラムを追求していく予定です。

さらに、「ダウン症の親のコミュニティづくり」にも力を入れていき、ダウン症に纏わるすべてのことに取り組んでいきたいと考えています。


「今」思うこと

 
苦悩の日々を過ごした時期もありましたが、現在は息子をはじめとしたダウン症児たちが安心して過ごすことのできる施設を運営できています。

 今では、神奈川県内だけでなく遠方から来てくださる子もいます。なかには、地方から「にじいろ」の近所に引っ越して通ってくださっているご家族までいます。

 現状の「にじいろ」では6歳児までしかお預かりしていませんが、就学後に利用できる放課後デイサービスの設立についても具体的に思案しています。

カイトも6歳を迎え、来年度には就学することになりますので、カイトや「にじいろ」の子たちの成長に合わせるような形で今後は放課後デイサービスや就労支援サービスなども開設していく予定です。


 このようにカイトが産まれてきてくれたことにより、私自身の人生も大きく変わっていきました。これまでは自分のやりたいことばかりを優先してきた人生でしたが、愛する家族の存在を通して与えられた使命感に燃えながら生きることができています。

 カイトが産まれた時に浮かべた暗い表情や思い悩んだことなんて、何も分かっていないから悲壮感を漂わせたのでしょう。

そのような無知が故の勝手なイメージも「にじいろ」が根底から覆していきます。そのために、ダウン症の人たちが真の意味で「その人らしく生きる」ために伴走していき、ダウン症児の児童発達支援施設のロールモデルになっていきます。

 障がい児をもつ親の宿命を憂うのではなく、愛おしき存在と共に生きる人生を楽しんでいきましょう。

私たちの世界を広げてくれた愛する子ども達に感謝しつつ。


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