見出し画像

『のだめカンタービレ』でクラシック再勉強【その3】

音大の教育学科を卒後して20年経つパクチー。現在、音楽とほぼ無縁の生活でいたのが、漫画『のだめカンタービレ(以下のだめ)』の再読をきっかけに、今、「毎日クラシック」になっとります。漫画の登場人物たちが演奏するクラシックを順に追いかけるシリーズ。【その3】は、主人公のだめがピアノコンクールに落選してしまった、第9巻から。


千秋の知らないところで、千秋が海外へ行けるための手助けをしたのだめ。それは、自身のピアノのレッスンのトラウマと向き合う覚悟を決めることと、イコールであった。のだめの実家には、のだめを院に進学さたり、留学させたりする余裕はなかった。だからこそトラウマを乗り越えてでもコンクールの賞金と副賞が欲しかったのに、入選は叶わず。結果、教育実習も受けず、就職活動もしておらず…千秋のために、自ら千秋を手放したまま、全部を失ってしまう。

千秋が差し出した手を、悪態付きで払いのけるのだめ。自失して、音信不通のまま姿を消してしまう。「もういい」「オレには関係ない」。千秋はのだめを放って、「ライジング・スター・オーケストラ(以下R☆Sオケ)」の公演の準備に取り掛かる。それが、千秋が日本で振る、とりあえずの最後の公演になる。


ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲
Debussy : Prélude à "L'après-midi d'un faune

千秋が振る「R☆Sオケ」、とうとう最後の公演である。その1曲目。千秋は大学卒業して、ピアノ科の院に入ると同時にこのオケを結成し、結局半年の間で3回公演をしたのかな?すごいな〜!

オケの中核を担っていたメンバーは、留学のために期間限定の参加であった。そのリミットが来て、今回から参加する新しいメンバーが入っている。ドビュッシーの「牧神」は、フルートを始めとした新メンバー達が、とてもフューチャーされる曲。

牧神が持つ笛、それを象徴するフルートに誘われ、神秘のヴェールをくぐると、そこは神々の住まう世界…。曲中ずっと、ふわふわと、もわもわとした美しい世界に包まれる。よくぞこんなに取り留めもない美しいだけの音楽が書けるなあ…。

「牧神」といえば、初演の18年後、この曲をニジンスキーがバレエ作品にしている。これが、まー!強烈で…。牧神「パン(ローマ神話ではファウヌス)」が、ニンフのかわいこちゃん達に振られて、ニンフが置いていったストールを嗅ぎながらオナニーして幕、ブーイングの嵐…。という作品(初演の客は沈黙だった模様)。もうその印象が強すぎて、「牧神」と言えばそれが浮かんでしまう…。なんて迷惑な…。今、改めて聴いたら、音楽だけなら超極上なのにな。ドビュッシー、激おこだったらしいよ。ちなみにこのバレエ団は、【】にて、「ペトルーシュカ」のバレエ作品を公演した、ディアギレフのバレエ団である。「牧神」のバレエは、バレエ史の転換、「モダン・バレエ」の記念碑的作品になっている。

あと、「パン」と言えば恐怖映画「パンズ・ラビリンス」をご存知?この牧神「パン」のいでたちもなかなか強烈。良い映画です。賞もたくさん取ってる。「牧神」と言うとこのパンも出てきてしまう…全然世界観は違うんだがな…。


サラサーテ カルメン幻想曲
Sarasate : Carmen Fantasy Op.25

「R☆Sオケ」のコンサート、2曲目。コンサートミストレスだった清良が留学先に戻るため、今公演ではコンミスを降りて、ヴァイオリン・ソロを演奏。

この曲は、スペイン人でヴァイオリン奏者でもあったサラサーテによる、ビゼーのオペラ『カルメン』の、名曲メドレーといったところ。トライアングルとタンバリンという、小学校の音楽の授業でおなじみの楽器が、冒頭、かなりシャンシャン鳴りまくってるので、まるで小学校の級友が出世したような、誇らしいような、気恥ずかしいような気分(?)。『カルメン』はスペインが舞台の話なので、サラサーテの真骨頂と言った塩梅なんですかね。『カルメン』は最も人気のあるオペラのひとつですから、お客もにんまり、ヴァイオリンもえっへん、ですね。


R・シュトラウス ティル・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら
R. Strauss : Till Eulenspiegels lustige Streiche Op.28

「R☆Sオケ」のコンサート、3曲目。ユーモアあり、華やかさあり、オーケストラの楽しさを気楽な気持ちで楽しめる曲。なんだかふざけた感じのメロディーが「いたずら者のティルか?」。

ティル・オイゲンシュピーゲルとやらが、どんな人物か、なんか…頭の悪そうな感じかな…と勝手に思っていたら、どうやら実在で、古来より大変愛された物語らしい。調べた話を統合すると…多分…映画のチャップリンのような感じなのかな…。すっとぼけて、間抜けっぽいんだけど、風刺として痛烈、という。あと下ネタ(うんこネタ)が多いらしいっスわ。

処刑のシーンは、音ですぐに分かるでしょう!処刑の音楽とティルのふざけた音楽の対比が、エンディングに向かって、どうなってしまうんだろう…という不安を掻き立てる。リヒャルト・シュトラウスさんによる、想像が広がる音楽エンターテイメントになっています。


ベートーヴェン 交響曲第7番
Beethoven : Symphony No.7 Op.92

第7番は【】にて既出。第7番は、千秋が人生で初めてオケを振った曲だった。当時はオケを置き去りに独りよがりなリハをして失敗、シュトレーゼマンに中断させられる。

この曲が「R☆Sオケ」コンサートの終曲、千秋が結成したオケを日本で振る、最後の曲目となった。

漫画の作中にも出てくるが、指揮者の難しさって、指揮はオケが振れないと上手くなれないのに、振るオケがないことだよね。指揮者って、本当に、指揮者だけいても何の音も出ないからね…。だから漫画と全く同じで、どこかのオケの常任をしている指揮者の弟子になって、見学したり、下振り(リハーサル専用の指揮者)をしたり、ピンチヒッターとしての代振りのチャンスを狙ったり、人と人とのつながりから手段を得るしかない。だから、千秋が初めてオケで第7番を振った時、それは運命の瞬間の大変に刺激的な体験だったと思うし、思いのある大切な曲なんでしょう。千秋は、本当に、限られた手段をフルに使って、最善を尽くし切ったんですよ…。

この作品『のだめ』を読んで何となくお分かりになるかも知れないが、クラシックは、オケの場合特に、人と人のつながりで全部が成り立っている。声がかかるかからないもマンパワー。同じ楽器同士の助け合い、つながり、指導者と弟子のつながり…全部、心を通わせている前提で保たれている絆だし、信頼なので…、そう…、ここは…、この世界は、ものすごく、アナログで、原初的で、人と人の関係の、もしかしたら原型かもしれないです…。なんか…すてき…。だよね…?

表紙の内側に、作者の二ノ宮さんが第7番を「大好き」と書いていらっしゃる。

のだめは千秋の最後の公演を見に来ない…!福岡の実家に篭ってゲーム中…。

千秋は無事に本番を終える。ここまでたくさんの縁に恵まれ、純粋な応援を受けて来た。そして、陰ながら最も重要だった、自分をここまで辿り着かせてくれたのだめが、行き場のないままひとり日本に残るのを、放って置けないということを自覚する。千秋はのだめの実家へ向かう。

しかしのだめは、千秋の到着を待たずして立ち直っていた。完全に「幼稚園の先生」になる未来から、千秋と、プロの演奏家として一緒にいるビジョンに、将来をセッティングし直していた。

初めてふたりのビジョンが完全に一致する。千秋は本当に感動して受け取ったろうな…。しかし、これが恋愛であるとは、頑なに拒む千秋…。


ショパン 24の前奏曲 作品28第21番
Chopin : 24 Preludes, Op.28 No.21

千秋がのだめの実家にて弾くピアノ。え…。良い…。朝の光の中、自分の半身みたいなピアノを、実家で、恋人(じゃないけど)が弾いてくれる…それがこの曲ですか…。どこも痛いところがない。優しく撫でるような曲。ショパンの前奏曲は弾いたことがないんだけど、うーん。あれかね。ショパンはサロンでコンサートをよくやっていたので、そのオープニング用の曲なんでしょうか。これから始まるよ〜的な。指慣らし的な。お通し的な。

のだめが「白…」と言っています。ショパンは白。共感覚というやつです。わたしはショパンが「白」って感じはあんまりしないなあ。若草色…かな?

あ…?昔使ってたショパンの楽譜の表紙の色かこれ…?

わたしに共感覚はないみたいです。


ラヴェル 道化師の朝の歌(組曲「鏡」より)
Ravel : Alborada del gracioso

さ!とうとうふたりはヨーロッパへ、フランスへやって来ました!のだめがパリで暮らす部屋は、千秋の部屋の隣室。到着記念に、千秋の部屋にあるピアノを演奏します。

のだめは日本でコンクールに落ちたものの、審査員だったコンセルバトワール(フランス国立高等音楽院)の先生が、のだめを推薦してくれて、門下にも迎えてくれたのでした。無事試験をパスして、留学を果たします(日本の大学は出席日数が足りずに卒業ならず)。

そして一方千秋は、彼にとっては、フランスは生まれ育った、やっと帰り着いたHOMEといったところ。解放されて、夜道で歌って小躍りしちゃいます。…この方、結構自意識が強くて、理性が全面に出ちゃうけど、本当は、心の中では歌って踊る、陽気な精神性の持ち主なんでしょうね。音楽の中か、酔っ払わないと出てこないけど。

道化師の朝の歌、そしてラヴェル、大好きです…!弾けん、弾きたい…根気が足りなくて…。のだめが千秋の部屋のピアノ(一流ピアニストのお父さんの持ち物ですから、相当良いピアノでしょう)を弾いて、「音が違う」と言います。まじで、違うんだ…。湿度が違うから、日本と楽器の音が、響きが、全!然!違うんですよ……!!!!「ぽん」とはじけて…ひゃ〜〜〜と拡散する感じ…。ぽん?りん?ぱん?ひゃ〜〜?さ〜〜っ?日本語で上手く表現でけん。

ラヴェルはフランス物だから、フランスのピアノで弾いたら、ぽろぽろして最高にマッチするんでしょうね…。はあ…。

音大時代、期末試験で選曲したラヴェルの練習をしなくてはいけないのに、自宅のピアノを弾けなくて(妹が鍵盤に向かってピアノ椅子を投げた)、しばらく先生のご友人の紳士宅へ、ピアノをお借りしに行っていたことがありました。そのピアノが初めて弾くベーゼンドルファーで、ベーゼンで弾くラヴェルという、貴重な体験をしました…。ベーゼンドルファーは、ベートーヴェンなどドイツ物と相性の良い、重たい鍵盤の重厚な音色のピアノ。持ち主の紳士はやはりドイツ物がお好きで、「フランス音楽のあやふやな感じは、どこがいいのかさっぱり良く分からん…」とおっしゃっていた。

ちなみに「道化師の朝の歌」は、組曲「鏡」の中の4曲目である。「鏡」は全部で5曲。それぞれ、ラヴェルが所属したアーティストグループの、仲間に宛てて書かれた物だったみたい。今知りました。


ベルリオーズ ローマの謝肉祭
Berlioz : Le Carnival romain H.95

千秋は、フランスの指揮者のコンクールに出ます。まあ、というかむしろ、そもそもこれにターゲットを絞って渡欧してます。これを足がかりにプロデビューの足がかりを掴もう、という。そので出される、一番最初の課題曲が「ローマの謝肉祭」。8分の曲であるが、試験は15分でリハーサルと通しを終えなければならない。どうやるの?さっぱり分からん…。止め通し?最初から抜き練?そして通し?分からん…。

ベルリオーズ、初めてちゃんと聴きました。盛りだくさん、てんこ盛り!な楽曲。ベルリオーズの、思い入れある失敗したオペラ、そこからお気に入りのフレーズをミックスして作ったようです。その気持ち…分かる…。今日では、彼の楽曲の中で一番演奏される機会の多い曲になっているようですから、良かったですね、ベルリオーズさん!


ハイドン 交響曲第104番
Haydn : Symphony No.104 Hob. I:104

千秋の、15分でリハと通しをやるテスト、2曲目。千秋、「ハイドンで試されるなんて光栄だ」。

ハイドン、ちゃんと聴いた…ことはあるはずだけど…記憶が無い…は、交響曲の父と言われているが…なんでハイドンが交響曲の父であるのか、いまいち理解していなかった。が、しかし、今、こうして改めて聴いてみると…、まあ…!千秋に合いそうな…!起こるべきことが、起こるべくして起こる、と言ったような。ハイドンは、雇い主とその家族のために30年近く書き続けるという雇用形態だったので、楽しんで聴いてもらえる日常重用の軽さ、そして重厚さのバランス感覚が、超スバラシイんだろうなあ〜。

この曲は、なるほど、ハイドン…。セオリー通りの全身マッサージを、足のつま先から頭のてっぺんまで受けているようである…。期待外れでもなく、予想外でもなく、想定した満足が、きちんと隅々まで満たされているような…充足…。行きつけの焼肉屋さんで、いつ行ってもいつも通り美味しい…、みたいな…。ハイドン、なんと、交響曲を108曲書いている。ブラームスの渾身の4曲とえらい違いだね。ハイドンの音楽性が交響曲向きだったのもあると思うが、ハイドンは、その日常、常にお抱え楽団と共に過ごしてたんだから、昔の貴族のリッチさというのは、どえらいもんで、そのおかげもあるでしょう。「ロンドン」という副題のついたこの曲は、その名の通りロンドンにて書かれた。生涯務めたお付きの音楽師の役目を一時離れ、ハイドンがイギリスでぶいぶい言わせていた頃の作品。

ちなみに、ハイドンがお抱え音楽師として務めていたハンガリーの貴族は、「エステルハージ」さんと言う名家らしいが、全く関係ないが、エステルハージ家の紋章が、ふしゃっと流れる勢いがあって、面白い(エステルハージ家wiki)。


ドヴォルザーク 交響曲第8番
Dvořák : Synmphony No.8 Op.88

指揮者コンクール、一次を通過した千秋。二次の課題は、直前に渡された楽譜を15分だけ見て、すぐにリハをするというもの。オケは故意に間違った演奏をするので、それをどれだけ指摘出来るかを見る試験。全4楽章。どの楽章も、最初に美しい勇壮なメロディーから始まる。

ドヴォルザークの人物像について、全然イメージがなかったんだが、チェコの音楽家である。その時代的に、民族主義と、彼が本来持っている原始的な音楽の美しさ、精肉屋の生まれで苦学生として育った生い立ち、純粋さ、素朴さ、そして最期国葬されるに至るまでの、その生涯のすべてのギャップが、第8番には、すべてが良い風に織り込まれているような感じがした。

ちゃんと聴いたことなかったけど、すごく良いじゃない…。自分の楽器がピアノだから、ピアノ曲書いてない作曲家って、つい、あんまり聴いてこなかったんだけど…改心するわ…。


ラヴェル 道化師の朝の歌
Ravel : Alborada del gracioso

千秋は二次を通過して三次に進出する。千秋より先に三次試験を受ける、千秋のライバル的存在、ジャン・ドナデュウに当たった課題曲。のだめが千秋の部屋で弾いた前述のピアノの、オーケストラバージョンです。ラヴェル本人が、オリジナルのピアノ曲をオーケストラアレンジしました。

ドヴォルザークを聴いた後に聞くと、ドヴォと全然違って、本当に、ラヴェル、彼は、交響曲のセオリー、ド派手で良く鳴るオーケストレーションを、まるで無視…!自分の音楽性の追求、マニアックな方へ…。

オーケストレーションというのは、単純に「映え」る手法というのがあるんですよ。例えば昔のハリウッド映画のテーマを聴くと(スターウォーズ、スーパーマン、E.T.、バック・トゥザ・フューチャーなど)、全部同じなんですが、「ユニゾン」ばっかりなんです。総譜がシンプル。違う楽器が、同じメロディーを演奏すると、「ぐーっ」とした吸引力が上がる。 音が分散すると、その分、何やってるか良く分かんなくなるんです。でも、ラヴェルは単純なことがやりたい訳ではない。単純に気持ち良くなって欲しい訳じゃないんですよ…!ね…!ほら…!嫌がらせですよ…!!うふ、ぐふふふふへへ……!!

オーケストラというのは、楽器の組み合わせと和音の作り方で、鳴りやす和音と、鳴りにくい和音があります。起こしたいことを起こしたいように作曲するのには、それぞれの楽器や奏法の理解、オーケストラと言う、そのもの理解がいる。ラヴェルのこの曲は、作曲科の先生にめちゃめちゃ怒られそうな、超・独特の立ち位置にいますね〜。面白い…ぐふふ、ぶふふふ…。


ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ
Ravel : Pavane pour une infante défunte

三次は、課題曲2曲を指揮します。千秋の課題曲、1曲目は「亡き王女のためのパヴァーヌ」。これはもともとラヴェルのピアノ曲で、これもラヴェル自身がオーケストラアレンジしました。ラヴェル連続でげすな。ふ、ふふひっ。

パヴァーヌとは、16〜17世紀のダンスミュージックのことです。ラヴェルが1899年に作曲してますから、約200年前の、悠久のノスタルジックファンタジーといったイメージ。

パクチーは…、自分の専門楽器がピアノだからか、断然ピアノ・バージョンに軍配ですね…!美しい演奏がたくさんあります…!なんと言うんでしょう、ショパンが発見したピアノの美しさと、全く逆ベクトルの、ピアノの、削ぎ落とした最高美ような気がします。フランス的…!ちなみに業界人の音楽関係者が、この曲を知ってる人を「通」のように思っている節があるが、全くそんなことはない。メジャー。

フランス音楽はフランスの楽団が優勝かと思いきや、小澤征爾さんの指揮が、「ダンス音楽」であるというところを外れない作りで、素敵でした。


R・シュトラウス ティル・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら
R. Strauss : Till Eulenspiegels lustige Streiche Op.28

このnote【その3】で既出ですが、千秋の三次の課題。2曲目の「ティル」は、実は千秋の弟弟子であったことが判明するジャンも課題曲。

千秋は、卒なくこなしたジャンを意識しすぎて自滅…。観覧していたのだめが「カズオ…」と呟いています。「カズオ」とは、「のだめ」作中に出てくる「プリごろ太」という架空のアニメの登場人物なのですが、このアニメは「ドラえもん」がモデルらしい。カズオは、ジャイアンのメタ。千秋の俺様なゴーイングマイウェイが過ぎて、ワンマンなリハなってしまったことを暗に言っているらしい。

このコンクールで、採点のポイントのひとつである、リハーサルの進め方、つまり「人間性」。指揮者ひとりに特出した才能が一個あっても、みんなが付いてこれないなら、全員が音として響かないなら、ダメなんです。カリスマ性より、才能より、調和…。

どんな楽器のどんな演奏同士でもそうですが、厳密に言えば、一期一会、その演奏は、その一度きりで、全く同じ演奏は二度とない訳じゃないですか。ここでの千秋の指揮と、試験のオケを担当したウィルトール交響楽団の、その日その時しか起きないケミストリー、奇跡的な瞬間はいくつでもあり得て、「パヴァーヌ」は、どうもそういう演奏だったみたいです。「ティル」は、ワンマンなリハをした上、千秋が振り間違えて、その後も散々だったみたい。すごく、辛い時間だったろうな…。

その晩は心弱くなる千秋ですが、翌日、同じ日本人の挑戦者、片平が心からオケの指揮を楽しんでいる様子を見て、自分にもそれが出来たはずだと、純粋に反省します。

素直なんだな…もとが…。


バルトーク 舞踏組曲
Bartók : Táncszvit Sz.77 BB 86a

千秋は辛くも本選に出場。本選は、90分で3曲をリハーサルの後、観客を入れての本番。本戦に残った3人共通の課題曲が、バルトークの「舞踏組曲」であった。多分課題曲になったのは第1舞曲だろう。「舞踏組曲」は、全部で6曲ある。

怪しげな足踏みのような旋律で始まるが、全体的にゴージャスな曲想。ハンガリーのブダペスト市が依頼したその作曲の目的もあって、ハンガリーそしてアラブ、中国など、周辺諸民国の連帯が隠れたテーマらしい。とくに第5舞曲はなるほど、中国。

第1舞曲に現れる「じゃきじゃき」した音で、バルトークと言えば…遠い昔の授業の記憶が呼び起こされてきた…。バルトークピッチカートという奏法があって、ピッチカートは、弦楽器の弦をギターのように指で弾くのだが、バルトークピッチカートは、弦を摘んで引っ張って、指板にぶつける。

それとは別に、コル・レーニョという奏法があり(バルトークも使用している)、こちらは普通弦楽器は弓で擦るところを、毛の方ではなく、木の方で擦ったり叩いたりする。奏者に大変嫌がられる。なぜなら、ヴァイオリンの弓は、毛(馬の尻尾で出来てる)の方より、木の方がはるかに高級だからだ。そうとは知らない(知ってても構わない)現代作曲家の作品を録音したりする場合、コル・レーニョの指示があると、鉛筆で叩いたりする、と言っていた。別に気付かれないんだそう。


チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 作品35
Tchaikovsky : Violin Concerto Op.35

千秋が引き当てた本選の課題曲、2曲目。限られたリハーサル時間で、ソリストとも上手くコミュニケーションを取って、本番も素晴らしい演奏になったよう。

チャイコフスキーといえば、ロシアの偉大な作曲家。バレエの「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」などの存在で、知らぬ人はいないかもしれません。センチメンタルで美しいメロディーが、ヴァイオリンの音色ととっても合ってるわあ…。チャイコフスキーは、「ザ・オーケストラ」って感じの、卒のない、黄金率的オーケストレーションを作る作曲家に聞こえる。この曲が初演からしばらくは評判が悪かったってのが、意外だけど、ちょっと意欲がもりもりに盛り込まれてるのが、常識的で保守な聴衆には、革新が過ぎたのかしらね…。

千秋の本選3曲目は、自ら「ティル」の再挑戦を選択。全く違う気分でリハーサルにに臨み、オケのメンバーも千秋の一生懸命さを受け入れてくれたよう。

千秋は見事、このコンクールで優勝します。


ドビュッシー 「ピアノのために」よりトッカータ
Debussy : Pour le piano L.95 No.3 Toccata

プロコフィエフ トッカータ
Prokofiev : Toccata Op.11

千秋の指揮者コンクールが終わってパリへ戻って来ましたが、千秋はシュトレーゼマンと3ヶ月、演奏旅行に行くことになってしまいました。部屋でひとりピアノを弾くのだめのところに、同じアパートのフランクが遊びに来ます。のだめの弾いていた日本人の嘱託作品を、ドビュッシーやプロコフィエフのトッカータと同じようで…と言っていたので、聴き比べてみました。

ドビュッシーのトッカータは弾いたし好きなんですが、プロコフィエフと比べると、同じ「トッカータ」ながら、これが、フランス------ロシア-----の違いなのかな…!おもろ!重厚なオーケストラばっかり続くと、どうしてもピアノを聴きたくなるのね。

トッカータは、ぷつぷつ切れて早い曲(←ざっくりした説明)。


ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番
Rachmaninoff : Piano Concerto No.3

シュトレーゼマンの中国公演に着いて行った千秋。急病のシュトレーゼマンに代わって、急遽、代振りすることになった。千秋、予期せぬデビュー。シュトレーゼマンはどうやら公演の最中に倒れたのか…?共演者のピアニストは、のだめと年齢の近い中国人の女性、孫Rui。

第3番、初めて聴きました。ラフマニノフ自身が超比類ないピアニストなので、まず、ピアノパートが美しいことこの上ない…。ピアニストなら誰もが憧れる、ラフマニノフのコンツェルト。わたしは…わたしには高みが遠過ぎて見えない…ので…憧れることすら出来ませんが…。

千秋が弾いた第2番でも思ったけど、何と言うんでしょう…ここに大きな…大樹…樹齢3000年はあろうかという大樹があるのが、見えますか…そこにびっしりと蔦のように絡まる、群生するさまざまな植物たち…これらは共生してるんです、不可分なんです…。

と。大きな幹のようなオーケストラに、絡むように共生するピアノ。相変わらずこんなにもピアノとオケが不可分な協奏曲。すごい。ところどころ、まるで、水墨一色の線画、本当に音を抜いた部分が現れるんですが、この…センスよ!素人は不安だから音で埋めたくなるんですよ。でもたっぷりの気持ちを適確に、選び抜かれた音で厳選して構成しているから、それで十分空間が満ち足りるんです…。


リスト 超絶技巧練習曲 第5番
Liszt : Études d'exécution transcendante S.139 No.5

千秋が共演した中国人のピアニスト、Ruiを意識しまくるのだめ。同じアパートに住む中国人学生のユンロンくん家で、Ruiのビデオをエンドレスで見続ける。その曲が「鬼火…」。のだめが日本で受けたコンクールの二次で弾きました。【】にて既出。

ユンロンくんと食べたイタリア料理店で、意図せず無銭飲食になってしまい、のだめは、この曲を、お店にあるピアノで演奏してお金を稼ごうとする。パスタを本当に山盛り出してくれる、いいお店だな…。


ロッシーニ 『セビリアの理髪師』より「私は町の何でも屋」
Rossini : Cavatina "La ran la lera...Largo al factotum"

のだめの「鬼火」は店主に中断させられ、代わりにユンロンが、店主の歌うロッシーニの初見伴奏をします。のだめはトライしたけど弾けなかった。ユンロンは、お客さんに喜んでもらえて、何度目かのホームシックから立ち直る。

『のだめ』に出てくるオペラ、ちゃんと全幕見たいんですけど、いずれ見ます…!これも見たことないです…!理髪師である「フィガロ」が初登場するシーンで、「掴みはオッケ〜!」な楽しい曲。

このシーン、色々示唆に富んでますね〜。

のだめが留学を決意するのに、一番モチベーションを与えたビジョンは、「千秋の振るオケで、ピアノ協奏曲を弾くこと」。そして千秋と自分が、世界でゴールデンコンビと呼ばれることでした。そのビジョンを、丁度、そっくりそのまま具体化したかのような千秋とRui(しかもアジア人だし)の成功を見て、自分がRuiのポジションに最短で行くには、Ruiのように弾けなければ、と思ったんでしょう。Ruiのスタイルをひたすらコピーしようとするのだめ。

そういえば、大学の時、「CDを聴いて他のピアニストの真似をしてもいいんですか?」と級友が質問したことがありました。教授(男)の返答は「ええ、どうぞ好きにしなさい〜。出来るものなら〜」でした。


それでは、また。つづく!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?