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j-hope【on the street(with J.Cole)】がアメリカに与えた、ほろ苦いノスタルジックと多幸感

実はわたしはこれまで、hip-hopはどうやって聴くのかよく分からずにいた。BTSがhip-hopをやっているのを知っていたけど、それは「楽曲」として聴いていて、hip-hopの文脈では聴いていなかった。

あおいうえさんのnoteを読んだのをきっかけに、初めてhip-hopの愛好家がどのようにhip-hopを聴くのかを見た。彼らがj-hopeくんの【on the street】のMVにリアクションするのを見て、わたしは初めて、hip-hopとはどういう音楽であるのか、その一端を垣間見た。

そこには新鮮な感動がたくさんあって、驚きがあって、知らなかった世界、わたしの聴き方と全く違う、初めて触れた意識があった。

hip-hopとは、リズムとライムだ。

…いや、さすがにそれくらいのことは分かってる。分かってるんだが、リズムとライムがそれぞれ、どのように聴き手に受け取られているかを初めて知った。

「リズム」。すなわちループするリズムトラックから、彼らは「感情」「気分」を受け取る。

「ライム」。すなわち詩は、ビタミン剤のように、よく効く薬のように、口ずさんで、自分の身体にダウンロードして、詩の世界を取り込む。そしてそのパワーを自分自身のエネルギーに、変える。

わたしのnoteをご覧頂いている方にはご存知かも知れないが、わたしはもともとクラシックの音楽をやっていた。母がピアノの先生で、就学前からクラシックのオーケストラや、ピアノのリサイタルに連れられていた。ピアノのレッスンを楽しいと思ったことはない。レッスンは緊張で汗だくだったし、音楽とは真面目に「習熟する」、その「成果」だった。

「音楽って楽しいものなの…?」と、初めて思ったのは、音大に入ってからだった。級友が、知らないアーティストはいないような音楽フリークで、わたしをいくつものライブに誘ってくれた。全く聞き馴染みのないアーティストのライブに付いて行ったわたしも大概だが、石野卓球さんが前座で、FatBoySlimさんがメインのライブに行った時、リズムがわたしを自由にし、巧妙に作られたブレイクが意識を解放させることに、「音楽って、ちょーたのしい〜〜〜〜〜!!!!!」と、音楽に快楽があることを、わたしは初めて体感した。

「音楽は楽しんでいいものだ」とは、後にアフリカ音楽を学んだ時にも同じ理解があった。舞台の仕事を通してアフリカ音楽を特集したDVDを見た時、普通の、村の若者男女が、パーカッションだけのアンサンブルで、路上でとにかく躍りまくっておる。パーカッションを担当するのは、村の普通の、ちょっとセンスある青年たちだ。つまり、音楽とは専門の訓練を受けた人のためのものではなく、それで食い扶持を稼ごうという人のものでもなく、普通の人が、普通の日常の中で、生活の一部に持つ、「踊っちゃう」「楽しい」=「音楽とはそのためにある」が、そのまま画面の中で繰り広げられていた。

わたしのソルフェージュ(音楽理論)の先生は、

西洋は「横」の音楽で
アフリカは「縦」の音楽だ

と言った。

わたしは音楽を「横」で聴いている。「横」とは、メロディーとハーモニーのことを指す。西洋音楽はメロディーとハーモニーに特化した音楽だ。

対して「縦」は、楽譜上の「縦」のかたまり、つまり「リズム」を指す。彼らはリズムからものすごい量の情報を受け取っている。

アフリカから奴隷として連れ出されたアフリカ人は、世界中で、彼ら特有のリズム感とスケール(音階)を定着させた。それが、ブルースであり、ジャズであり、R&Bであり、hip-hopだ。これらの音楽を、西洋の記譜法で正しく表すことは出来ない。「グルーブ」と呼ばれる微妙な拍感のずれを記譜することが出来ない。西洋音楽は「縦」を繊細に感じ取る音楽ではないからである。

j-hopeくんの【on the street】を、リアクション動画のYouTuberたちが、ラップの歌詞を理解するために、所々で停止しながら、戻しながら聴くのを見て、すごく新鮮な驚きがあった。西洋音楽ではありえない。横の流れを止めたら、音楽は死ぬんである。音大の入試で演奏が途中で止まってしまったら「演奏中断」=0点だ。

だけどhip-hopを聴く彼らはそうじゃない。リズムトラックは、一度受け取ってしまえばあとはループなのでそれほど重要じゃない。それよりも何よりも、「リリック(詩)」、ラッパーが何を言ってるかを、その瞬間可能な限り完全に理解することが、「曲を聴く」ということらしかった。

さて。ここまでが前置きで、タイトルの本題に入ります。

これは、わたしがこれまで知らなかったhip-hopの聴き方について、主にアフロアメリカンのYouTuberがリアクションした動画を通して学んだことをまとめたnoteです。動画は自動翻訳しかなく、申し訳ないことにわたしの英語の理解力は中学生レベルなので、「この動画のこの人がこう言ったよ!」と言いたいところなのだけど、自信がありません。これは、20本くらいのリアクション動画を通してわたしが知った、「アメリカで特にhip-hopを愛好する人が、どのように【on the street】を聴いたか」という、わたしの理解になります。わたしは彼らがこの曲を聴く様子に、すごく胸を打たれて何度も泣いたのだけど、これはわたしが、「この人たちは、こう思ってるっぽい!」という、個人的な解釈の上に成り立っている、漠然としたnoteであることを、どうぞご了承頂ければと思います。

そして、このnoteの全てはあおいうえさんのおかげです。ここでお礼を言わせて下さい。Thank you so much your lovely note. It gave me new fantastic view!

a.イントロ

まず出だしのイントロ。この曲のテンポ。コード進行。hip-hopネイティブの人からすると、「ちょうど良く気分が良い」らしい。

"最も心地よく、良い気分でハートに感じるリズムトラック"

"このリズムトラックを作ったのJ.Coleか?もしj-hopeなんだったら…完璧なチョイスだ"

"これはまさしくJ.Coleのリズムトラック"

"口笛を吹きたくなる良い気分、まさしくそんな気分にさせるリズムトトラック"

hip-hopは今や多岐にわたり、さまざまなスタイルのアーティストがいる(らしい)。その中で伝統的で本質的なhip-hopを、一体誰によって守れるというのか。そんな時、この曲は、みんな大好きだったオーソドックスなビート、オーソドックスなスクラッチ、みんなが大好きだった90年代、それを彷彿とさせるニューヨークを使った背景。j-hopeが着ているジャケット、あのレザージャケット大好きだった、

と、

J.Coleを、j-hopeがリスペクトしていて、j-hopeがJ.Coleの音源からラップを体得した、こいつはまじでhip-hopの本質の継承者だ、ということが、最初のイントロで丸分かりらしい。

パクチーが驚いたのは、最初のリズムパターン(伴奏)のループで、つまり口笛とギターのコード4つで、

「ああ、これは幸せな時代の心地良い、ストリートの感じ」

を、ほぼほぼ全員がバーン!と受け取っていたところにある。パクチーからすると、「ちょっぴりノスタルジック…んー…いや、ベタすぎない?」である。しかし、彼らにとって、最もリラックスして、心地よい、良い気分にさせるコード進行なのだと知って、

わたしはこの曲を、「j-hope」くんのバックグラウンドを通してしか聴いていない。

が、「J.Cole」のヒストリーを知っている、hip-hopという世界に対して、彼が取ったのがこのアプローチで、

やるな、j-hope…

と、心底思った。

b.コーラス

Every time I walk
Every time I run
Every time I move
As always, for us
Every time I look
Every time I love
Every time I hope
As always, for us
(On the street, I’m still)

俺は歩く
俺は走る
俺は動く
みんなのために
俺が見るのは
俺が愛するのは
俺が望みを持つのは
いつもみんなのため
(俺はまだこの路上にいる)

以下、訳:パクチー

この曲のキーになる部分、別noteで「マントラのよう」と書いた、この曲の根幹。視聴する前に「j-hopeとかいう男は、英語を喋るのか?」という不安を持っていたリスナーが、最初に聴こえるこのコーラスで、「あ、解る」。

アフロアメリカンの人たちが持っている「Father, mother, brother and sister」の価値観。自分が所属するコミュニティに、同胞に、「共感する」「同調する」「シンパシーを持つ」「共有する」、そこで自分は全体のために自分を持ち出すんだ。それは基本的な、共有されている価値観として、「仲間のために」というのは彼らにはとってもしっくりくるらしい。

わたしはこのコーラスの歌詞について、j-hopeくんがそういう意識でいる人だというのを知っていたし、だから特別な感じはなく、むしろ普通すぎる?うつくしすぎる?と思っていた。

しかしこの「普通」と「うつくしさ」、

よく分かる英語
シンプルな単語
一発で完全に理解できる世界観

が、めちゃめちゃ重要だったのだと、後になって分かってくる。

ここではまだ、j-hopeくんが具体的に誰に対して「自分の全てはそのためにある」と言っているのか、「for us」がどのコミュニティを指すのか、聴いている側は分からない。

c .バース1

내 두 발은 선뜻 걸어, anywhere
どんな場所でもいとわず歩く
J in the air
空の上さえ
가는 길이 희망이 되고자 하여, 나 구태여
この道の先で、誰かの希望でありたかった
Even my walk was made of your love and your faith
この一歩、この一歩は、君が愛して、信じてくれたおかげだよ
보답을 해, 저 멀리서라도 나비가 되어
報いたいんだ、離れても、蝶になって

Now just walk lightly, whenever you want
今は、ただ軽やかに歩こう、行きたい時いつでも
Go on hopefully, wherever you walk
うまくいくよ、どこへ進もうと
누군가의 숨이 깃들어 있는 거리
誰かの息吹が宿っている路地
내 영혼과 영원을 담을게
僕の魂と永遠も込めていく
Everywhere (I’ll be)
どこでも、どこへでも

ああ…。そんなに難しい訳じゃないと思ったんだけど…一生懸命になってしまった…涙が止まらない…。3行目は英語の訳に入ってる「誰かの」を補足しました。

気を取り直して。ここでhip-hopネイティブの人たちは、「…?」「英語が聞こえるけど…これ何?」、という初めての体験をします。その、良く分からないものの中に、はっきり良く分かる英語が混ざっている感じが、すごく、初体験っぽくて、新鮮なんだな。

チョコレートポテチみたいな感じだろうか(違うか)。

"スイッチして、行ったり来たりしてる"

"これ、どうやって英語と外国語を混ぜてフローが作れるんだ?どんな技術?すごい難しいことじゃないの?"

"え、かっこいいんだけど"

この新感覚に対して非常に好意的で、本家のラッパーには決して作れないこの耳触りを、新しい音として感動しているようだった。

と、ここで、視聴以前は「そいつって、まさかラップしてくれんのかな?」と疑われていた技量が、「あ、こいつはラッパーだ」。しかもただスタイルをコピーした「ラップ風」じゃなくて、自分の中にhip-hopの世界を完全に落とし込んで、自分とミックスして、自分のオリジナルを持っている。それを完全にhip-hopの文脈でアウトプットしている、と気付くんである。

d.コーラス

Every time I walk
Every time I run
Every time I move
As always, for us
Every time I look
Every time I love
Every time I hope
As always, for us
(On the street, I’m still)

そうなってからのコーラス。すると、一気に好感度が上がって、

"俺、これ好き"

"for us、その通り!"

"この感じ、俺すごく気分いいわ"

"路上にいてみんなで聴き合ってたのと同じ気分"

"まさにこの口笛吹きたくなる感じ"

ハッピーな心地よさに満たされ始める。

ニューヨークのビルの谷間、ストリート、交差点。さらに言えばサブウェイ。hip-hopの永遠に古典と思しき、決して嫌いな人のいないような画。

j-hopeくんの作ったリズムトラック、コーラスのリリックは、「普通」で「うつくし」く、誰にとっても嫌悪でひっかかるものがない。かつ、全てが90年代へのリスペクトという、hip-hopの本質を掴んだ黄金的要素で出来ている。

この「良い気分」のコーラスが繰り返されるのは、彼らにとって心地の良いものみたい。リズムがループでいい人たちだものな。西洋音楽は繰り返されるものには意味がないといけないので、この感覚も新鮮だった。「だって楽しい気分はいつまでも続く方がいいじゃん」。

ここでhip-hopネイティブにひっかかる要素は、視聴以前から持っていた

“え、j-hope知らないんだけど、カラー(黒人)じゃないだと…?”

“なんで俺らの"神"、J.Coleと…?”

“どういう理屈…?訳分からん”

「j-hopeが韓国アイドルだ」、という部分のみになる。しかし2回目のコーラスではそれもきれいさっぱりなくなっている。なぜなら、それは、彼らが、アフロアメリカンの彼らが、最も、多分世界中で最も、「サウンド=音」に注力して聴く耳を持つ人たちだからだ。

ここまで聴いたところで、彼らが最初に持っていた「どうやって韓国人の、しかもアイドルに、hip-hopが出来ようがあるわけ?」「白いのに」という、言葉にせずとも存在する分厚い壁は、j-hopeくんの作ったリズムトラックと、彼の吐き出す息の使い方と、言葉の刻み方で、すっかり彼の持てる真剣な情熱を理解する。もちろん影響を受けたラッパーは他にもいるだろう、でも、ああ、こいつは本当にJ.Coleからhip-hopを学んだんだ。ビートを一音一音作る努力を自分でしたんだ。ライムを刻む修練を積んだんだ。hip-hopの一番良いところを、誠実な思いで継承している。こいつは、このコラボが出来る位置まで、真面目に努力したやつだ。

お前が愛しているもの、俺たちも愛してるよ、Bro

j-hopeくんは彼らにとって「Bro」になった。
壁は消し飛んでいた。

わたしはアフロアメリカンの彼らの音の聴き方に、そのあまりの純粋な聴き方、感度の良さに、素直さに、非常にびっくりした。耳から聞こえてくる情景を、腹の底の腑に落として、目に見えるものより、あるいはマインドより、遥かに信頼して信用している。その様子を、とても驚いて見ていた。

と、同時に、わたしにhip-hopを理解する素地がなかったから、j-hopeくんのhip-hopの力量がこんなにも高いものだったというのを、ここで初めて知ったのだった。リズムトラック、声の器楽的な使い方、幅広い声質のレンジ、独特のコード進行、どれも面白いと思っていたけれど、「西洋音楽」の文脈でわたしは聴いていて、これらがhip-hopをどれだけ研究し尽くして至った到達点なのか、hip-hopとしてどれだけクオリティが高いのか、全然理解出来ていなかった。

ここまででj-hopeくんの書いた詩は終わる。

ここまでで彼は、まず「感謝」をバースのテーマに持ってきていた。そしてそれは「thank」というありきたりな言葉で説明されるものではなく、「祈り」で返す、という姿勢。彼の持つパワーは、マッチョに誇示するのではなく、「蝶」で表現する。

ここでトータルで受け取る心象がある。とても普遍的で、ハイトーンの「やさしさ」だ。その「やさしさ」を、アフロアメリカンの男子たちはちょっと意外に思って、そして新鮮に受け取って、歓迎した。

そしてJ.Coleに続く。コーラス中ちらちらと、だんだんとはっきり、隙間に映るのが、彼らの期待を盛り上げる非常に良い効果だったみたい。

e.バース2

All hail the mighty survivor of hell,
屈強な、地獄の生き残りたち、万歳
Plopped down from heaven to sell
楽園からドボンと落ちたのは
Holy water that I scooped from the well
井戸で掬った聖水を売るため
Fought tooth and a nail,
歯を剥いて、爪を立て
Just to prevail mongst it’s ruthless
戦った、無慈悲さに打ち勝とうと
As I move through the field
戦場から抜け出せるように

ここで彼らが“神”と呼び、“誰のトップ10にも必ず入る”、人々が心の奥に大切にしているラッパー、J.Coleが登場。その登場と、最初の3行で、リアクションする特に若者たちは、軒並みノックアウトさせられていた。

Coleだ…

この韓国人のやさしい、ノスタルジックなバースに、Coleが何を乗せて成立させるのか、予測がつかなくてどきどきしていたに違いない。

わたしはJ.Coleさんに対して全然素養がないので分からないのだけど、この最初のフレーズで打ち抜かれる彼らの感動っぷりに、すごく胸が掴まれた。彼の来歴と合わせて、これまで語ってきたことを全部ひっくるめて、彼らは感動している、「これは俺に語りかけている」と、みんながそういう思いで聴いているのが、とても感動的だった。

詩のインパクト、そして韻が踏まれていることで生まれるインパクト、

彼らは自分で口ずさみ、1行ずつ理解して、詩がダイレクトに心臓に刺さるのが、その効果は「韻」によって倍々で掛け算されているみたいだった。今目の前の画面から発せられているJ.Coleの世界を、余さず、全部、自分に飲み込んで、それを受け取った状態の自分に、変容させていた。

すごいと思った。
なんて深く、最初の初視聴から、詩を聴く人たちなんだろう。
それがhip-hopだったのか。

All hail the mighty survivor of hell,
Plopped down from heaven to sell
Holy water that I scooped from the well
Fought tooth and a nail,
Just to prevail mongst it’s ruthless
As I move through the field

まあ、ちょっと分からないので適当なんですけど、彼らが言うには、文末で韻を踏んでいるだけじゃない。中間でも踏んでいる。その感じが、

“だから神なんだよ…”

“あのさ、またさらにすごいスキルが上がってない?もともと高かったけど、これ、ものすごいレベルになってない?”

“彼以外にもはや誰が俺たちを代弁してくれているって言うんだ”

“彼は普通にしゃべってる。俺たちに語りかけてる、そう聞こえるのに、むちゃくちゃ韻を踏んでいる神業…!”

“だから俺はhip-hopを愛している…だから…これが理由だ!だからhip-hopが好きなんだよ!”

「As I move through the filed」は、J.Coleさんのちょっとわたわたしたこの動きが、戦場で兵士がいっぱいいて、弾も落ちて、地雷も爆発して、どっちに行くのが正解なのか、と、そういう状況か!と、わたしは合点しました。ので、そういう雰囲気の訳にしました。

「聖水」のくだりではhip-hopの他のアーティストを想起する人もいるようでした。「アワードのステージで、悪魔の召喚儀式をやるような、魂を売っちゃったラッパーと違って、彼だけは魂を売らなかった数少ないラッパーの一人だ」。純度の高い言葉、この人は真実を語る人だという信頼。彼は自分たちと同じ目線に立っている人だ、という信頼。そして、「彼には捨て語がない」「発音が違っていたら、それは計算されている」「完璧に詩が構築されている」、そういう、ラッパーとしての実力に対する信頼。

その優れたラッパーが、音楽業界でどのように生きてきたか、という景色であるらしい。わたしにhip-hopの素養がないのが返す返す残念だが、J.Coleさんのラップが、つまりどういうものであるか、どういう人で、どう影響を与えてきたか、彼らのリアクションを通して初めて少し理解した。hip-hopに含められた、彼は良心だ。彼は自分に対して謙虚である。J.Coleという人の真実味と謙虚さ。

この「謙虚」が、MV全体の背景についても言及されていた。「このMVは謙虚だ」。特別な、高級な、ゴージャスな、きらきらした、気取った、が一切出てこない。富を、ステイタスを顕示するものが、確かに出てこないのだ。「路上」にいた元少年が、「路上」で聴いた音楽を、「路上」にいる人々に語りかけている。上から見下ろして、また何かを見せびらかして、また何かを羨ましがらせているのでも、目的や競争を意識させるものでもない。すでにあるものを温かく思う、謙虚なMVだ。

実際には、「これニューヨークに見えるけど」「ニューヨークに混雑していない道路は存在しない」「地下鉄も」「ど ん だ け の 予 算 組 ん で ん だ」ということであるらしいが。「BTSはバスケットチームに多額の寄付をしたので知ってる。なんか…目玉が飛び出る額」「そうかよ。彼らは桁違いなんだろ、分かってるって」。

Feelin worried
焦りの中の不安
In a hurry like a 2 minute drill
終盤の試合で速攻をかけてるような
To make a couple mil
二束三文を得るために
Off a lucrative deal
有利な条件を外して
Selling train of thought,
思考の羅列を、
Name a artist who could derail
落ち目になりそうなアーティストの名前を、売ってる
You’ll never see it like a n**** hula hoopin in jail
監獄でフラフープしているような黒人を見たことなんてないだろ

ここの韻も見事であるらしい(※和訳修正しました!)。わたしがかろうじて理解できたのは、「train of thought」で考えが列車のようにつながっているものを指すのだろうが、次のセンテンスで「derail(脱線)」、リンクした言葉を選んでいるのが面白いんだな!と思いました。

「n****」は差別用語ですが、公式の歌詞には単語入ってますね。あとアフロアメリカンの男子たちは、すごく言う。自分たちが自分たちに言うのはマルとのことですが、あまりに頻回に普通に言うので、え?常用語になった?と思ってしまった(注:違います)。「俺らの仲間の、この男」みたいなニュアンス。

「2 minute drill」がアメフトの速攻の技法の一つらしいんだが、そこでも「くっ、はーー!!!!」となっている人を散見。なんか、あるのかな。そのシーンになると盛り上がるとか、興奮するとか、手に汗握るとか。その言葉で良く伝わる体感が。

I got a friend smart as f***, but he stupid as hell
最高に頭のいい友達が、死ぬほど馬鹿なんだけど
He swear that God ain’t real
「神は誓って、いない
Since it ain’t no way to prove it his self
この俺が存在を証明できないということは、無い」と
As if the universe ain’t enough,
まるでこの宇宙が、足りていないみたいに
as if the volcanoes ain’t erupt
火山は噴火しないかのように
As if the birds don’t chirp,
鳥は囀らないかのように
As if a trillion nerves don’t work in the human body
人間の体に、1兆本の神経が働いていないかのように

「最高に頭のいい友達が、死ぬほど馬鹿なんだけど」でやっぱりくすっとしたり、大笑いしたり。彼らは、画面を通してラップと普通にコミュニケーションを取っている。と、そう見える。

ここでは、「俺に分からないなら、それは無い」、と言い切る人間が取り上げられている。その続きの、人知を超えた采配についてのセンテンスで、目を潤ませてこくこくうなずく人もいれば、「俺は…違うと思う(神はいないと思う)、でもあんたの言いたいことは分かるよ」という人もいた。

Who would I be?
だったら俺はどうなってた?
Without the creator of this theater
この劇場の創造主が
Beside me to gently guide me?
側にいて優しく導いてくれていなかったら?
Somedays I wonder if I need to pick a different hobby
俺はそろそろ別の趣味を見つけるべきか?

ここで、「え、ちょ、ちょっと待って」と、人々がなる。「うそうそ」「別の趣味なんて言わないでよーー!!」

I’m deep in with this rappin
ラップを、深く深く追求すること
It’s all a n**** know
この黒人が知っているのはそれだけだ
I never didn’t nothin better, it’s hard to let it go
これ以上のものは無いと分かっていて、なかなか手放せない
But like a father, watching his daughter, walk down the altar,
だが父親のように、祭壇へ向かう娘を見守るように、
With tears in his eyes, you gotta let her grow
目に涙をたたえて、お前は彼女の成長を見送るべきなんじゃないのか

この、「花嫁の娘を見送る父親」に、深く心を震わせて、それが韻でさらにずきゅんずきゅんと深いところに刺さって、それが痛いほど分かる。良く見知った、特に男性にとって実感のある、ひりひりする、抉られるような、そして耐えなければならない心の痛み。なんてこった、ああ、なんてことを言うんだ、

“bitter…”

“なんか…最初幸せな気持ちで聞いてたんだけど…辛ぇんだが…”

そして、「無理無理、そんなの心の準備できてない」「え?これは…Coleの引退宣言なの…???」。

And so I shall, but first I been honing my style
だがとにかく、俺は自分のスタイルに磨きをかける
Coldest around, with more quotables than what the quota allows
落ち着いて、与えられた役割以上の名言を吐く
You see a top 10 list I see a Golden Corral, n****
お前が見ているトップ10のリストは
俺にはチェーンの食べ放題に見える

「ほっ…良かった…う、わあああああ=======!!!!!」と、ここで感情爆発の男性陣。「Golden Corral!?」「Golden Corral!!!!!」

あんまり良い写真が見つけられなかったんだけど、No.1ビュッフェのチェーン店らしい。食べ放題。スーパーみたいに広いな。時間帯によって価格が違うようだ(facebook)。

ここまでで感情もみくちゃにされている彼らたち。

“リアルだ”

“これはリアルだよ…”

最初は、この訳は、「お前がトップ10のリストを見る間、俺は食べ放題で何を食べるか迷ってる」、ということなのかと思っていました。心のトップ10に入るアーティストが見せる生活感。

しかしリアクションを再度見てみるうちに、「誰にでも食べられる」、難しくない、高尚じゃない、イージーで安易に理解できる、そういう、チープな言葉の羅列でできたラップ、という意味なのかな、と思ってきました。

あるいは、ちょっとリアクターの方の英語が聞き取れなかったのですが、取ったビュッフェは結局ごちゃ混ぜにして食べる、「俺はあいつらまとめて簡単に食える」という、ちょっとしたディスりなのか。

ゴールデンコラールの評価が分からないので、いまいち確信がないのですが、もし好意的な意味で、彼の食事が食べ放題ビュッフェだということなら、アーティストの成果物が、簡単に指先で、軽い気分で消費されることを知ってるよ。俺はお前と同じもの食ってるよ。そういう1行になるかもしれません。

そして、まさかJ.Coleがチェーンの食べ放題なんか行かないという場合、「お子様でも満足」、皆んなが大好きなトップ10は、俺が満足するレベルのラッパーじゃない、(幼稚…)と、そういうニュアンスかもしれません。

As the moon jumps over the cow
月が牛を飛び越える間
I contemplate if I should wait to hand over the crown
この王冠に手をかけるのは待った方がいいか、鑑みる
And stick around for a bit longer
そしてもう少しだけ付き合ってくれ
I got a strange type of hunger
俺は少し奇妙な人間らしい
The more I eat the more it gets stronger,
食べれば食べるほど強まる飢餓
The more it gets stronger
食べるほどに強くなる
I said the more it gets stronger
「もっと上へ」、その言葉が俺を強くする

「As the moon jumps over the cow」、これも笑うところみたいで。この解釈で合っているか分かりませんが、「Hey Diddle Diddle(wiki)」という童謡に「The cow jumped over the moon」という歌詞があって、転じて「over the moon」がきゃぴきゃぴ騒いで楽しい様子を表しているんだそうだ。

ここでアフロアメリカンの男子たちは、喧々諤々に解釈を述べ合いますが、多分、その中の一人は、きゃぴきゃぴの逆、「冷静になって考えた」という意味だと理解しているように見えました。月が牛を飛び越えるのは普通だからね。「落ち着いて」、あるいは「夜通し」、音楽を続けるかどうか、この王冠を誰かに譲るかどうか、考えて、

もうしばらくこのまま続けるよ
俺の飢餓は人と違うところにあるみたいだ
食べれば食べるほど飢餓が強くなる
もっと欲しいものがある
求めるものがある
今だからこそ、もっと先にやれることがある
今まで得られた目的とは別のタイプの何か
それをするためなら、俺は強くなれる

hip-hopネイティブたちが、ラッパーのラップに一行一行、喜んで、泣いて、怒って、とても喜怒哀楽で反応して、深くシンクロしている。

その間、j-hopeくんのダンスが、見事にその情景をフォローして、彼らの深いところで打ち震えている感動を邪魔せず、寄り添っていた。

「the more」と「gets stronger」が繰り返されるくだりは、どうやって訳したらいいんだろう…と思ったのだけど、「gets stronger」に胸を打たれているリスナーの彼らを見ていると、やっぱり握り拳をあげて力瘤を作るようなポーズをするので、「俺にはパワーがある!」「そうだ、その通りだ!」という気分を、わたしは受け取った。ゴールデンコラールで好きなだけ食べても、食べれば食べるほど飢えている。この飢えは、手に入れるものが大きくなればなるほど、生まれる、新しい満たされない部分。どこまで行っても満足しない。諦められない。俺はそういう変わったタイプみたいだ。

“そうだCole!やめるなんて言わないで”

“続けてくれ、Cole”

“そうだ、行こう!”

j-hopeくんが、くいくいと誘う。trainに乗って、地下から出て、地上に出て、屋上へ、高いところへ、Coleのところへ、一緒に行こうぜ。

j-hope
Cole world

ここで、最も基本の、わたくし存じ上げなかったんですが…
アルバム『Cole World』が先!
ミックステープ『Hope World』が、後だったんですね…!!!

もっと強くなる。登れば登るほど、まだ自分にやるべきことがあるのが見えてくる。それが自分を強くする。

耐えられる。

j-hope、君もそうだな?

f.コーラス

Every time I walk
Every time I run
Every time I move
As always, for us
Every time I look
Every time I love
Every time I hope
As always, for us
(On the street, I’m still)

そしてすでに聴いたはずのコーラス。

こうなってくると、すでに聴いて知っているはずのコーラスが、まるで違う意味になる。彼がこれまで進んできた道が、苦労の多い道だったことを知っている。ラップを手放そうかと考えていることも知っている。それは娘を見送るような辛い、でも耐えなければならない意味のある苦さなのかもしれない。

でも、そうであったとしても、自分はやっぱり手放せない。ラップを続けるという苦難の道を、もっともっと、それは俺を鍛える、より強くする。

だから、
俺はこれからも、
いつでも歩き続ける
走り続ける
戦場でどんな風にも動ける
みんなのために見続ける
どんな状況に陥っても人を愛し
希望を持ち続ける
なにがあろうといつもそうする
それはみんなのためならできる
俺はお前がいる路上にいる、今も

J.Coleがラップを手放さないのは、ラップに、それを聴く人々の心を掬い続けることが、こんなにも出来るからだ。その仕事がまだまだ高みへ行く余地がある、と、そう思うからだろう。ラッパーは、つまり優れた詩人は、それを聴く人々の中にある言葉にならない怒りを、寂しさを、苦さを、絶望を、ユーモアを、愛を、汲み取って、目の前に広げて見せる。

そうだ、これは俺の話だ

そして、それを広げて、一段別の高みへ持ち上げる。

その瞬間、彼らの苦しみや、苦悩や、困惑や、怒りが癒され、彼らは、美しく、新しいエネルギーを発する。

彼らはこの曲を通して、生まれ変わってる。

そのくらいドラマチックな変化が起きていた。

Coleに、続けて欲しいと望んだ。
だけど、ああ…、彼がこの困難を続けられるのは、俺たちのためだった、
それが苦痛であろうと、すべて味わって、その行動の全て、音楽に変えて俺たちに渡すことが出来るからだ、

そう思って、彼らはColeの存在全てが愛情であるのと、その引き受けた重い覚悟を、

人生の苦味と、深い多幸感を、

ただただ心地いビートに浸されたまま、

深いところでこれ以上ないくらいに受け取っていた。

for usではっとする目が、すごかった。

usは確実に自分たちだ。だけどj-hopeとJ.Coleがusというなら、二人のバックグラウンドにある人々、ブラック、イエロー、その他限りなく全部が「俺たち」になる。

いきなり世界がぶわっと、彼らの目の前に広がるの見えるようだった。

そして、それを実現させたのはj-hopeだ。
このコーラスを書いたのは、j-hopeか。
J.Coleにバックコーラスを歌わせているのも。
この愛を、媒介して、俺たちに届く形にしたのは、j-hopeだった。

一番最初のコーラス部分で述べた、シンプルすぎるくらいにシンプルで、「普通」、そして「うつくしい」言葉で作られた、何の嫌味もないメロディが、ただ心地よいビートに乗せられているのが、

シンプルだからそこ一回で覚えたメロディーが、シンプルだからこそ曲の終盤で、ものすごく広い大きな感情を、J.Coleからのギフトを受け取ってなお、変質させずに支え、ハピネスをより高める。

彼らはその価値を深く味わっていた。

おわりに

この曲を通して知った、彼らの音楽の聴き方は本当に新鮮だった。

J.Coleのバースで食い入るように見る目。全部丸ごと取り込んで、深く同意する聴き方。リズムトラックが感情と気分を与えると書いた。そこにライムで刻まれたリリックが、脳内に直接だーんだーんと打ち込まれて、すごいドーパミンが出てる状態で、恍惚感と一体感を味わう。今、お前の言ってること、俺はすっかり分かってる。その「分かっている」を共有している、「hole」の感じ。一体感。

hip-hopってすごいなあ…と思った。

最後に握手をするJ.Coleとj-hopeを見て、本当にみんなが幸せそうな顔をするんだ。感謝。自分たちはとても美しい感情を味わった、という。

“その握手は…。OK、お前はファミリーになったよ、Brother”

最も歌詞を聴く人たち。リズムに込められた感情を聴く人たち。j-hopeくんが一番聴かれたい人たちはhip-hopの人たちだったかもな、と思った。彼のクリエイションを最も深く理解し、最も評価できる人たち。

少年ホソクが光州の路上で踊っていた時、hip-hopを聴きながら頭に描いた景色は、まさにMVの映像と同じものだったんじゃないだろうか。この音楽が作られた場所、ニューヨークの路上で踊るような時が来るだろうか。まさかJ.Coleとのコラボで?道路を通行止めにして?まさか!

思いの確かさと、
堅実さと、
ブレなさが、
ものすごいな!!!!!

【on the street】の中にある、当時の音楽の気分。それを光州で聴いていた少年には、今のような苦悩は何一つなかったろう。

辛くても、困難でもこの道を行ける、
いつでも、
それがみんなのためなら。

その、幸せな、古き良きスタイルのビートの上で、二人が語ったこと。それがとてつもなく重い覚悟で語られているのが、聴いている側にほとんど同じ分量で伝わっている。

それがhip-hopだった。


ということで。
それでは、また!


(※2023.3.21追記)

…よく分かる!わたしが今回のnoteで知識や認識がなかった部分について、とても丁寧に説明されておりました!j-hopeくんがJ.Coleを聴き始めたのは練習生になってからだったんですね。

ところで、番組収録でon the streeet、他の曲でのダンサーも含め、本当に90年代の衣装だった。あのくすんだ重たいカラーよ!髪も皆さん黒かったしな。weverseの公開直前ライブで着ていたネルシャツも、本当、あれ、ああいうの(Right Onとかジーンズメイトとかで売ってる方のやつ)、高校生大学生みんな着てたのよ…特にあの色…!


参考動画
j-hope 'on the street (With J. Cole) | FIRST REACTION
j-hope 'on the street (with J. Cole)' Official MV *REACTION*
j-hope 'on the street (with J. Cole)' (REACTION)
J. COLE FAN REACTS TO J. HOPE 'ON THE STREET' | COLE WORLD!
OMG J. COLE & BTS J-HOPE?! | j-hope 'on the street (with J. Cole)' Official MV (REACTION)
J Hope on the street 🔥 🔥 ❤️‍🔥❤️‍🔥with J Cole official MV IS THIS THE END
J COLE LEFT EARTH!! J-hope 'on the street (with J. Cole)' Official MV REACTION!!!
j-hope 'on the street (with J. Cole)' Official MV |BrothersReaction!
J. COLE WENT AT YA TOP 10 RAPPERS! | j-hope 'on the street (with J. Cole)' (REACTION!!!)
BTS ARMY I OWE YOU AN APOLOGY! j-hope 'on the street (with J. Cole)' Official MV
RAP GROUP Reacts to j-hope 'on the street (with J. Cole)' FIRST TIME REACTION! W/ VETLYFE
j-hope 'on the street (with J. Cole)' REACTION


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