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「爬虫類の環境エンリッチメントガイドラインの提案」邦訳

Suggested Guidelines for Reptile Enrichment
爬虫類の環境エンリッチメントガイドラインの提案」を翻訳する試みです。
基本的に動物園での展示を想定した内容なので、個人規模の飼育ではあてはまらない内容も多く、特定動物に指定された種の話も多いですが、
爬虫類飼育者であれば知っていて損はない情報だと思います。

超絶意訳
※同じ内容の繰り返しや文章を一部省略

前提:エンリッチメントとは

飼育動物のために、飼育環境に変化を与えること、飼育下の刺激不足の環境において、種に適切な行動と心的活動を発現させる刺激を与えることなどと定義される。(Wikipedia)
もともとは動物園などの施設で行われてきた取り組みで、
動物福祉の観点から、飼育環境に「動物が持つ野生本来の行動を発現できるような施設づくりや工夫」を加えて、環境(environmental)を豊かで充実(enrich)したものにしようという試みを指す。
一般のペットでよく行われていることとしては、
ペットの猫のためにキャットタワーを設置する、犬のために犬小屋を用意する…等も環境エンリッチメントに含まれる。

 

動物園では、様々な爬虫類の種類に応じた野生下の多様な生息環境を反映した施設で展示されている事が多い。
以下は、爬虫類にとって適切なエンリッチメントの例と、エンリッチメントを実施する際に考慮すべき安全性の概要である。

爬虫類に対するエンリッチメント


爬虫類の環境エンリッチメントは、展示と飼育の質の向上を促進し、適切な環境を提供することによりその種の典型的な行動を引き出すのに役立つことがある。
安全で効果的なエンリッチメントを展開するためには、それぞれの種の自然史に留意することが重要である。
爬虫類のケアは非常に専門的であるため、生体の飼育環境に変化を与える環境エンリッチメントを実施する前に可能な限り情報収集を行い、また、知識のある人に相談し、獣医や責任者の承認を得る必要がある。

爬虫類は、その自然史において様々な生態があり、様々な生息地や生態系のニッチで発見されている。
砂漠の極端な温度環境、熱帯雨林の湿度環境、海洋環境の塩分環境など、爬虫類が生息する場所は多岐にわたり、それぞれの環境に適応している。
爬虫類の生活空間は水棲、陸棲、樹上棲、地中棲など多岐にわたる。あるいは多くの場合、半樹上棲、半水棲などの組み合わせである。また、発生段階や時期によって変化する場合もある。

運動様式には、四肢を用いて移動する地上運動、四肢を使わない地上運動(ヘビには6種類の運動様式がある)、水中運動、さらには滑空で目的地に向かう空中運動がある。
その他、巣穴の掘削、繁殖行動、縄張り意識など、多くの爬虫類が持つ典型的な行動様式がある。
爬虫類には、集団行動をするワニから比較的孤独なカメレオンまでいるが、縄張り意識に基づく行動のように、社会的な状況でしか起こらない行動もある。

爬虫類は外温性動物、つまり冷血動物である。体温は外気温に左右されるため、爬虫類は行動によって体温を調節することができる。爬虫類の生活・生殖サイクルは、水資源の有無と量に影響される。空気中の水分量が重要な種もいれば、池、湖、川、河口へのアクセスが健康維持に不可欠な種もいる。


Exhibit Enrichment

爬虫類のケージにおける止まり木は、半乾燥種と完全乾燥種にかかわらず重要である。熱源と一緒に設置すると、止まり木は体温調節のための重要な機構となる。止まり木は生体がバスキングできるように熱源の近くに設置し、少なくとも飼育個体数と同数のバスキングスポットを確保する必要がある。

熱源からの距離を変えて止まり木を設置することで、生体に適した範囲の温度勾配をつけることができる。
また、最適温度を超える場所を用意することで、同じ場所に籠り続けるのではなく、移動行動を促すこともできる。
岩場、蔦植物などを用いてケージ内に起伏のある地形を作ることで、種によっては登攀を促すことができる。
例えば、獲物となりそうなものの上方から狩りをす習性のあるガラガラヘビの仲間は、休息のための大きくて平らな岩や岩山を追加すると、より頻繁に餌を食べるようになることがある。

エメラルドツリーボアは、運動不足により胃腸障害や肥満になることがある。
ケージの中の止まり木を定期的に変えることで、生体が「新しい」環境を探索し、運動量を増加させる効果が期待できる。

手動、自動に関わらず、霧吹きは生体の活動性を高め、脱皮を助けることができる。
適切な場所に水入れ、流水を発生させる装置などを設置するとケージの景観をより面白くし、湿度を上げるのに役立つ。植物や苔、土をレイアウトに用いても、湿度を維持するのに役立つ。

土、ウッドチップ、苔などの自然素材の床材を使用することによって、爬虫類が巣穴を掘ったり巣を作ったりするような自然な行動をとることができるようになる。
床材の水分量、あるいは質感、温度勾配などの要素は、巣の場所の選択に関与している可能性がある。
また、妊娠している可能性のあるメスに産卵に適した条件を提供することも重要である。
これにより、メスが卵を産み落とせず卵詰まりを起こす危険性を減らすことができる。
樹皮のような自然素材には生きた昆虫が含まれていることが多く、後で生体に発見される可能性がある。

多くの爬虫類にとってシェルターは重要であるが、下記の様な工夫をすることによって生体に安心感を与えながら、人間からも姿を確認できるようになる。
・植物の葉を止まり木の上と下に配置する
・岩や丸太を使って、ケージ前方を向いた洞窟を作る

温度や湿度の異なる場所に複数のシェルターを用意する(湿った苔を使う場所と乾いた木の葉を使う場所を用意するなど)ことにより、生体がシェルターを選択できるようになる。
また、土やウッドチップの床材を用いることで生体がシェルター内の床材を押し出したり、盛り上げたりして、シェルター内の環境を好きなように変化させることができる。
このようなシェルターは、影となる場所を作り出せるため、通常、ケージが設置されている環境よりも暗い場所に適応している可能性がある林床に生息する種にとってはありがたい機能である。
ヘビによっては、ケージの中にシェルターを設置することで食欲を増進させるものもいる。
 ※林床:森林内の地表面。落ち葉などが堆積した薄暗く湿った環境

ケージの最小あるいは最適なサイズは、生体が好む温度範囲と生息地の要件に応じて変化する。
複数の種が混在するケージは、それぞれの種の基準を満たすのに十分な大きさであることが理想的である。
一般的に、より大きなケージは複雑なレイアウトをしやすく、温度、湿度、光の勾配をよりよく提供することができる。
また、広いケージは雑菌の繁殖を抑えることができるため、床材の交換頻度を減らすことができる。さらに、種によってはより広いケージの中に置くことで、活動レベルや行動範囲が長期的に向上することが分かっている。


Dietary Enrichment

鳥類で成功したエンリッチメントは、爬虫類でも有効な場合がある。
自然に腐った丸太の中に昆虫を入れたり、不定期に昆虫を放つと、採餌行動を誘発することができる。

カメレオンのような種にとっては、毎日さまざまな種類の生きた昆虫を定期的に与えることが健康的な餌付けに不可欠である。
他の種にとっては、生き餌を提供される頻度が低い場合や、初めて初めて提供されるものの場合は、非常に刺激的なものになる可能性がある。

例えば、カメやアナコンダには金魚、ヒゲミズヘビやワニには餌魚、トカゲやカメにはコオロギなどの昆虫を与えると、採餌を促進することができる。
また、ハコガメやモリイシガメの床材にミミズを追加することでも採食行動を促すことができる。普段から食べている餌虫を撒くことも、量が予測できず不定期に与えるのであれば効果が期待できる。

イグアナは無毒の様々な植物の新芽を好んで摂食する。
新芽は枝についたまま止まり木としてケージの中に配置することができ、数日から数週間それを食べることがでる(霧吹きや水で管理すれば、新芽はより長く新鮮さを保つことができる)。

Novel Enrichment/Social Enrichment

ガラガラヘビは通常、噛みついて毒を注入した後、一度獲物を解放する。
その後、獲物は死ぬまでの間歩き回るが、ヘビに追跡される。
ガラガラヘビは獲物を追跡するため舌を頻繁に動かし、獲物の足跡を探す。この行動は飼育下で新しい刺激を与えなければ、時間とともに減少することがある行動である。
生き餌や血痕は、この行動の増加を促すことができる。
また、授乳中のネズミの匂いはヘビにとって魅力的で、これは野生下で授乳中のネズミを追跡すれば子ネズミを見つける可能性があるためである。
給餌スケジュールを変えることで捕食行動が増加し、全体的な活動量が増加することがある。

ヘビの化学的感覚(嗅覚、味覚等)に関する行動は、他の(健康で寄生虫のいない)ヘビの抜け殻をケージに加えることで刺激することができる。
これにより舌を動かしたり、匂いを嗅いだりする行動が誘発される。また、ラケシス属のヘビは、同種の生体(できれば異性のもの)を飼育することにより、これらの行動を誘発することができます。
多頭飼育(多くのトカゲはコロニー型)展示を行うことで、より興味深く社会的に複雑な環境を作ることができ、縄張り行動の可能性を高めることができる。

ワニのような群れで生活する種においては、壁を設置し視覚を遮ることで、餌の時間帯の競争やストレスを軽減することができる場合がある。
水棲カメ、陸棲トカゲ、樹上性ヘビなどの種が混在する展示では、飼育スペースを階層に分け飼育することでスペースをめぐる競争を避けられることがある。
さらに、同じ地域の種を一緒に展示することで、種間の有害な病原体の伝染の可能性を減少させることができる。

また、shift boxes(運搬用容器の意?)、tubes(ヘビのための透明チューブ) 、squeeze chutes(保定用の檻)に慣らすための行動トレーニングを施すことによって、生体を安全に診察する際の安全を確保することができる。

Safety Considerations

爬虫類の飼育とエンリッチメントにおいて重要なことは、生体の見た目が似ていても、適切な飼育環境は種により異なるということである。
例えばパインスネークは野生では広い生息域を持つため、より多くの刺激を必要とし、全体的な活動レベルが高い。
そのため、縄張りが狭い山地に生息するガラガラヘビよりも大きなケージを必要とすることが示唆される。

また、超正常刺激を避けることも重要である。
例えば、砂漠に生息するアメリカドクトカゲは、常に水入れを与えられていると背中に藻が発生するほど水の中に座り込んでしまうことがある。
 ※超正常刺激:動物において、現実にはあり得ないのに、その動物に特定の行動を引き出す刺激のこと

また、適応した特定の気候によっては、過剰な加湿も問題となる場合がある。
特に、新しい水源を設置する際には注意が必要で、泳ぎが下手な爬虫類は(比較的)深くて平滑な水入れの中で溺れることが知られている。
子ガメが水槽内の密集した藻の下で溺れるがある。カメの飼育場に新しい水槽や水場を追加する場合、カメが水中で「ひっくり返った」状態から体を起こすことができるかどうかが重要で、できなければ溺れる可能性がある。
このため、カメを仰向けにして水中に入れ、カメが「ひっくり返る」ことができるかどうかを確認するためのテストを行う必要がある。
もしひっくり返ることができない場合は、できるようになるまで水深を深くする必要がある。

ケージ内の複雑なレイアウトは脱走や怪我につながるリスクがあるため、事前に十分な対策を練る必要がある。
さらに、レイアウトの為に設置したものよって十分な換気が損なわれてはならない。
既存の生息環境を変更すると、排水溝に生体が引っかかったり、ケージの金網に近すぎる場所にとどまりすぎて擦り傷ができたりと、新たな危険が生じる可能性がある。
安全なエンリッチメントを確保するためには、環境の変更後の観察が重要となる。
環境の変化により生体がストレスを感じる可能性を考慮し、状態を観察し、定期的に体重を測定するなどのモニタリングを行う必要がある。

爬虫類の飼育環境に床材を使用することで、採食や移動など様々な行動の機会を提供することができる一方、誤飲による消化管の閉塞リスクがあるため、砂漠に生息する爬虫類と一部の水棲のカメを除いて、床材として砂は推奨されない。
同様の理由で、corn cob(トウモロコシの芯を挽いて粒状にしたもの)も床材としては推奨されない。
すべての陸生爬虫類の種に推奨できる床材はない。
あるものは吸収性が高すぎてケージ内のの湿度が低下し、動物の脱水を引き起こす可能性があり、またあるものは吸収性が十分でなく、水分が過剰になる可能性がある。
衛生的な状態を維持するために床材を交換する頻度は、素材、飼育されている種、およびそれらの維持方法(霧吹きの頻度、頭数など)によって異なる。
床材にウッドチップや土を使用することには、常に誤飲による消化管閉塞、窒息、病原体繁殖のリスクが伴う。
ただし、適切に使用すれば、ほとんどの場合メリットがリスクをはるかに上回る。

Dietary enrichmentでは生体の餌にバリエーションを持たせることがよくあるが、特にヘビではこれが問題になることがある。
様々な種類の餌を与えた結果ヘビが気難しい性格となり拒食に陥った場合、飼育者は餌の選択肢を失う。

生き餌(たとえコオロギでも)は、すぐに食べられないと生体に噛みつき、怪我をさせ、その怪我から全身性の炎症が生じる可能性すらある。
症状の重篤度によっては致命的になり得る。

このリスクは、以下の方法で最小化することができる。
1)生体が興味を示さなければ、生き餌をケージの中に放置しない。
2)生き餌のための餌を提供する。
(例:餌ネズミのためのペレットを提供する。)

野生の昆虫を餌として使用する場合は、農薬が散布されていない場所から採取する必要がある。
また、植物は無毒で農薬が使用されていないことが重要である。哺乳類や鳥類に餌を与えるときと同じように、爬虫類の餌にも注意を払う必要がある。

非毒性種であっても、咬傷からの重症感染症を起こしたり、唾液中に抗凝固成分を持っていたりすることがあるため、飼育者は爬虫類の取り扱いには常に注意を払う必要がある。
ガータースネークに咬まれても、ヘビの唾液に反応し皮膚に発疹が出る人もいる。
爬虫類はサルモネラ菌を保有していることが多く、その他にも人間と他の爬虫類種の双方にリスクをもたらす感染性病原体を保有していることがある。
このことは、ケージを交換、ケージ内の同種の生体の数を増やす際に常に考慮されるべきことである。
複数の種の多頭飼育を行う場合、捕食や攻撃、ストレスや過度の食餌競争なしに、互いによく耐えられる種を選ぶよう注意しなければならない。

新しいエンリッチメントを導入する際には、対象となる生体の健康と幸福(well-being)を確保するために多くの考慮すべき事項がある。
エンリッチメントを導入する前に、爬虫類飼育の経験者に相談し、適切な情報を調べることは、失敗を防ぎ、飼育動物の生活を大きく改善することにつながる。

エンリッチメントの概要・注意点

Exhibit Enrichment

  • 止まり木:温度変化のある休息場所、樹上へのアクセス、登攀を促すための岩石や植物による起伏のある地形

  • 霧吹き・ミスト(手動または自動)

  • 水場:浅いプール、深いプール、流水など

  • 床材:土、ウッドチップ、苔、腐葉土、ランの樹皮、砂など

  • シェルター:植物、丸太や岩で作った前方向きの洞窟など

  • 複雑さを増し、温度や湿度の変化を容易にし、動物の活動や行動のレパートリーを増やすために、ケージのサイズを大きくする。

Dietary Enrichment

  • 自然に腐った丸太に昆虫を入れる

  • 自動給餌機( 例:ランダムに昆虫を放つ人工丸太)

  • 様々な種類の餌

  • 生き餌:金魚、餌魚、昆虫。これまでに与えたことのないもの

  • 普段与えている餌虫を予測できない量と間隔でばら撒く

  • 給餌間隔をランダムにし、餌も色々なものを与える

  • 生き餌の血痕、授乳中のマウスの匂い/痕跡で刺激を与える

  • 草食性爬虫類のための無毒な植物:一時的な止まり木としても使用できる。

Novel Enrichment/Social Enrichment

  • シェルターの設置

  • 同種のケージの中に一時的に入れる

  • 適切な種を含む複数の種の多頭飼育

  • 社会的ストレスと餌の競合を減らすための視覚的障壁。

  • shift boxes(運搬用容器の意?)、tubes(ヘビのための透明チューブ) 、squeeze chutes(保定用の檻)に慣らすための行動トレーニング。


Safety Considerations

  • 個々の種の自然史を考慮する必要がある

  • 超正常刺激を避ける

  • ある種に加湿しすぎると、健康上の問題を引き起こす可能性がある

  • その種にとって深い水場で溺れる可能性を最小限にする必要がある

  • 床材は不適切に使用された場合、消化管閉塞や窒息の原因となり、また病原体の培地となる可能性がある

  • ほとんどの非砂漠地帯の種では、砂は基質として避けるべきで、corn cobであっても摂取すると問題を引き起こす可能性がある

  • ヘビが様々な種類の餌を食べることで、気難しい性格になる可能性がある

  • 生き餌は、生体を噛んだり、傷つけたりすることがある

  • 餌として与える植物は、農薬やその他の化学物質が含まれていないかチェックする必要がある

  • 複数の種を多頭飼育する際には、同居している生体を捕食する種や、攻撃性の有無、ストレス、餌の競合を避ける必要がある

  • 飼育者の安全:毒を持たない爬虫類でも、咬傷からの感染症や唾液に抗凝固成分を含んでいることがある

  • サルモネラ菌などの感染性病原体は、人間や他の爬虫類に対して危険を及ぼす


爬虫類エンリッチメントガイドライン:Cheryl Frederick, Woodland Park Zoological Gardens, Keeper編集
AAZK National Enrichment Committee

寄稿者:Paul Cowell, Woodland Park Zoological Gardens, Keeper, Dana Payne, Senior Keeper, Woodland Park Zoological Gardens Mike Teller, Lead Keeper, Woodland Park Zoological Gardens

査読:Dr. Darin Collins, Woodland Park Zoological Gardens, Veterinarian Joe Martinez, Program Director and Former President New England Herpetological Society Frank Slavens, Reptile Curator, Woodland Park Zoological Gardens.


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