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偽マーライオン

 それはどこにでも、そして突如現れる。少なくともうちの実家には現れた。1回目の時期は覚えていないが、2回目は1月1日の深夜、姉の部屋にて。そして4月某日。つまり計3回、私は紛い物のマーライオン、つまりは偽マーライオンと対峙している。それは見る者を萎縮させると共に激しく動揺させる。
 春休みが終わる間近、私は東京の某所で友人と遊んでいた。彼女とは高校の時からの付き合いで大学は違うものの、時々こうして2人で会ってはお互いの近況について語り合った。その時期はちょうど桜が満開時で、昼間に友人と公園で白鳥ボートにのり、桜を愛でた。偽マーライオンが現れたのはその日の夜である。
 夜、私と友人は居酒屋で酒を呑んでいた。元々、私は酒が強い方ではない。が、飲むペースがかなり早い。これはどこで呑んでも、誰と呑んでも指摘されることであり無論自覚もある。原因は未だに分からないのだがとにかく早い。その時も私はかなりのペースで酒を呑んでいた。酒と言ってもサワー系の甘い物である。(焼酎や日本酒は全く飲めない。)飲むペースも早いが通常通りであり、さほど酔わないであろうと高を括っていたのも束の間、私は2杯目あたりでかなり酔っていた。
 この、通常とはなんら変わらない形で呑んでいたのにも関わらず酔ってしまったのは、寝不足だったことと歩き疲れていたことが要因であると考える。私は疲れると酔いが回りやすいタチなのである。居酒屋では友人の人間関係についての相談を聞き、「大丈夫だから!」「君は可愛いから!」等と悩みとはまるで無関係でなおかつ無責任なことを、彼女を鼓舞するような形で言ったことは薄ら覚えているが具体的には覚えていない。「退店10分前です。」と言われ、焦ってジョッキ2杯分を飲み干した時には「かなり」というか、もはや泥酔状態だった。会計時、店員に「この後彼氏のとこに行くんですか?」と聞かれた際に「いやあ3ヶ月前に別れちゃったんですよー!」と心底どうでもいい情報を開示したのが、それを表していると言える。
 友人の肩にもたれながら店を出たところまでは覚えているのだが、そこからどうやって歩いたのか、途切れ途切れにしか覚えていない。友人曰く、私は執拗に公園に行きたい等と喚いていたらしく心優しい友人は私を連れ、近場の公園に向かったらしい。公園付近に差し掛かったあたりで、私は意識を若干取り戻した。ひどく胃のあたりが気持ち悪かった。とりあえず、友人と共にベンチに座り互いの好きなアニメについて語っていたその時である。偽マーライオンは現れた。正確に言うと私が偽マーライオンになったのだ。
 とめどなく、滝のように溢れる胃の内容物。酒。酒のつまみ。胃から押しあがるように出るため止めることは否。口から出たのが清い水であり尚且つ観光客を喜ばせるならば正にマーライオンそのものだが、そうではくむしろ対極の位置に在るのが偽物の哀しさである。周囲の人々の視線が微かに痛かったが、それよりも「自分は急性アルコール中毒なのでは」「病院に行くべきなのでは…」とひどく動揺しもはや他人の目線所ではなかった。酒を呑んで吐くなど、経験上1度しかなかったためかなり焦っていた。突如マーライオンと化した女の傍らにいた友人は近くの店から袋や手袋、ティッシュをもらうために奔走していた。そして嫌な顔ひとつせずに私の介抱までしてくれた。やはり私は友人に恵まれている。全て吐き出した後意識は覚醒し、正月酒に酔い深夜にマーライオンとなった姉を思い出した。血は争えないとは正にこのことだな…と妙に冷静になった。自分の吐瀉物の始末をし、桜見物者用に公園付近に設立されていたバカでかいゴミ箱にそれを投げ入れた。つい4時間ほど前まで楽しく白鳥ボートに乗っていた自分がひどく懐かしい。公園は夜桜を楽しむ者で埋め尽くされ、桜が妖しげに外灯で照らされていた。
 その後、友人の寮まで歩き、深夜4時までおしゃべりに明け暮れ、睡眠不足を引きずりながら翌日浅草まで行き花屋敷のジェットコースターを楽しみ、「私ってなかなか体力あるんじゃないの?」という甚だしい勘違いを抱くあたり、私はまたいつか偽マーライオンと化すのであろう。

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