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東京消費 #9 修繕「金継ぎ」sandz

 食・ファッション・工芸――。東京には国内のみならず世界各地から洗練されたものが集まる。「消費」には必ず対価がある。洗練されたものを手に取り、比較し、楽しむ。幾ばくかの使えるお金があれば、東京は今なお世界でも有数の楽しめる都市だ。
 インバウンドが徐々に戻り、アジアの大国・中国からも大勢の観光客が来日しつつある。〝爆買ばくがい〟の時代は終わった。これからは、まだまだ広くは知られていないが、洗練されたものを探し求める時代だ。
 中国語と日本語を話し、東京を消費によって楽しむsandzさんず。この連載では、sandzが日々楽しむ食・ファッション・工芸を紹介する。


「大量消費」を支えた発想のひとつに「使い捨て」がある。使っては捨て、壊れては捨てる。「消費」が前面に出過ぎた結果、長らく「愛用」や「愛玩」が影を潜めてしまっているのではないだろうか――。

 それは自宅でひとり、ゆっくりと中国茶を飲んだ日のことだった。トラブルは何気ない日常に起きる。嗜好の時間を終えて茶器を片付けようとしたその瞬間、手を滑らせて茶杯を落としてしまい、それが蓋碗にぶつかってしまった。どれもこだわりがあって買った茶器である。すぐにそれぞれを確認すると、落とした茶杯こそ無事だったけれど、蓋碗の縁が2ミリほど欠けてしまっていた。

 この手のトラブルが起きたときにいつも思うのは〝どうしてもっと注意しなかったんだろう〟ということだ。愛着のある茶器を扱っているはずなのに、日常はその愛着をいとも簡単に忘れさせてしまう。数分前に戻れるのであれば、僕はもっと愛着をもってこれらの茶器を取り扱うことだろう。「後の祭り」とはよく言ったもので、どれだけ茶器に対する愛着を言葉にしても、それはもはや「後の祭り」だった。

 執着は時に、思わぬ光明をもたらしてくれる。いろいろと調べてみると、「金継ぎ」にたどり着いた。すぐに職人に依頼して直してもらった。これが僕の金継ぎとの出合いだった。

 そんな話を友人にしたところ、何を思ったのか、彼は僕に割ってしまった杯の金継ぎを頼んできた。「簡易キットがあるみたいだからsandzがやってくれてもいいし、その職人にお願いしてくれてもいいから」と。せっかくの機会なので、初心者用のキットを買って、自らの手で継いでみることにした。

 購入したのは、金継ぎの専門店「つぐつぐ」が販売している「つぐキット」。安いものだと接着に合成樹脂を使うものがあるが、これは生漆を用いる本格的なもの。仕上げはもちろん金紛だ。

 僕が買ったものは初心者用のキットだったけど、いざ着手してみると一朝一夕にはできないものだった。まずは割れた面の粗さを均一にするために、サンドペーパーで滑らかにする。この工程によって接着のための麦漆がしっかりと乗るそうだ。

 麦漆は生漆に小麦粉を混ぜてつくる。一滴ずつ水を加えて、いい塩梅の粘度を探る。チューイングガムくらいの粘度が出てきたら、いよいよ麦漆を使って接着する。この段階ではまだ、失敗したとしてもやり直せる。すべての割れた面に麦漆を塗って組み上げたら、マスキングテープで固定し、乾燥の工程に入る。

 乾燥のためには「漆風呂」という環境を整えなければいけない。温度は20℃~30℃、湿度は70%~85%というから自宅では簡単ではない。僕は段ボールのなかにビニル袋を敷き詰め、四隅を濡れタオルで囲って漆風呂をつくった。「乾燥」と聞くと、湿度は低いほうがいい気がするが、実際は真逆というのが漆の不思議なところだと思った。

 1週間ほど置いて、次は接合部に錆漆と黒漆を塗り、再び漆風呂で乾燥させる。そして最後に、弁柄漆を接合部に塗り重ねて、そこに金紛を蒔いていく。金粉が定着するのにも、さらに1週間ほどを要する。初心者キットだと聞いて甘く見ていたけれど、結局は3週間ほどの時間がかかった。

 僕は、茶器に限らず、普段使いの茶碗や皿も決して安くないものを使っている。周囲からは「そんな高価なものが割れたり、欠けたりしたらどうするの?」と言われるけれど、「食器は使うためのものなのだから、日常のなかで使ってこそ真価が発揮される」という自分の考えを貫いてきた。

 もちろんいまもその考え方に変わりはない。ただ、高価なものは割れないに越したことはない。実際に自分で修繕をしてみて、そう思った。高価な食器には必ず作り手の思いや技があり、それは決して乱暴に扱ってはいけないものだからだ。

 修繕に職人の思いと技があるのと同じように、そもそもの作り手にも思いと技がある。初心者用のキットで金継ぎをしてみて、僕は身をもってそのことを実感できた。

 飲食店を営んでいる同世代の友人が、SNSで「店の皿を修繕している」と投稿していた。どうやら近頃は、若い人も金継ぎに関心を抱いているようだ。そこには、SDGs(持続可能な開発目標)という新しい概念も影響しているのだろうけど、なんとなくもっと根源的な若者たちの欲求があるような気がしている。それは、日本においては「大量消費」や「使い捨て」といった発想へのアンチテーゼではないだろうか。

 テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、ラップトップ、タブレット、スマホ……。現代文明の日常生活を支える家電や端末に、初心者用の修繕のキットが生まれる日は訪れるだろうか。割れた杯を修繕するという、極めて実用的な行為に〝趣〟を感じる現代人の感覚は、果たして普遍的なものなのだろうか。

 消費とは何なのか。愛用とは、愛玩とは何なのか――。金継ぎをほんの少しだけ体験してみて、そんなことを考えた。


sandz(さんず)
バンタンデザイン研究所大阪校を卒校後、2009年に上京。2011年に創価大学に進学し、在学中に北京に留学。同大と北京語言大学の学位を取得。中国漢語水平考試「HSK」6級(220点以上)。中国語検定準1級。
Twitter : SandzTokyo
Instagram : sandzager

写真:Yoko Mizushima


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