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近すぎる温泉、家族旅行


神奈中バスに乗ってほとんど終点の広沢寺温泉を目指した。敦が通った『厚木高校前』を通った。かすかに、正門前の銀杏が見えた。息子も同じ高校だが、感慨はないようだった。バスは乗用車よりも遥かに高い座席なので、見渡せるのがいい。どんどんどん山奥に向かう。本厚木駅前の賑わいが嘘のように、小川が流れ、奥に奥にとバスは進む。途中、リハビリセンターという馬鹿でかい建物の敷地内にバスが向かった。ここで、乗っていた乗客全員が吸い込まれるように降りた。家族三人だけをのせて、バスは、かすかに唸りを上げて狭い坂道を登っていく。

目指すは、奥座敷「七沢温泉」にある歴史古き老舗温泉旅館「福元館」。敦は、スマホでも地図がまともに読めない。「全くもう、親子揃ってダメなんだから」と瑠璃子が怒る。巻き添えを食った息子は、「勝手に判断しないでよ」と反論する。敦の思った方角と全く違う方に向かっていた。安政年間1856年に創業下というから、老舗中の老舗だ。

「文豪の小林多喜二が昭和6年に潜在し、小説『オルグ』を執筆した当時の部屋があるそうよ」と瑠璃子が旅館ネタを披露しながら十分ほど歩いた。看板もあり、比較的すんなり旅館に着いた三人であった。3時到着予定の5分前に旅館に着いた3人は、躊躇なく引き戸の玄関を開けた。ガラス戸には、歴史を感じさせる太い力強い文字で「福元屋」と書かれていた。受付のカウンターのベルを押すと年老い女将らしき女性が出てきた。名前を確認するとGO TO千円のクーポンを七枚手渡された。楽天トラベルで全て支払っているので、簡単に宿帳を3人の氏名住所を書くだけで終わった。かなり年老いた女給が、2階の部屋まで連れて行ってくれた。和室の部屋は、綺麗にリニュアルされたばかりのようだった。障子で仕切られた先には、洗面台と小さなソファと椅子が用意されて、外の景色が見えた。駐車場があって、その先は、木々に覆われた林が広がっている。紅葉がまだ真っ赤な葉が残っているせいか、秋のような光景だ。「肌寒さを感じているのに、紅葉がまだ綺麗ね」と瑠璃子がいう通り綺麗な景色を見ることが出来た。

「本当は、磁場ゼロの亀石に行きたいんだけど、寒いしね、きようは、よそおうか」と午後三時の結論だ。それにしても寒い。「寒いので、お食事時間までお部屋でお待ち下さい」と女給さんに言われた。息子と敦は、男風呂に入った。三、四人も入ればいっぱいの温泉だった。「確か、露天風呂があると言っていたのだが、僕探してくる」と息子の探究心のお陰で、すぐ隣にあった。分かりづらい入り口の奥に進むと、小さな湯船に蚊の死骸が浮かんでいた。「温泉が温かいので、集まって来るのかも」と独り言を言う敦であった。曇天の空の下、寒さも手伝って、温泉が身に染みる。暖かい。

「超絶に美味しい料理の旅館だって」と瑠璃子がノリノリなので、料理の期待値が上がった。6時からの夕食が待ち遠しい。テレビがない家庭は、テレビの面白さが分からない。スイッチを入れるが、全く興味がない。そんな退屈な時間を1時間ほど過ごしたら、食事の合図の電話がけたたましくなった。一階の宴会場に通された。コロナなので、4組の家族は、3組と6人ほどの団体の1組に部屋も分かれていた。最初に敦たちが座り、10分置きに1組、1組と座った。

「神奈川県民 お献立」と印刷された品書きがお膳に並んでいた。神奈川県民限定のサービスに飲み物は一人一品無料のキャンペーンサービスがあった。3人ともビールを頼んだので食卓を賑わした。
先付 しめじ数の子和え
前菜 梅水晶 海老蜜煮
   栗麩田楽
   サーモンとかぶの甘酒漬
   秋刀魚甘露煮
造里 旬のお刺身
   妻一式
台の物 七沢名物猪鍋
蒸し物 海鮮土瓶蒸し
焼き物 岩魚塩焼き 杏子
しのぎ 蕎麦の実
油物  海老 公魚 茄子
強肴  国産ヒレ肉ステーキ
食事  白飯
春の物 三点盛り
止め椀 お吸い物
甘味  抹茶プリン


全品がメニュー通り、運ばれて来た。福助の絵の下に「調理長 村井雅志」と書かれていた。確かに、屈指の料理であった。「失礼だが、こんな萎びた旅館でこんな豪華な料理が出てくるとは思わなかった」敦がサプライズに答えていうと、「なんかネガティブに聞こえるんだけど。ディスっているように」と息子が敦を責めた。「萎びたっていい言葉なんだけどな。味わい深いという意味で」「お父さんが言うとネガティブにしか聞こえないんだけど」と息子から言われてしまった。「盛岡の旅館で食べた料理を思い出すくらい美味しかった」と瑠璃子が囁いた。夏休みに当てもなく敦と瑠璃子が二人だけで旅に出た時の思い出だ。秋田牛のステーキの頬が落ちそうな美味しい肉を食べた経験が忘れられない瑠璃子が、思い出したのも無理はない。


かなりの量のフルコースとビールをたらふく飲食した家族は、すでに布団が敷かれていて部屋に帰ると夜の8時には寝てしまった。「また、明日、ゼロ磁場や小林滝時の離れに行けばいい。なんたって、早起き家族だからな」と言わぬか言ったかわからないまま眠りについていた敦であった。こんな家族旅行もそんなに出来ない。美味しい食事、体が心底温まる温泉、古い歴史のある宿。それだけで満足した3人であった。家から1時間ちょっとの旅は、楽しい旅になった。猫のことが心配だが、二匹とも楽しんでいるはず。父ちゃん、母ちゃんがいない夜を。


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