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転生モノのラノベかと見紛うタイトルだけど、言葉を生み出そうとする執念に感動させられる、ワンアンドオンリーな一冊

■文章術の本をアマゾンで検索する

「伝わる文章を書きたい人におすすめの本や記事」をテーマにした記事を書いて下さいとの依頼を受けた。なかなかハードなテーマ。

文章術のノウハウ本といえば、谷崎潤一郎が昭和9年に出した「文章読本」が最初のようだ。
文章術について語ることは書き手の心をくすぐるのか、谷崎の一冊をきっかけに、川端康成や三島由紀夫といった錚々たる顔ぶれがそれぞれの「文章読本」を出版している。
そして読み手も好きなのか90年近くが経つ現在でも、小説やエッセイ、ビジネス文章など様々なジャンルで文章術の本が次々と生み出されている。

この原稿を書くに当たり、アマゾンの検索で上位に出てきた文章術の本を何冊か読んでみた。
どれもとてもよく書かれているし実際に参考にもなった。
目を通しておいて損はない本ばかりだ。
例えばこんなのとか。
https://a.co/3iItZNB


適当に紹介しておけば原稿の体裁はまあ無難に整うな。

■日本人ルーマニア語作家!?

そう思って執筆を始めようとした矢先、とんでもない本と出会ってしまった。

「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」
https://a.co/1YQC36p


タイトルがなにを言っているのか分からない。
転生モノのラノベかと疑うレベルの本だけど、どうやら実話。

作者は純文学系の方なので、一般的なライティングの基準からすると文章は読みやすくも伝わりやすくもない。
人目を引く華々しいエピソード書かれているわけでもないので、特に序盤はほとんどの人が読みすすめるのに苦労することになるだろう。
しかしそこを乗り越えると、人はなぜ文章を書きたいのか、言葉を通して表現したいのか、他人と繋がりたいのか、について深く考えさせられるのだ。

著者の済東鉄腸さんは大学在籍時に引きこもりになる。
そのかたわら、ネット上で映画批評を投下して注目される。
取り上げる作品はだんだんと「日本未公開作品」などニッチなジャンルに傾き、その後、東欧映画へと心惹かれたのがルーマニア語と向き合うキッカケになった。

その後もルーマニアの映画や文学へと興味が深まり、自作の小説を自分でルーマニア語に翻訳したものが文芸誌に掲載されるなど、ルーマニアの文壇で注目されるようになるのだが、興味のある人はぜひご自身の目で確かめて欲しい。

引きこもりの上に「クローン病」という難病にも罹患して、現実世界では自由が失われていく一方て、SNSを中心にルーマニアとの縁が深まり、ルーマニア文壇で注目を浴びて世界が開けていく過程は読んでいてワクワクさせられる。

■熱はどこから

一番おもしろかったのは、2020年下半期の芥川賞受賞作「推し、燃ゆ」のタイトルをルーマニア語に翻訳しようとするエピソード。
「推し」という現代日本に特有な概念。「炎上」という現代的な出来事を「燃ゆ」という古典語で表現したニュアンス。
たった2つの単語だけのシンプルなタイトルをルーマニア語に置き換えるにはなにが適切なのかをルーマニア人の作家と延々と議論する。

もちろん仕事でもなんでもない。
ただ表現の精度を上げるために思考する。
たどり着いたのは「Idolulu meu,pe rug」
炎を意味する「foc」は現代語だから避けて、ルーマニアで「魔女狩りに使われる炎」を意味する古い言葉「rug」を掘り出してくる下りは言葉を扱うものの端くれとして興奮させられる。

引きこもりやクローン病という負の要素があるからこそ、済東鉄腸さんは言葉で繋がることに情熱を注ぐ。
では私は。
そしてあなたは。
キラキラした物語はweb上にあふれているけれど。

なぜあなたは書きたいのか。
熱のない言葉にどんな価値があるのか。
済東さんの物語に感動を覚えるとともに、背中に何か突きつけられるように感じた。
同時に、前に進めなくて悩んでいる人の背中を押してくれる一冊だとも感じた。


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