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寺社の防災拠点化急げ

稲場圭信・大阪大学大学院教授に聞く

※文化時報2021年10月18日号の掲載記事を再構成しました。

 東京23区と埼玉県南部で最大震度5強を観測した10月7日夜の地震では、多くの帰宅困難者が出た。首都直下地震では最大800万人に上るとの試算があり、避難所や一時滞在施設の不足が懸念されている。防災拠点として注目が高まりつつある宗教施設を、社会はどのように活用し、災害に備えればいいのか。宗教施設の防災拠点化について研究する稲場圭信・大阪大学大学院教授(宗教社会学)に聞いた。(山根陽一)

稲場教授02383

稲場圭信(いなば・けいしん)1969(昭和44)年、東京都生まれ。東京大学文学部卒。ロンドン大学大学院博士課程修了。神戸大学助教授などを経て2016年から大阪大学大学院人間科学研究科教授。「地域資源とITによる減災・見守りシステムの構築」研究代表者。 

 《今後30年間で70%の確率で起きると言われる首都直下地震。中央防災会議のワーキンググループは2013年、帰宅困難者が最大800万人に上ると試算した》

――7日の地震では首都圏で帰宅困難者が出て、防災面で課題を残しました。

 「首都圏で一時避難場所に指定されている場所はいくつかあるが、うまく機能しなかった。巨大地震は何時に発生するか分からない。時間帯に応じた細かい取り決めが必要だし、帰宅困難者に向けた情報発信の手段を考えなければならない」

――災害時の避難場所として、自治体が宗教施設を活用する例が増えています。

 「全国で約330の自治体が宗教施設と災害時の協定などを結んでおり、その数は増え続けている」

 「また、20年に私たちが行った調査によると、災害対応に当たった経験のある社会福祉協議会=用語解説=321団体のうち、4割強の134団体が、宗教団体からボランティアや支援を受け入れていた。受け入れた社協の約8割が満足しているとの結果も出た。受け入れた宗教団体は曹洞宗、カトリック中央協議会、真如苑、天理教、立正佼成会、創価学会など、とても幅広い」

東日本大震災が潮目

――宗教施設は敷地が広く、高台に位置することも多くて避難場所に適しているはずですが、あまり注目されてきませんでした。

 「近代以前から、寺社は地域コミュニティーの中核であり、災害時の避難場所だった。1960年代までは、山間部で多くの寺社がそうした役割を担っていた。ところが行政が防災・減災に乗り出すと、公民館や小中学校などの公共施設を避難所に指定していった」

――寺社が忘れられていったのですね。

 「行政にとっては公共施設の方が管理やコントロールがしやすく、政教分離の原則=用語解説=に配慮する必要がない。ただ、最近はこれを理由に宗教施設との連携を拒否する自治体は少なくなっている」

 「一方、公民館などがない所では、寺社が避難所として残っている。原子力発電所のある鹿児島県薩摩川内市では5カ寺が避難所に指定されている」

 《稲場教授の研究調査では、東日本大震災では100カ所以上の宗教施設が緊急避難所となった。「資源力」と「人的力」、そして祈りや心の支えといった「宗教力」が大きな力になったと考えている》

 「潮目が大きく変わったのは、東日本大震災。高台の寺社へ駆け上った人々が、津波を逃れた。いずれも自治体が指定していない施設。この実態が報道され、行政も少しずつ考えを改めていった」

 「ただ、防災工学の専門家の中には、未曽有の被害を出した東日本大震災は特別であり、通常の自然災害で宗教施設を避難所にする考えがあまりなかった。それで私たちはエビデンス(証拠)を求め、各地で実態調査を進めていくようになった」

宗教者の使命感に感銘

――宗教施設が避難場所にふさわしいと考えるようになったきっかけは。

 「1995(平成7)年の阪神・淡路大震災。被災地に入ると、宗教者たちが異臭の漂う避難所のトイレを黙々と清掃し、目立たないところで地道な作業をしていた。その献身的な姿勢に心を打たれた」

――当時のボランティアといえば、炊き出しが目立っていました。

 「NPO法人などの制度が未整備だったので、個人の有志が強い気持ちでやるしかなかった。有名人が関わればメディアに取り上げられるが、表に出てこなくても、誰もが嫌がる作業でも、宗教者は使命感を持って引き受ける。これが宗教者のすごさだと実感した」

――行政と協定を結びたいが、うまくいかないという寺社の声もよく聞きます。

 「まだかたくなに宗教施設に興味を示さない自治体もある。最初は町内会や自治会といった小さな単位と連携し、実績を積み上げていけばいい。地域住民のサポートがあればいい方向にいくはずだ」

 「昨年、未来共生災害救援マップ(災救マップ)をリニューアルした。行政の指定避難所と宗教施設を合わせて約30万件の情報を集約した最大級の災害支援・防災マップ。アプリのインストールは不要で広告はなく、パソコン、スマートフォン、タブレット端末で利用できる。こうしたIT技術との融合を進化させていけば、宗教施設の付加価値はさらに上がっていくはずだ。直下地震で発生する帰宅困難者も大いに活用できる」

災援マップ(銀座界隈)

稲場教授らが開発した「災救マップ」(https://map.respect-relief.net

【用語解説】社会福祉協議会
 社会福祉法に基づき、都道府県・市区町村に設置されている非営利の民間組織。「社協」と略称で呼ばれることが多い。地域住民や社会福祉関係者らで構成し、地域の福祉増進の中心的役割を担う。市区町村の社協の下部組織として、地区や小学校区単位の社協が置かれ、全国組織として全国社会福祉協議会がある。

【用語解説】政教分離の原則
 国家の政治と宗教を分離させる原則。政治と宗教が互いに介入することを禁じる。日本国憲法では信教の自由を定めた20条と、宗教団体への公金支出を禁じた89条で規定される。

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