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『春色クレヨン』〜いつも一緒だったから気付かなかった、ちっちゃくて淡い恋のものがたり〜


「春く〜ん、春菜ちゃ〜ん、ママがお迎えに来たわよ〜。」
お絵描きしている二人を、のの先生が呼びに来ました。
「大変だ、もうお迎えの時間だったんだぁ!」
「急いでお片付けしなくっちゃ!」
帰り支度を整え、園の入り口で待ってるママたちの元へ走っていくと、「のの先生、またねぇ〜!」と大きな声でご挨拶をして、二人は手を繋いで帰って行きます。
門の所では健一くんが「春くん、明日はサッカーやろうね!」と声をかけてきました。
春くんは、健一くんに大きく手を振ると
「健一くん、なかなかサッカー上手なんだよな。」
と春菜ちゃんに話しかけました。
「そうなんだぁ☆ あ、今日は春菜のおうちにおいでよ。お絵描きの続きしよ!」
「うん!」
二人はそう約束して家に帰っていきました。
今日は雲一つない、いい天気です。
道端の菜の花のつぼみが咲き始め、卒園式がだんだん近付いてきた、ある日の昼下がりでした。

二人の家はお隣同士。
しかも誕生日も同じ日、春生まれで、ずっと家族ぐるみのお付き合いがあり、兄妹のように育ってきました。
そうそう、名前に同じ「春」の字があるのも、春くんと春菜ちゃんの仲が良いことの理由のひとつになっているようです。

〜ピンポ〜ン、ピンポ〜ン〜

「あら、春くんいらっしゃい。スケッチブックとクレヨンを揃えて、春菜が待ちかねてたよw」
春菜ちゃんのママがリビングに案内してくれながら、教えてくれました。
「あ、春くん、やっと来たぁ〜☆春菜ね、スケッチブックとクレヨン出して待ってたんだよ。」
「うん。あれ、このクレヨン真っ新じゃない?」
春くんが尋ねると、春菜ちゃんはクレヨンの箱を手に取ってニコニコしながら話してくれました。
「うん、パパがねぇ、『春菜ももうすぐ小学校だし、お絵描き大好きだから…』って、お誕生日のプレゼントにって買ってくれたの❤」
「いいなぁ〜!優しいパパだね☆」
春くんの言葉に、春菜ちゃんはニコニコしながらクレヨンの箱を開けてくれました。

「じゃあ、何描こうかぁ?」
「う〜ん…?」
二人は辺りをキョロキョロ見回しました。

吐き出しの窓から見える外の景色に目が止まった春くんは、幼稚園の帰り道の風景を思い出しました。
「そうだ春菜ちゃん、天気もいいし外に咲いてる菜の花を描きに行こう!」
「そうだねっ、菜の花ならママがお庭に咲かせてくれてるし!」
二人はクレヨンとスケッチブックを抱え、外に出ました。
話を聞いてた春菜ちゃんのママが、菜の花が見える日なたと日かげの境目の所のござを敷いてくれました。
「ママありがとう♪これならじっくりお絵描きできるね。春くんも座って☆」
「本当だ。春菜ちゃんのママ、ありがとう。じゃあ、早速お絵描きしよう!」
二人はクレヨンとスケッチブックを取り出し、お絵描きを始めました。

二人は夢中でお絵描きをしています。
そのうち春くんが、春菜ちゃんに尋ねました。
「春菜ちゃんがもってる黄色のクレヨン貸して!」
「ちょっと待ってて。これはね、今春菜が使ってるの!」
「え〜、ちょっとだから貸してよ〜!」
思い立ったら直ぐしないと気が済まない春くんは、春菜ちゃんから黄色のクレヨンを取ろうとしました。
二人は、クレヨンの取り合いになってしまいました。

『ポキ…』
そして、黄色のクレヨンは真っ二つに折れてしまいました。
「せっかくパパが買ってくれたクレヨンなのに…」
折れたクレヨンを交互に見た春菜ちゃんの目には、涙がにじんでいます。
「ちょっとだから、直ぐに貸してくれないからだよ…」
「春くんなんか、もうキライっ!」
春くんの不服そうな言葉に、春菜ちゃんは泣きながら家の中に走り込んでいきました。

「クレヨン折れてもまだ使えるのに… 春くん、ごめんね。春菜ったらあんな感じだし、ちゃんと言っとくから今日は帰ってもらえる?」
申し訳なさそうな春菜ちゃんのママに、春くんはうなだれたまま家に帰って行きました。

「春菜ちゃん、おはよー!」
次の日の朝の幼稚園の教室で、春くんは春菜ちゃんに声を掛けました。
「あ、愛奈ちゃんおはよぅ☆」
でも、春菜ちゃんは春くんの言葉には全然耳を貸さず、仲の良い友達の所へ走って行ってしまいました。
春くんは何度か話しかけようとしましたが、春菜ちゃんは全然取り合ってくれません。
この日から春くんと春菜ちゃんが一緒にいる姿が見られなくなってしまい、そして数日経ちました。

「はぁ…」
窓の外を見ながらため息をつく春くん。
そんな春くんに、のの先生が話しかけます。
「最近、春菜ちゃんと一緒じゃないのね。ケンカでもしたの?」
「うん、春菜ちゃんを怒らせちゃって…謝ろうと思うんだけど、なかなか話しかけられなくて…」
春くんは事の次第を全部、のの先生に打ち明けました。
「そっかぁ、春菜ちゃんはずっと怒ってるんだね。こうなったら春菜ちゃんと根比べだよ。ここで諦めたらずっと仲直りできないからね〜。」
のの先生に話を聞いてもらって、励ましてもらった春くんは少し気持ちが楽になって
「よ〜し、明日こそっ!」
と元気が出てきました。

その夜、春くんがお風呂から上がってパジャマを着ていると、玄関から話し声が聞こえてきました。
ママともう一人、聞き覚えのある声は春菜ちゃんのママです。
「…まだ内示が出ただけなんだけど、主人も『年度末には関東に引っ越さなきゃ』って…」

〔え?引っ越すって、春菜ちゃんも居なくなっちゃうの…?〕
話をのみこんで、春くんの鼓動が早くなります。
春くんはリビングのソファーに顔を埋め、
〔嫌だよ、春菜ちゃんと離れ離れになるなんて!それに仲直りだってまだしてないのに…〕
春くんの目から涙が溢れ、しばらく顔を上げられません。

やがて、しばらくして気が済んだのか、春くんが顔を上げました。
春くんは何か決意したような目をしています。
「絶対に春菜ちゃんと仲直りしなきゃ…」

「あの春菜ちゃん、話があるんだけど…」
今までよりもっと真剣な表情で、春くんが春菜ちゃんに話しかけました。
ですが…
「愛奈ちゃん、ほのかちゃん、あっちに行こ!」
春くんの話は全然聞かず、春菜ちゃんは友達の手を引きます。
「あ、ちょっと待っ…」
ほのかちゃんが何かを言いかけましたが、春菜ちゃんは構わずどこかへ二人の手を引いて行ってしまいました。
春くんは、どうすることもできずに一人たたずんでいました。

「春菜ちゃん、まだ春くんと仲直りしてないの?」
愛奈ちゃんが尋ねます。
「うん、『もうそろそろ仲直りしないと』って思ったんだけど、昨夜ママからパパの転勤の話を聞いて…このままの方が春くん、少しでも辛くないかなと思って…」
「そんなの、絶対ダメだよ!!」
話を聞いてたほのかちゃんが、突然大きな声で春菜ちゃんに話し始めました。
「このまま、仲直りせずに離れ離れになるなんて、きっと後悔するよ。もう会えなくなるんだよ。今仲直りしないと、ずっとケンカしたままになるんだよ!そんなの悲しいじゃん。」
昨年、引っ越してきたほのかちゃんは、友達との別れを経験してるせいか、その寂しさを知っているようでした。
「だからね、春くんとも早く仲直りしようよ…。」
ほのかちゃんの一生懸命な言葉に、春菜ちゃんは
「うん、やっぱり今からに春くんに謝ってくる!」
そう二人に言って、春くんのいる所へ駆け出していきました。
愛奈ちゃんとほのかちゃんは顔を見合わせ、にっこり笑って春菜ちゃんを見送っていました。

それから何日かして、幼稚園の卒園式も終わり、春菜ちゃんの引っ越しの日がやってきました。
お隣の春くんをはじめ、愛奈ちゃん、ほのかちゃん、のの先生、他にも何人かの友達が春菜ちゃんの見送りに来ていました。
いよいよ出発の時、春菜ちゃんが春くんに小さな袋を手渡しました。
「春菜ちゃん、これは?」
「これ、折れたクレヨンの片っ方。春くんとは最後に大ケンカしちゃったけど、やっぱり喧嘩したままでなくて仲直りできて良かったな、と思って。どこへ行っても、誰とでもいつも仲良くできるように、春くんと、春くんとケンカしたことを忘れないように、片方ずつ持っていたいから…」
「春菜ちゃん、分かった。ずっと大事に持ってるよ。」
二人は顔を見合わせ、笑顔を交わしていました。

「ありがとう。みんなの事、ずっと忘れないから…。」
「お友達のみんな、それから先生、ありがとうございました。」
もう出発の時間。
車に乗り込んだ春菜ちゃんとママの言葉に、みんなの表情は半ベソ状態。
そんな中、春くんは気持ちを取り直し、何時ものように春菜ちゃんに言います。
「じゃ、春菜ちゃん、またね♪」
春菜ちゃんもいつもの笑顔で答えます。
「うん、春くん、またね☆」…

『春色クレヨン おしまい』

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