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【本】清水潔「鉄路の果てに」感想・レビュー・解説

読み始めてしばらくの間、僕はずっと本書を捉え間違えていた。

冒頭、著者の父親が亡くなった話から始まる。住む者のいなくなった家を解体することとなり、その整理に足を運んでいる時のこと。著者は、書棚に『シベリアの悪夢』という本を見つける。表紙をめくると、メモ用が貼り付けてあり、そこにこんな風に書かれていた。

【私の軍隊生活
昭和17年5月千葉津田沼鉄道第二聯隊入
昭和17年11月旧朝鮮経由、満州牡丹江入
20年8月、ソ連軍侵攻】

そして、紙の隅には、こう書かれていたという。

【だまされた】

生前著者は、父からシベリアに抑留されていたことは聞いていた。しかし、あまり詳しく聞いたことはない。何より、本人が話したがらなかった。しかし、このメモを先に見つけていれば、もう少し聞けたこともあったのではないか。著者はそんな風に考える。

【戦争に関わる取材は何度も経験してきた。
といっても、マスコミの多くがそうであるように、戦後50年、60年といった節目に過去を振り返るような企画物だ、沖縄戦、空襲、原爆…。その大半が被害者としての日本人の目線のものだった。不思議といえば不思議なのだが、日本が戦争へと突き進んだ道筋について深く考えたことはなかった。】

そのメモを目にし、そんなことを考え、父親のこともよく知らないままでいる自分に気づく著者。そして、そのメモを見つけてから5年という月日が経過したが、著者は父の足跡を辿る鉄道の旅へ向かうことになるのだ。

僕は本書を、ノンフィクション的なものだと勘違いしていた。著者はこれまでも骨太のノンフィクションを出してきた人だし、冒頭の「だまされた」というメモもある。このメモから、父親に関する何かを掘り起こしていくような、そういうノンフィクションなんだろう、と思っていた。

著者は、友人の小説家・青木俊と共に韓国入りし、シベリア鉄道に共に乗ることになる。僕はこの旅を、「どこか目的地へと向かうための移動手段」なのだとずっと思っていた。でも、読めども読めども、どこかにたどり着くような気配はない。本書を半分ぐらい読んだところで、なるほど、これはノンフィクションというよりは、エッセイに近いものなのか、と理解した。シベリア鉄道に乗ったのは、移動手段ではなく、旅の目的そのものだったのだ。

僕は、本書冒頭のこの部分を、どうも読み飛ばしていたようだ。

【朝鮮、満州、シベリア―。
西へ西へと鉄路をなぞっていく赤い導線。
父が遺したこの線を、私は辿ってみたくなった。
それが果たして「取材」なのか、なんなのか。それはわからない。
それでも私はその旅に出ようと思った。
鉄路の果てに、いったい何が待っているのか】

ここがちゃんと頭に入っていれば、そんな勘違いはしなかったと思うのだけど、どうも抜けてしまっていたようだ。

半分ぐらいまで、ノンフィクションだと思って読んでいたので、正直記述をあまり重視せずに読んでしまった。目的地にたどり着いてからが重要なのであって、今読んでいる部分は、そのメインの目的のための予備知識なのだろう、というぐらいの意識で読んでいた。そうではない、ということに気づいた時には、もう半分ぐらい読んでいた。そういう意味で、ちょっと読み方を失敗したな、と思う。

本書で著者がやろうとしていたことは、シベリア鉄道の旅を通じて、日清戦争ぐらいから終戦後までの、日本が辿ってきた道筋を、父親の足跡に重ねつつ書いていくことだ。つまり本書は、「シベリア鉄道」「日本」「父親」という三本のレールを折り重ねるようにして紡いでいく作品だ。

僕は歴史についての基本的な知識がないので、本書を読みながら「なるほど」と感じる描写は多かったけど、普通ぐらいに歴史の知識がある人が本書を読んでどう感じるのかはちょっと分からない。著者の目的が、先述した三本のレールの重ね合わせにあるので、戦争に関する新しい見方・知識が多数盛り込まれているような作品ではないのではないかと思う。

ただ、鉄道を軸に戦争を描くことで流れが見えやすくなっていると感じる部分もある。一番興味深かったのは、日清戦争から日露戦争に至る流れだ。これを著者は、「清国は何故、ロシアの鉄道を自国内に通すことを許容したのか」という疑問から解き明かす。

シベリア鉄道は、ロシアと中国の国境で2手に分かれる。中国国内に入る路線が東清鉄道と呼ばれるが、これもロシアが引いた鉄道だ。鉄道というのは、道路が整備されるまでは非常に重要な交通網で、「鉄道を警備する」という名目で他国に駐留することもある(ロシアも日本も、そういう名目で中国内に駐留した。その鉄道を警備する警備兵力が、後の「関東軍」となる)。鉄道というのは、国家にとって非常に重要なインフラなのだ。では何故清国は、自国内にロシアの鉄道が通ることを許可したのか?

そこには実は日本軍が関わっている。日清戦争に勝利した日本に対し、清国は多額の賠償金を支払わなければならなかった。「日清講和条約」により2億両の賠償金と決まり、他に、遼東半島などの土地を得ることになった。

さて、莫大な賠償金を支払わなければならないことになった清国に対し、ロシアとフランスが共同で借款供与を申し出たのだ。困ってるならお金を貸してあげよう、ということだ。でも…その代わりに、東清鉄道を清国の土地に通させてね、ということになったのだ。

さて一方、日本は「三国干渉」によって、手に入れたはずの遼東半島を手放さなければならなくなった。この「三国」というのは、ロシア、フランス、ドイツである。そんなロシアはなんと、清国にお金を貸す交換条件として、この遼東半島を租借することにしたのだ。日本に手放せよ、と勧告しておきながら、遼東半島を手に入れたのだ。これによって、以前からあった、ロシアが日本に攻めてくるかもしれないという脅威論にさらに拍車がかかることになる。その後、いくつかの出来事を経て、日露戦争に突入していくことになる。

こんな風に、鉄道や駅、沿線にあるものなどを軸にして戦争を描き出していく。

またその一方で、父と同じシベリア抑留を経験した人たちのことも重ね合わせていく。旅の道中の些細なが、当時同じシベリア鉄道で移動させられていた抑留者たちと重なる。カップラーメンにお湯を入れた直後に呼び出されたことや、食堂車へ向かうために車両と車両の間(つまり屋外)に僅かに出ざるを得ない瞬間など、彼らの当時の有り様に思いを馳せる。自分の父親はどうだっただろうか…。鉄道の旅は、父親が辿ったかもしれない道程でもあるのだ。

【我々はそうやって、誰かのお陰で生かされている。だからこそ歴史を知り、歴史のうえにしっかりとした根を張っていけばいい。
同じ過ちを繰り返さないために。
すべては、やはり「知る」ことから始まるのだと思う。
戦争は、なぜ始まるのか―。
知ろうとしないことは、罪なのだ。
必要であれば、私はいつでもその地へと出かけていくだろう。】

いつだって、知ろうとするところから物事は始まるのだ。


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