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新卒で大企業の研究職を選んで良かったこと7選

 以前、とある大学の先生と話す機会があった際に、「新卒で研究職に就くなら、大企業か? ベンチャーか?」というテーマで議論を交わしたことがある。私も就職活動時にはベンチャーに訪問して吟味していたが、最終的には世間でいうところの大企業に絞って就職活動したので、議題にはとても興味があった。

 私は学生時代に、学会発表での受賞や論文発表を通して、研究者としてそれなりに自信を持っていたが、新卒入社後にその自信は簡単にへし折られた。入社した最初の2年間は特に、周りの研究者たちに追い付くのに必死であったし、同時に大企業には自分よりも優秀な研究者しか居ないのか、と感動すらしてしまった。

 今回は「新卒で大企業の研究職を選んで良かったこと7選」として、就職活動を控える理系大学院生に向けて、なるべく具体的なことを書いてみようと思う。私自身、まだ1社しか経験していないし、本来は「大企業 vs ベンチャー」の二元論ではなく、固有名詞で議論すべきなのは重々承知だが、今回は一般論として肌感覚的な内容を話していきたい。絶対的な正解ではなくあくまで1つの意見であることを胸に留めていただけたらと思う。


1.教育体制が整っている
 研修の制度が大抵整っているのは大きなメリット。質に多少の差はあれど、ビジネスにおける基本的な思考の型(MECE、So what? / Why So?、事実 / 解釈、プレゼンテーション)を身につけることは重要と思う。若いうちから自己流に陥ると、歳を重ねた時に融通が効かなくなると思うので、最初のうちは徹底的に型を身につけることが大事。
 また、大抵の大企業では、新人のうちから上記の思考の実践を手助けするような教育係が側に就くことが多い。「ビジネスにおける基本的な思考を学ぶだけなら、本を読んでやってみればよい」という人もいるかもしれないが、理論と実践には壁があることが多く、頼れる人からの手助けがあったほうが当事者も心理的に安全だ。


2.先々を見据えた研究計画を立てられる
 特に大企業は働き方改革が浸透し、短い時間で最大限の成果を出すために、行き当たりばったりで研究を進めるのではなく、ゴールから逆算した時に必要な物事を優先して進めていくことが求められる。また、「プランAがダメならプランBを遂行しよう」「プランBもダメならこの線は諦めよう」というように、バックアッププランも含めて綿密に計画することも必要だ。とにかく数を打ってその場その場で次の策を考えていこうというスタイルよりも、多少保守的かもしれないが、得られる情報を元に最初から考えに考え抜いて、最短経路で課題解決する姿勢こそ、時間や金銭等のリソースが限られた現代社会に欠かせない。この仕事スタイルはどこでも役立つはず。

参考書籍:『イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」』


3.最先端の技術に惑わされない
 大学で研究していた頃は、最新鋭の技術知識を備え、最先端の研究に携わっていることに価値を覚えていた。しかし、企業ではむしろ社会的インパクトのある研究課題の設定に価値があり、それを解決するためであればローテクでも良い。最近は技術ドリブンのベンチャーが存在感を際立たせているが、技術はあくまで手段でしかない。
 ただ、技術への造詣が深いことは、どの企業に属していても求められる。たとえすぐに技術を使わないとしても、学会に参加したり、最新の論文を読んだりして、絶えずキャッチアップしていかなければならない。その中に思想を盗めるヒントがあるかもしれないし、下手するとすぐに活用できる技術さえもあるかもしれないのだ。AI分野で言えば、TensorFlowやChatGPT、バイオテクノロジー分野で言えばCRISPR-Cas9のように、安価で汎用性の高い新技術は、瞬く間に人口に膾炙する。
 以上をまとめると、最先端の技術を理解することは当然必要だが、技術の汎用性や技術活用に必要なリソース等を冷静に見極めることが同時に必要となる。


4.研究者の数が多い ≒ 専門性の領域が幅広い
 社会的に意義のある研究を進めようと思うと、一人でできることは殆ど無い。では、自分が全てを身につければいいかと言うと、そんな時間もなければ、能力もきっと無い。他の大勢と協力しなければ大きな仕事は成し遂げられない。また、課題の解決に必要な専門性が分かっていれば、自社所員の専門性を多角化しなくても、社外協業で乗り切れることが多いが、現実に起きている社会課題はその解決方法が非常に不明確であることから、専門性同士の掛け合わせを試行錯誤する過程が必要だ。大企業はそもそも所属している研究者の数が多い分、専門性も様々であり、そういった専門性の融合が比較的起きやすくもある。
 実際私自身も、新規研究プロジェクトの技術戦略を立案する際に、様々な部署のメンバーにヒヤリングを実施した中で、画像解析を主に担当しているグループの専門性が、意外にもかなり親和性が高いことを見出し、協働まで漕ぎ着けることに成功した。


5.組織体制を知ることができる
 既に創業から長い年月を経ていると、組織内でも分業体制が出来上がり、「こうやって上の人に端的に物事を報告していくんだな」とか「管理職と平社員の業務を区別する基準はこのあたりにあるのか」とか「この研究を進めるにあたってはこの人に事前に何度かインプットしておこう」とか、業務分担や根回しの感覚がわかっていく。また、組織が大きいとそこで働く人々も多種多様になる。一人でできることが少ない以上、他人との折衝は必ず存在し、業務を依頼する上で説得することも時には求められる。こういった能力を、私は「ダークサイド・スキル」と呼んでおり、人間を人間たらしめるスキルとして重視している。

参考書籍:『ダークサイド・スキル 本当に戦えるリーダーになる7つの裏技』


6.間違っていることを素直に進言できる
 大企業だと、上の言うことが絶対だという雰囲気を感じ取ってしまうかもしれないが、最近はむしろ歓迎されていると思う。私も「立場が上の人だからといって忖度しなくてもいいんだ」と開き直り、仕事の進め方や報告内容に疑義があれば、それが先輩であれ上司であれ、迷わずに進言するようになった。ベンチャー等の方がむしろワンマン経営になりがちで、立場が上位の人の権限が強いような印象もある。


7.自己研鑽や娯楽に時間的・精神的余裕を割ける
 働き方改革が進み、勤務時間が短くなりつつある大企業。意識さえできれば、業務時間外の自己研鑽や娯楽に割く時間を確保することができる。こういった業務外の活動で英気を養うことが、業務での生産性や独創性につながると思う。
 私で言えば、金融・統計・情報の資格取得を1つのマイルストーンとして勉強し、金銭感覚やITリテラシーを高めている。また、本業とは全く関係のない作品を深く鑑賞することで、世界に対する妄想を膨らませて、思考の型に囚われない柔軟性を高めている。

参考記事:「『英気を養う』ことの意味」


終わりに
 もちろん大企業の研究職で良いことばかりではない。業務の効率性を妨げるような社内ルールがあったりするし、研究のスピード感を重視する方にとっては正直不向きだと思う。保守的であってもゆっくり技術を味見しながら、その時その時で必要な技術を見極め、社会へ実装していくことに喜びを覚えるのが大企業の研究職ではないかと思う。現代社会では短期的な成果を求める雰囲気が勃興しているが、研究は大にして長期戦である。
 この記事を通じて、大企業の研究職の魅力が少しでも具体的に伝わっていれば嬉しい。

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