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【憧れはあの空よりも高く】 #3000字に込めた偏愛



199X年 世界は明菜様に包まれていた!



圧倒的歌唱力!圧倒的表現力!圧倒的プロデュース力!

聴衆を背中だけで魅せる圧倒的存在感!

そこにシビれる!あこがれるゥ!

明菜様は日本一ィィィィィ!





圧倒的笑顔!圧倒的美貌!圧倒的パフォーマンス!

圧倒的北ウイング!圧倒的空港!

それが成田空港!

ウィリィィィィィィィィ

ok 岡星!

ガッデーーーーーム!

成田空港!

カモーーーーン!



「ねえ、岡星、なにこれ」

「なにこれってアマンダさん、飛行機ですよ。飛行機好きでしたよね?折角だからまずは飛行機から始めようかなって」

「ok岡星、そのことじゃない。冒頭の部分よ。なにウィリィィィィィィィィって。いかにもわたしが言ってるみたいじゃない」

「そんな!だってジョジョも飛行機も好きじゃないですか」

「確かにこれは飛行機ね。でも一般の人が思い浮かべる飛行機の動画ってどんなものが思いつくかしら?」

「一般の人ですか。一般って言われても難しいですよ。だってみんな一般だけど好みはさまざまじゃないですか」

「岡星、じゃあ質問を変えるわ。今からあなたはみんなの気持ちが高鳴るような飛行機の動画を撮るとするわよ。どんな動画を撮る?」

「そうですねえ、そうなると飛行機が夕陽や青い空をバックに飛んでる様子を撮ります」

「ok岡星、で、この動画はどんな動画だった?」

「なんか飛行機の設備みたいな」

「そうね。10分くらいこの動画を期待してみた人はどう思う?」

「まあ延々と設備観ます」

「ねえ、岡星、マニアックすぎる」

「は?」

「は?じゃない。飛行機は好きだけど動画の内容がマニアックすぎる。で、今日はなにをするんだっけ」

「今日はですね、アマンダさんの愛する千葉のおすすめの場所をまわる予定です」

「ok岡星。じゃあまずはこの場所を網羅する必要がある」

「ここ?え、ここって新東京国際空港第一ターミナルですよ?」

「ふふ、岡星。東京?それは過去の名よ。成田空港、人は皆そう呼ぶわ」



「こ…これは…まるでショッピングモール…」

「そう、成田第1ターミナルは通称エアポートモールとも呼ばれているの。両親も空港が好きだからわたしもよく二人を連れてここへ来たものよ。好きなだけ飛行機を見たら母の好きなローストビーフ丼のあるお店に行くの。父はビールを飲む。でもね、残念なことにこのニャロナ禍のせいで多くの店がダメージを負ってしまっているの。撤退してしまったお店もある」

「そんな…あ、このお鮨屋さんもてったい…ここもだ…このお鮨屋さんもてったい…てったい…てった…てった…」

「哲太!鮨!杉本哲太かっ!テレビドラマ『将太の寿司』に出てた杉本哲太かっ!」



「うわ、なんですかいきなり!」

「岡星が鮨屋が撤退撤退言うからよ!でもこのお店は臨時休業しているだけで国境が開き次第元に戻るはずだわ」

「早く元に戻れるといいですね!この声が届きますように!この声が君に届きますように!」

「だから哲太かっ!それ2008年公開の『君に届く声』かって!」




「アマンダさん!落ち着いて!」

「あ…ぁぁ……」

「アマンダさん!聞こえますか!」

「うぅ…」

「アマンダさん!この声が聞こえますか!」



「Tak…タック…タック・マツモト!タック!テッタ!タック!テッタタック!ってSNSか!Sugimoto n Sushiか!岡星!ああっ、ややこしい!あれ、岡星がいない。どこ行ったんだろう」



✈︎  ✈︎  ✈︎


 アマンダさんから離れ空港内を彷徨っていると、天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れはじめた。それはどこかのオーケストラが甘く演奏するB'zの『Calling』だった。そしてそのギターはいつものように僕を混乱させた。いや、いつもとは比べものにならないくらい激しく僕を混乱させ、Takが長い髪を揺り動かした。

 気がつくと僕はDean&Delucaの前にいた。そしてその看板の文字は僕にTetta & Takを思い出させた。ひどく混乱している。ヒドクコンランシテイル。何か飲まなくてはいけない、そう思い店の扉をしがみつくように開けようとしたが、その扉は結局開くことはなかった。どの店も臨時休業中なのだ。やれやれ、僕は心の中でそう呟いた。実際に口に出していたのかもしれない。でも口に出したからってどうだというのだろう?「誰か!」僕の発した声が人のいない出発ロビー近くのアーケードに響いた。それはまるで大きな鯨の胃袋の中の出来事のようだった。僕以外のみんなは胃の中から流されてここから遠いどこかへ行ってしまったのだろう。そしてここにはDEAN &Delucaとお茶漬け屋しか残っていないのだ、僕を除いては。僕は思い出したようにそのお茶漬け屋に近づいてみた。ガラスで仕切られたその空間はまるでさっきまで現実の世界だったものが鳩時計にされたような不思議な空間であった。十二時を知らせる頃にこのガラスの扉が開き熱々のお茶漬けが出てくるのだ。どうかしている。僕はどうかしている。「どうかしている」口に出したその声は現実のものであり、言葉は僕のイデアであった。僕と言う存在は音となって僕を離れ、やがて静かに消えていった。

「岡星!」

 遠くで音が聞こえた。鯨が呼吸をするためにその大きな口を開けたのだろう。イカやいわしも一緒に食べたのかもしれない。

「岡星!起きなさい!」

 僕は真っ暗な闇の中にいて、奥の通路からスリスリと何かを引き摺る音が聞こえた。人形のようななにか。僕は鯨の人形を思い浮かべようとした。しかし鯨の人形がどんなものかを思い出すことができなかった。

「おーい!岡星!しっかりしなさい!」

 今度は近くではっきりとそう聞こえた。一体ここはどこなのだ?僕はどこでなにをしている?僕はまだ混乱の中にいた。かつてそこにあったもの。ずっとあると思っていたもの。なくなってしまったもの。それらがここで溶け合っているように感じた。ここで?僕にとってのここはどこなのだ?

「岡星!聞こえる?」



「ア、アマンダさん、ここは?」

「千葉」

「千葉?どこのですか」

「千葉は千葉よ」

「千葉?千葉のどこですか?」

「成田に決まってるでしょう。しっかりするのよ」

「ここは?」

「しつこいわね!千葉県成田市の成田空港第1ターミナルの出発ロビー中央掲示板脇のソファーよ!見ればわかるでしょ!」

「なんで僕はここに?」

「知らないわ。いなくなったと思ったら鯨がどうのこうの言いながらそこら辺でひっくり返ってたのよ。しかもね、岡星、あれは鯨じゃなくて鰻よ。鰻のうなりくん」



「うなり?」

「そうよ。ゆるキャラのうなりくん」



「違う。ゆるいけど違うわ」



「キナリノ違う。なんとなくゆるい感じだけど違う」



「違う!それはトナリノトトロよ!ってこれTakのそっくり演奏のSAKじゃない!あーもう振り出しに戻ってきた!ねえ岡星、3000字程度で好きなものをまとめなきゃいけないのに一向に話が進まないじゃない!成田空港第1ターミナルからまだ一歩も出てないどころかなにひとつ語ることもできてないわ!もう2800字越えよ、どうするの!」



「違う!それは3000形よ!3000字!」



「違うっ!それは南禅寺!両親の思い出の場所じゃない!岡星!確かに冒頭で成田空港がうちの両親の好きな場所って言ったけど昔と今の思い出の場所繋がりでうまくまとめようって魂胆じゃないわよね?千葉について語らなきゃいけないの!こうやってつっこんでるうちに文字数オーバーよ!あ、逃げた!待ちなさい、岡星っ!」


✈︎  ✈︎  ✈︎


 アマンダさんからなんとか逃げた僕はそのままハワイ行きの航空券を買って着の身着のままで旅に出た。いつの間にか日本の空は夜になっていた。僕は眠ることなくその景色を見続けた。眠ればまたこの空間が遠くの場所に行ってしまう気がしたのだ。そして遠くの太陽の光を徐々に受け始めた頃、僕は小さな声で呟いた。



「アマンダさん、朝だ」












【完 3199字】













こちらの企画に参加しています。




 楽しい企画をありがとうございます。今は大変な時ですが、空港には空港としての機能以外にも楽しいことが沢山あることが伝わればと思い筆をとりました。たくさんの場所から人が集まり、様々な思いを胸に過す場所。長い長いトンネルを抜けて、空の旅がすぐそこに。その鼓動と衝動を3000字にのせて。






































本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。