浦島太郎.7

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「…えーっと…それ本気で言ってるの?」
「……本気ですよ。若宮さんにしか頼めないんですよ。」

4年次の夏、お互いに進路が決まってさあお祝いしよう、となった飲みの席で彼女が煙管に火をつけた直後に唐突にしてきたお願いに僕は戸惑わざるを得なかった。


相変わらずなんだかんだで幸とは、つかず離れずといった関係性だったし、僕たちは一緒に行動するのが以前にも増して当たり前のようなものになっていた。恐らく幸の振る舞いに慣れたことと年末にとうとう酒の勢いで幸と一線超えたことが主な原因となったせいであるが、僕は以前ほど彼女の突発的な行動にドキドキすることが少なくなっていた。煙管を跨いでの間接キスなど、以前は扇情的に見えた幸の仕草に少々目が肥え始めていた。何なら、僕も僕でそういうことを試すようになっていた。恋人というよりも相棒というニュアンスの方が近かった。だけれども、僕はこんなにも強張った表情をした相棒の姿はこの時になって初めて見た。


「…ちょっと、一回頭を整理させてくれない…?いきなりそんなこと提案されて混乱が治まらないや。」
「…いきなりこんなこと言ってすみません。ただ、どうしても一人で行くには勇気が出ないと言いますか…」
「………うーん……だいぶ遅くなっちゃうかもしれないんだけど良い?」
「………卒業までに行ければいいかなって感じなので、それまでなら。」

何となく幸が実家に対して帰りづらい何かがあるのだろうなということは節々で感じていた。だから、こういった類のことでいつか相談を受けたら可能な限り力になれればと思っていたが、流石にいきなり実家に一緒に来てほしいと言われるとは。彼女のそんな一見ぶっ飛んだ提案、そして何よりも彼女が今まで僕に見せたことのない態度を見せてきたことに、この問題が彼女にとってかなり重いものであること、そうした形で彼女にとって捌ききれない問題が存在していることに僕は戸惑いを抑えきれなかった。

「何というか、いきなりレベル80くらいの依頼をされた気分だよ」
「ごめんなさい。ただ、どういえばいいかわからなくて」
「ああ、ごめん気を遣わせて。今これ以上聞くと整理つかなくなりそうだから後で詳しい話聞かせてもらっていい?君のご実家に行くにしても何も知らずに行くのは流石に気が引けるからさ」
そういうと彼女は表情を少し和らげながらも確かに不安げな顔をしてこう言ってきた。
「…正直言ってあんまり聞かないでほしいんですけど言わないと駄目でしょうか?」
「……君がどうしても触れてほしくない、というなら僕もそこまでして掘り下げる気はないよ。ただ、それに関連したことで君が何か辛い目に合いそうなときになってしまったとしても、それを知らないという理由で僕が君の支えになれない時があるかもしれないことは、覚えておいてほしい。」
「……分かりました。…自分勝手で申し訳ないんですが若宮さんに話したくなったときは話してもいいですか」
「もちろん。まあ、知ったところで君の手助けになれるかは分からないけどね、ハハハ…」
「……ありがとうございます。」
「…そこは『台無しですよ』って言ってほしいんだけどなあ…」
「そういうこと言うから私以外にモテないんですよ。」
「ちょっと人が優しくしたらそういうこと言うんだから」
「本当に台無しですよ」
酒と煙草が入っていたせいで、こんなくだらないやり取りで少し喧嘩っぽくなり、却って重苦しい雰囲気が和らいだ気がする。何度か幸と喧嘩もしたが、ある意味で一番安心できた喧嘩だった気がする。

正直なことを言ってしまうと、僕は幸に一人で行ってほしい感情があった。少なくとも僕らの卒業後の進路はそれなりに距離が離れてしまうことがなんとなく想像されており、僕自身、幸との縁も卒業すれば薄くなってしまう、そんな無常さを感じており、なるべくなら彼女とはあまり深くかかわらない方がお互いに傷つかずに済むと思っていたからである。結果的にこの僕の余計な考えが、大問題に発展してしまうのだがそれはそれで息子に笑われるくらいには面白いものだったのかもしれない。

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