浦島太郎.6

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さて、僕からすれば彼女をより意識せざるを得なくなったイベントから2日後、僕は幸との約束通り、幸の家に駄弁りに来ていた。
当時、僕は、僕は幸にあんなことをされているくらいには幸と交流していたにも拘わらず、彼女自身が恋愛的なことに対して一切言葉では触れてこないため、彼女自身が恋愛そのものにはあんまり乗り気ではないのだろうなと思う気持ちとそれはそれとして彼女の振る舞いはずるいと思う気持ちがあり、そうして尚、彼女との時間を楽しみにしこうやって駄弁りに来ている自分に呆れ切っていた気がする。最早、彼女がどう思っていようが僕は彼女と過ごす時間が楽しいからそれでいいのだろう、という半ば無理やり言い聞かせている部分もあった。
そんな行き場のない感情に言い訳を繰り返しているうちに、彼女の部屋の扉前についてしまった。

一呼吸おいてインターホンを押した。
「はーい。」
「田村さん、僕だよ。お待たせ。」
「今開けます。しばしお待ちを。」

「はい、これ。お酒とつまみ。あと、頼まれてた白菜。」
「ありがとうございます。今日はビーフジャーキーですか。若宮さんにしては珍しいチョイスですね。」
「なんか塩っぽいものが食べたくなってね。思わず手が伸びちゃった」
「そういう時あるのわかりますよ。私も偶にファストフードドカ食いしたくなりますし。」
「田村さんがドカ食いしているイメージわかないなあ。今日の鍋だって1週間くらいで食べるんでしょ?」
「若宮さんの胃袋がとんでもないんですよ。将来若宮さんと一緒に暮らす人の財布が火の車になってしまいます。」
「そうかなあ?僕の高校の部活の同期は僕より大食漢な奴しかいなかったよ。」
「大食い部にでも所属してたんですか?」
「まさか。健全な野球部だったよ。まあ、楽しみといえば食事くらいだったけど。」
「うへえ。ずいぶん過酷な練習だったんですね。」

そんな雑談を重ねていくうちに食事の準備ができたので、僕らは机を囲んで鍋をつつきつつ、酒を仰ぎ、煙管を吸った。


酒が進んでいくうちに僕は幸の出した『将来若宮さんと暮らす人』というワードを思い出し、自分自身の将来を頭に思い浮かべてしまった。恐らく僕自身も誰かと結婚して子供を持つのだろうけれど、そんな先のこと詳しくなど想像できるはずもなかったため、考えるだけ無駄に思えてしまった。何より、今幸と過ごす時間が楽しいのだから、将来に思いを馳せる気が失せてしまった。
「『将来』かあ。僕たちはどうなってるんだろうね。」
「どうなんでしょうね。」
「幸さんとは、仲良いままでいたいけどなあ。」
「…若宮さん、ずいぶん酔ってますね。」
「だって、幸さんと仲違いでもしたら煙管を吸うたびに苦い思いしないといけないじゃん。そんな思いしてまで喫煙したくないよ。」
「…それもそうですね。私も若宮さんとは仲良くありたいです。」
「それに今僕はこうやって幸さんと食事したりダラダラ煙管吸いあうのが楽しいから。将来とか固いワード抜きにしてこれからもこうやって過ごしたいしね。」
いつもより目を細めつつ、しかし口角を上げて彼女はこう返してきた。
「…こちらこそ。おかげさまで楽しく過ごせてますよ。今後ともよろしくお願いいたしますね。」
このあたりから、僕は若干記憶が怪しくなってきたので、後々に幸に聞いたものを基にして、想起してみる。
「実際、どうなの?幸さんは?」
「どう?と言いますと?」
「僕とこういう感じで過ごすことをこれからもしたいと思ってる?」
後になっていうのもとても酷であるが、我ながらかなり踏み込んだことを言っていたようである。そもそも悶々としていたこともあり、酒に逃げてしまったのだろうが、今こういう状況になっているからこそ、笑い話で済むが相当人としてまずかっただろうな、と振り返るたびに感じさせられる。
「………いつになく酔ってますね。」
「そうだねー。で、どうなの?」
「まあ、私も楽しいので、若宮さんとこういう時間が過ごせればなとは思いますよ。」
「それが聞けてよかったよ。今日のところは。」
彼女曰く、私の顔は今まで見たことないほど、安堵しきって融けたよう顔であったとのことである。
「『今日のところは』?」
「まあ、そこは秘密ってことにさせてよ。そういえば、実家の犬の写真?見つかった?」
「あー、ありましたよ。えーっと…これです。ケンって言います。可愛いでしょ?まあ、今もうちょっと大きくなってるんですけど。」
「おー…可愛いね。これ後ろで抱えてるのお父さん?デレデレしてるね。」
「そうですね。父です。父はケンが大好きだったんですよ。」
写真の中のケンは、幸の父に抱きかかえられ満足そうに舌を出していた。
「これが、僕に似てるのか…。うーん、よく分からないや。」
「父が若宮さんに会ったら大層気に入るだろうな、と思ったんです。そこです。」
「そんな軽々しく言わないでよ。そもそも幸さんの実家に行くなんて、僕らが結婚するでもない限りありえないんだし。」
「そんな夢のないこと言わないでくださいよ。結婚とか抜きにして、私の家族は若宮さんを好きになるでしょうし。」
「なんだか照れるね…。」
「はー…私も飲みすぎちゃいました。普段なら言わないこと言った感じがしますね。歯磨いて寝ようと思います。」
彼女のその言葉を皮切りに僕らは食事や酒を片付けはじめ、僕の酔いのまわり様を心配した幸の提案で部屋に泊めてもらうことになった。

「それじゃあ、お先。おやすみなさい。」
僕は、いつも以上に酒に力を借りたせいか、すぐ眠りに落ちてしまったらしい。
それにしても、幸は酒に強かった。




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