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21世紀のニュー・スタンダード(2008年『世界のサブカルチャー』)

Rip it up and start again

かつて、Nurse with Wound(以下NWW)というノイズ/コラージュ・ユニットの1stアルバムには、あるオマケがついてきた。それはNWW自身がまとめた古今東西のミュージシャンのリストだったのだが、そこに羅列されたカルトかつアンダーグラウンド志向なミュージシャン名の数々は、彼らの音楽マニア度を証明すると同時に、リスナーにとっては未知の音楽への招待状として、ファンの間では活発な議論を呼びつつ、末永く愛された。

オリコンなどの売上ランキング以外の指針によって、自分のための音楽を聴き始めようとする動機は、いつの時代のリスナーにも訪れる。例えばラジオ番組のセンスのいいDJの選曲をきっかけとして。音楽雑誌に載ったレコードジャケットにピンときて。喫茶店の趣味のいいオーナーが流すレコードによって。ショップにディスプレイされた試聴機のプレイボタンをたまたま押して……。
聴き始めの頃はなるべくハズレのない、誰かが薦める「名盤」を追いがちである。しかし、70年代に大名盤とされたものが、90年代にはまったく有効でない単なる古臭い音楽となっている。80年代に駄盤とされたものが、00年代になって眩く輝いている。こんなことが日常茶飯事なのが音楽の世界だ。結局「名盤」とは時代ごとの相対的な価値観の反映でしかないのかもしれないし、作品は作品として孤立した存在であり、これまで音楽評論家やリスナーは、今の気分・時代の空気だけを残すことに必死で、10~20年後に聴いても有効な音楽というのを選択してこなかったのだと判る。その時初めて、他人の思い入れに付き合っても仕方ないと、自分の為の音楽が聴こえてくる日が来るだろう。
ここで紹介するのは今から約20年後のスタンダードである。今すでに定番であるものも数多く載せているが、それは今後もスタンダードであり続けるだろう。スタンダードとは誰もが好きになる音楽のことではない。誰かの意識の基盤となる音楽である。爆発的には売れないが、10年も20年経ってもくり返し求め続けられたり、今判らなくても何年後かに聴くと、前とは違った鮮やかな印象を受けたりするものだ。このリストに沿って聴く必要はまったくないが、どこかでそれを見かけた時、誰かの動機になった作品であることを軽く思いだして欲しい。

ちなみに、21世紀に入ってNWWの1stアルバムがCDで再発された際、最後にNWWリストのアーティスト名を読み上げる「Strain, Crack, Break」というボーナストラックが追加されていた。15分かけて一つずつ名前を読み上げた後、彼は言った。「これらのバンドはどれも糞だ」。
まったくもって素晴らしい。

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