見出し画像

期限一週間の願い事 第1話 二人の男(全9話)【小説】

第1話 二人の男

斎賀慎(さいが まこと)は、疲れ切っていた。

会社を辞めて二ヶ月。
今のところ、貯金で生活できているが、まだ次の仕事は決まっていない。
探す気力もなく、朝起きて食事をして寝るだけの日々で、疲れが溜まる要素はないのだが、疲れ切っていて、動く気がしない。

「……」

部屋にある棚の上に置かれた観葉植物は、一部は俯き、一部は茶色になっている。なんだか、鏡に映った自分を見ているような気分になり、また落ち込む。

部屋に埃が溜まってきても、掃除する気がしない自分にふと気づくと、自己嫌悪に陥り、気分は日々下に落ちているような気がする。

一生懸命仕事をして、みんなの役に立つようにがんばれば、必ず認めてもらえる、必要としてもらえると思っていた。だが実際は……

「はぁ……」

辞めた職場のことを思い出し、頭を横に振る。

今となっては、自分が何を求めていたのか分からない。
認めてほしかったのか、称賛されたかったのか、頼られたかったのか……
分かるのは、今の状態には納得していないということ。しかし、じゃあどうしたいのかは分からない。

「……たまには外に出るか……」

家から一歩も出ないで生活していると、このまま家の一部として取り込まれてしまうような、奇妙な想像が浮かんでくる。しんどいだろうが、太陽の光を浴びたほうがいい気がしてきた。このまま畳と一体化して死ぬなんてごめんだ。

「よっ……と……」

重い体を何とか立ち上がらせると、玄関に脱ぎっぱなしだった靴を履いて、外に出た。

---

「いや、そうじゃないんですよ。できるできないの前に、そういうの抜きにしてとにかくアイデアを出すことが大事で……」

内野忠寿(うちの ただひさ)は、パソコンのモニターに映る上司に向かっていった。

「せっかくアイデアを出しても、考える前から却下されたんじゃ、みんなやる気をなくしますよっ!」
 
「具体性がなさすぎる。
もう少し実現性があるものならともかく、君のアイデアは、絵に描いた餅だ」
 
「……!」

ミーティングが終わると、内野はイヤホンマイクを耳から外して、テーブルの上に投げつけた。

「くそ……!」

いつもそうだ……
上の連中は、新しいことにチャレンジする気持ちがない。今あるものを少し変えるだけで、それでうまくいっていないのに、いつまでもそれを繰り返す……

「……」

結局、力がなければダメなんだ……
何か肩書きがあれば、連中はすぐにありがたがって話を聞く。その話が大した内容じゃなくても、たとえば社長の言葉なら……ワンルームの窮屈な部屋を見回すと、奥歯に力が入る。

子供のころは、自分ではどうしようもなかった。
でも今は、チャンスさえもらえれば、俺が正しいことを示せるのに……

気持ちが落ち着かず、散歩前の犬のように部屋の中をウロウロする。
膨らみ続けるモヤモヤは、Web会議アプリからの呼び出し音でかき消されたが、代わりに心臓の鼓動が早くなった。

「はい……」

仕事が終われば、ホッとすると同時に、モヤモヤが再び顔を出す。

このまま……このまま終わりたくない……

膝をつかせようとするモヤモヤに押し潰されないように、必死に自分を奮い立たせる。だがその後は、現実を前に抵抗力は弱まり、次に出てくるものは、その苦しみからの逃避だった。

そこに負けてはいけないと思いながら、衝動に抗えず、内野は自分のこれからの行動を見て見ぬ振りをして、財布とスマホをズボンのポケットに入れると、玄関を開けた。

---
第2話に続く

みなさんに元気や癒やし、学びやある問題に対して考えるキッカケを提供し、みなさんの毎日が今よりもっと良くなるように、ジャンル問わず、従来の形に囚われず、物語を紡いでいきます。 一緒に、前に進みましょう。