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白星(シラボシ)

これはAさんという30代の看護師の女性から聞いたお話です。

5年ほど前の4月のある日のことでした。
その日は春らしい暖かな陽気で、仕事が休みだったAさんは近所の散歩に出かけたのだそうです。

近くの土手の道や公園などをのんびりと散策して、自宅のマンション近くに戻ってきたときのことでした。
とある一軒の家の前でなにやら人だかりができています。

なんだろうと思って覗いてみると、近所の主婦や老人たちが、家の門のあたりにずらりと並べられた花や植木の鉢を、あれこれと吟味していて、ちょっとした植木市のようになっていたのでした。

近くにいた優しそうな初老の女性に聞いてみると、この家には一人暮らしのおじいさんが住んでいたのだが、先日病気で亡くなって、この家も近々取り壊されることになったのだとか。

おじいさんは園芸が趣味で、庭でさまざまな植物を育てていたのだが、それらを引き取る親族はなく、かといって捨ててしまうには忍びないので、こうして近所の人たちに無料で配っているのだということでした。

「あなたも何か気に入ったものがあったら、持って帰っていいのよ」という女性の言葉に誘われて改めて見てみると、綺麗な花のついたものや立派な盆栽風の鉢は、すでに集まって喋っている人達の足元に置かれており、残っているのは地味なものや、なんだか分からないような草木の鉢ばかりでした。

そんな中、片隅にぽつんと取り残されている、ひとつの変わった鉢がAさんの目にとまりました。
直径12センチほどの茶色い駄温鉢いっぱいに、白い綿のようなものがこんもりと盛り上がっている鉢です。

Aさんがその鉢を手にとって眺め回していると、さきほどの初老の女性が寄ってきて
「それ、亡くなったここのおじいちゃんが大切に育てていたものよ。
サボテンらしいんだけどね、なんか見た目がサボテンらしくないし、育て方も難しそうだからみんな敬遠してるのよ。

このまま処分されてしまうのも可哀想だし、気に入ったらどうぞ連れて帰ってあげてね」と声をかけてくれました。
Aさんはそんな女性の言葉にうながされるように、その鉢を自宅に持ち帰りました。

Aさんが当時暮らしていたのは、築20年以上の古いマンションでしたが、南向きに日当たりの良い出窓がありました。
彼女は持って帰った鉢をその出窓に置き、この白い綿のようなサボテンが何なのか、さっそくネットで検索してみたそうです。

すると、結果は意外と簡単にみつかりました。
メキシコ原産のサボテン科マミラリア属の白星(シラボシ)というのがこの綿毛の正体でした。

白い羽毛のような綿毛は棘が変化したもので、こんもりと盛り上がったその姿は、一つの個体ではなく、小さなサボテンが寄り集まって出来ていることがわかりました。

仕事が忙しく、家ではズボラなAさんにはありがたいことに、育て方はよく日に当ててやれば、水やりは一週間に一度くらいでよいということだったので、そのまま出窓に置いて育ててみることにしたのだそうでう。

サボテンはほかの植物とちがい、季節とともに急速に大きくなるようなものではありません。
時間をかけてゆっくりと成長していくものです。
また、この白星という品種は、管理のしかたが悪いとすぐに白い色が薄汚れた感じになるとのことでした。

出窓の白星は真っ白で、この鉢の大きさまで育てるのに、どれほど時間がかかったのか、それを思うと、前の持ち主のおじいさんが、いかに大切に長い年月をかけて、丹精込めて育てていたのかがAさんにもよくわかりました。

出窓に置かれた白星は、環境が良かったのか、Aさんの管理のしかたが良かったのか、色も白いまま枯れることはありませんでした。
暑い夏も凍える冬も無事に乗り越えて、やがて一年が経とうとしていました。

3月のある日、Aさんの部屋に二人の警察官が訪ねてきました。
実はその前の週に、Aさんのマンションで軒並み空き巣の被害が発生する事件があり、その犯人が捕まったので、報告と被害の再確認のための訪問でした。

Aさんの部屋も侵入されて、少し物色されたような形跡はありましたが、なぜか盗られたものは何もありませんでした。
警察官は、そのことを再度確認したうえで、
「つかぬことを伺いますが、Aさんはこちらに一人でお住まいですよね?空き巣に入られた日に、ご実家からご家族の方が来られていたということはありませんでしたか?」と聞いてきました。

Aさんが、一人暮らしで家族が訪ねて来たこともないと答えると、警官は
「そうですか。いえね、犯人の供述によると、この部屋に侵入して物色していると、ふいに背後に気配がしたんで、振り返ってみると、真っ白な髪の老人がものすごく怖い顔をして睨んでいたんだと言うんですよ。
それで驚いて、何も盗らずに逃げ出したんだと言ってるんですけどね。
それで、その日から毎晩のように、夢枕にその白髪の老人が立って、怖い顔で睨みつけてくるんで、たまらず自主してきたと行ってるんですが…。
そうですか。やっぱり犯人の見間違いだったんでしょうね」
そう言って警官たちは帰って行ったのでした。

Aさんは、白髪の老人と聞いて、とっさに出窓のサボテンの方を振り向きました。
空き巣の被害をくいとめてくれたのが、白星(シラボシ)の精か、前の持ち主のおじいさんの霊だったのかと直感的に思ったのですが、あまりに突拍子もない話なので、警察官には何も言わずにいたそうです。

警官たちが帰ったあと、出窓の白星を見ると、うすクリーム色の小さな花がぽつんと一つ咲いていたそうです。
それ以降もサボテンはずっと枯れることなく、今もAさんの部屋にあるそうです。
たいして大きくはなっていませんが、目立たない小さなクリーム色の小花を、平凡な日常の幸せのように、毎年数多く咲かせてくれているそうです。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「桜(植物・樹木)に纏わる不思議怖い話」
2024.4.20

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