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【白書発行】モビリティを梃子とした住民QOL向上のためのプレイブック(後編)

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターは「Mobility as a Leverage to Improve Quality of Life with Resident Participation」を2023年6月15日に公開しました。白書は英語ですが、本note では日本語で前後編に分けてお示しします。
なお、当センターは、2023年6月16日から18日まで開催される G7 三重・伊勢志摩交通大臣会合官民セッションおよび会場展示に参加します。本プレイブックの内容も現地でご紹介予定です。


Ⅲ.包括的データ利活用を可能にする仕組みづくり

1.オープンでフラットな組織体制及びトラストビルディング

地域の包括的データを利活用し、地域が抱える課題解決するには、その課題に問題意識を持ち、解決したいという熱意のある人を集めて、議論する場を設けることが第一歩となる。庄原市では、産官学民から多様な主体が参加する研究会を立ち上げて議論を行った。議論する組織体の名称はいずれでも構わないが、最も重要となる2つのキーワードは“オープン”で“フラット”な組織ということである。

組織体を立ち上げ、議論が進むにつれて、参加者間のトラストが深化していく[i]。トラストのレベルに応じて、扱うデータのレベルや解析内容も異なっていくが、最終的に目指すべき理想の姿としては、参加者間のトラストが深まったことにより、地域が一体となることでムーブメント化し、幅広い層からの自発的参加及びアクションの提案・実行の誘発が期待される状態である[ii]。

 【図16:オープンでフラットな組織の構築(イメージ)】
【図17:トラストビルディングとデータ活用を可能にする発展シナリオ】

[i] 世界経済フォーラム、「Rebuilding Trust and Governance: Towards Data Free Flow with Trust (DFFT)」2021年3月、https://www3.weforum.org/docs/WEF_rebuilding_trust_and_Governance_2021_JPN.pdf 
MaaS Alliance、「Mobility Data Spaces and MaaS[Mobilityデータ空間とMaaS]」2022年10月、 https://maas-alliance.eu/wp-content/uploads/2022/10/MaaS-Alliance-Whitepaper-on-Mobility-Data-Spaces-1.pdf 
[ii] 富山県旭町「ノッカルあさひまち」https://www.town.asahi.toyama.jp/chosei/gyosei/gaiyo/kotsu/1594702432592.html  
博報堂「【プロジェクト】マイカー乗り合い交通 『ノッカル』」2021年11月19日、https://www.hakuhodo.co.jp/news/info/94130/


【コラム】ミクロな視点からのアクションに関する庄原研究会の事例

データをもとにした議論を通じて、必ずしもデータとは紐づかないが、地域の困りごとが分かり、アクションにつながることも

  • データをもとにした議論を通じ、そこで明らかになった課題に対して、アクションが生まれることが理想ではあるが、議論の中での参加者の一言により、思わぬ発想が生まれることもある。そのような経緯で生まれたのが、庄原市における食パンの貨客混載の事例である。

  • 庄原市のコワーキングスペースでは、隣接する三次市で営業を行うパン屋の食パンを販売しており、その食パンの引き取りは、ボランティアの方が往復90分かけて行っていた。

  • 庄原研究会において、地域の困りごとを議論していた際、そのことを知っていた住民の方が、そのパン屋が高速バス会社の営業所に近いことに着目し、「高速バスで運べないか」と発言した。その発言が発端となり、以下の実証実験が1か月半の準備で実現した(図18)

  • その後、更に取組みが拡大し、現在はコワーキングスペースに加えて、東城町のスーパーまでの運搬を実装済(2回/週、5~6ケース)であり、消費の選択肢が広がることで、住民のQOL向上につながっている。

庄原市における食パンの貨客混載
【図18:ミクロな視点からのアクション事例:貨客混載】


2.データ連携基盤の構築・運用

始めは議論する場として研究会のような組織を立ち上げ、お試しで既存データを集めて、手作業で複数データの重ね掛けをして、試行錯誤しながら解析を進めていく。議論が進むにつれ、参加者同士の信用が醸成し、トラストビルディングのステージが進展していくと、活動への関心が高まり、研究会への参加者及びデータ提供者が増えていく。

研究会に提供されるデータの種類が増えてくると、データ連携基盤(以下、「基盤」という。)のような仕組みを構築し、複数の参加者がいつでもデータを取り込んで解析できる体制を整えることが効率的である。その際も、“住民参加型”、“地域主体”という視点が重要となる。すなわち、地域住民が自分たちのデータを自分たちが使いやすいように加工・解析し、自分たちの地域に役立つような活動を実現できるような、地域のための基盤を構築するというのが目指すべき姿である。特に、地方モビリティは、移動に関して“誰一人取り残されない”ことが重要であり、市町村レベルで住民主体の地域に根差した“地域完結型データ連携基盤”の構築が求められる。さらに、地域が基盤構築を主導することで、地域にノウハウが蓄積して知的財産(共同知財)化できるとともに、活動に関わる自治体や地元企業・機関、地域外の企業などが新たな収入源としてそのノウハウを活用できる。

なお、各市町村それぞれが基盤の構築に取り組むことを想定しているが、住民の生活圏などを踏まえ、必要に応じて各市町村が連携する仕組みづくりも考慮する必要がある。

(1)データ連携基盤の参加者間の契約レベル及びアクセスレベルの在り方
地方MaaS実装を目指して、住民主体の基盤を構築するためには、地域の交通事業者などが所有するデータを活用することになるが、データの例としては、住民が所有する交通系ICカードや電子マネーカードなどの移動や消費に関するものが想定される。

それらの元データには当然個人情報が含まれているため、元データを所有する事業者が、個人情報排除の処理を行った上で、基盤に提供することとなるため、個人が特定されるリスクはない。

基盤に提供されたデータの活用の仕方としては、①ダッシュボード化した定型フォーマットで定期的にアップデートすること、②テーマや課題をあらかじめ決めて、それに沿って解析することの2つが考えられる。

データの解析結果のアクセス(公開)レベルについては、データ提供者などの関係者のニーズや利害に応じた対応が求められる。すなわち、プライバシー保護などに配慮して解析結果の公開を限定する、逆に広く一般公開するなど、データの粒度に基づいた対応を検討する必要がある。ここでは、基盤に提供されるデータの粒度に基づき、以下3種類に類型化し、これに沿った基盤の参加者間の契約レベル及びデータのアクセスレベルを示す。

【表1:基盤に提供されるデータの粒度に応じた契約レベル及びアクセスレベル】
【図19:データの粒度に応じた契約レベル及びアクセスレベル(イメージ)】


【コラム】データ連携基盤の構築に関する庄原研究会の事例

  • データ連携基盤構築の初期段階において取り込んだ既存データに関して、データの粒度の観点から、以下3種類に分類した。

  • ① 改変不可なデータ及びダッシュボード[路線バス交通ICカード、空間統計データ)]

    • 内容:路線バス利用客数、指定地点訪問者数

    • 頻度:1回/月 ダッシュボードやレポートから情報抽出

    • 特徴:

      • 個人商店名、未成年者や10人未満グループ、事業の競合/損失に関わるデータの削除

      • 具体的数値ではなくて比率で表示

      • 任意のクロス集計が困難

  • ②     加工可能な統計データ[鉄道、高速バス、施設利用]

    • 内容:一日当たり乗降者数、施設及び施設内設備月間利用者数

    • 頻度:1回/月

    • 特徴:一部クロス集計も可能

  • ③     匿名加工されたデータ[地域電子通貨なみか・ほろかカード]

    • 内容:全決済履歴と会員属性情報

    • 頻度:1回/週

    • 特徴:

      • 個人情報匿名化済(ID削除、年齢を年齢層化、住所は市区町村名まで)

      • 他データとの掛け合わせの際は、プライバシー保護の配慮が必要

      • クロス集計可能

【図20:庄原研究会によるデータ連携基盤の構築】


(2)データ連携基盤の管理体制・各主体の役割
基盤には様々な主体が関与するところ、それぞれの役割を明確にして体制を構築する。具体的には、基盤全体の責任者として「ポリシーを作る者」、元データを所有し基盤に提供する「データ提供者」、提供された各データの解析方法などを検討する「データ基盤管理者」、実際に手を動かして作業を行う「解析を行う者」などが想定され、それぞれ個人の場合もあれば、委員会のような複数人のグループの場合もある。

どの主体がどの役割を担ってどういう体制で行うかは地域によって異なるが、住民主体の“地域完結型データ連携基盤”構築の必須条件としては、「ポリシーを作る者」は地域が担うことである。基盤のポリシーは、地域の交通やまちづくりの政策などと整合性を図ることが望ましく、また、一個人で容易に決められるものではないため、複数人のグループとして、要すれば地域外の有識者も交えながら議論を行いつつ、最終的な決定は地域自らが行うことが、住民自治、地域自治の観点から必須である。

それ以外の者については、地域に適切な人材・組織がない場合は、地域外に委託することや同一主体が複数役割を担っても問題ない。例えば、地域内にデータを解析する能力・スキルのある人材がいない場合は、地域外の主体が「解析を行う者」を担うこともあり得る。

また、基盤は参加者の信用をベースに成り立っているものであり、トラストビルディングの観点からは、ステージ3(Ⅲ1.参照)以降に構築を検討することが一般的である。外部監査役のような主体が、組織体全体のトラストレベルを定期的に確認することが望まれるが、市町村単位で監査機能を担うことは難しい。ある程度の広い範囲、例えば都道府県単位で監査機能を持つことが現実的と想定される。

【図21:地域主体のデータ連携基盤の管理体制(イメージ)】
【表2:各主体の役割、留意点など】


(3)データ加工及び解析に関するルール
様々な活動参加者が解析しやすいように、基盤に追加されるデータの粒度や体裁(年齢構成、郵便番号別など)を揃える必要があり、基盤構築の初期段階でルールを作成しておくことが理想である。しかしながら、実際は様々なデータが存在する中で先にルールを決めるのが難しいと想定されることから、まずは現状ある既存データを取り込んでいき、議論しながら決めていく対応でも問題ない。

既存データを集約化し、可視化を図ることこそが、この活動の意義である。ビックデータがなくても、また、新たにデータを集めなくても、粒度を問わず、目の前にあるデータを集めることで、この活動を始めていく。常時新しいデータが増えていき、地域に役立つ解析が進む中で、一度決めたルールを固定化せず、「ポリシーを作る者」が中心となって、行いたい解析に合わせて、アジャイルにルールを作成、変更していくべきである。


【コラム】データ加工及び解析に関する庄原市の事例

  • 活動参加者も手探りの中で、事前の検討にあまり時間をかけず、まずは取り組んでみるということで、各データ提供者の判断のもと、個人情報を排除した状態で、以下のとおりデータ連携基盤構築を進めていった。

    • まずは、”ありもの”データを最低限の加工で共有(第10回研究会 ‘22/7)

      • 施設C:月単位、入場者数(チケット種別)+電動キックボード利用者数

      • 公共交通A:日ごと、ICカード利用者数(定期、定期外)

      • 公共交通B:日ごと、個別便、バス利用者数(利用バス停別)

    • ダッシュボード形態(グラフ等のグラフィックも含む)での共有を提案(第13回研究 ‘22/10)

    •  参加者の提案に基づきビジュアル改善と粒度の整合を開始、地域電子通貨カードのデータを追加(第14回研究会 ‘22/11)

      • 施設C:月単位、入園者総数/世代別 をグラフ化

      • 公共交通B:月単位、路線別時間帯別利用者数 をグラフ化

      • 地域電子通貨カード:月単位、利用者数、利用金額、全体/自治振興区別をグラフ化

    • さらに研究会での議論を重ねていき、新たに以下のデータを追加

      • 公共交通A:月ごと駅別の乗降客数データ追加共有(第16回研究会 ‘23/1)

      • 公共交通B:貨客混載月ごとデータを追加共有(第17回研究会 ‘23/2)

      • 空間統計データにより、地域電子通貨カード非加盟店舗の過去1年間の推定利用者を共有(第18回研究会 ‘23/3)

  • 当初は各データ提供者が”ありもの”データを最低限の加工で提示していたが、研究会を重ねる中で、データの粒度については月単位とし、表による数字データと折れ線グラフでの過去データとの対比で見せるという様式に統一。

【図22:粒度と見せ方が統一されたダッシュボードの一例】
  • 新たな種類のデータの取り扱いを始める場合には、その都度研究会前に関係識者で協議、確認を行い、そのデータの扱い方を決めている。その一例として、空間統計データでは、事業者間での競合関係に影響するため抽象化等の配慮を行っている(例:店舗利用者数等)

【図23:競合データ抽象化の例】
  • 研究会が活用した空間統計データにおいては、プライバシー保護の観点から、対象人員が10人以下の場合は0(データ無し)と表現される仕様となっている。自治振興区別にミクロで解析しようとした際、あるコンビニ利用者データを自治振興区別で確認したところ、ほとんどの期間で0となっており、詳細な解析を行うことはできなかった。

  • C4IR Japan 内でデータ解析やダッシュボード化を行った地域電子通貨カードのデータに関しては、セキュリティの観点からサーバーにアクセス制限を設け、解析を行う者のみがアクセスできるようにしている。

  • 地域電子通貨カードのデータにおいては、変化率を地域別に一覧表示し、変化の要因解析の推定議論を活発化させている。しかし、ダッシュボード活用の目的の一つである平常値と異常値の見極めについては、現時点でコロナ禍の影響が排除しきれず、更なるデータの蓄積が必要である。

【図24:地域電子通貨カードの利用変化率からの推定議論の例】


(4)地元住民が安心して関わることができる枠組み
基盤に取り込まれているデータは、住民が所有する電子マネーカードや交通系ICカードなどの移動や消費に関するデータがもとになっており、住民はこれらのカードを取得する際、カードに係るデータは個人情報保護法や自治体の定める個人情報保護条例などに準拠しつつ、解析資料・統計資料の作成などに活用される旨の規約を確認している。よって、規約を確認した時点で、データ解析を了承しているオプトインの状態にある。

規約の範囲内の解析であれば、再度住民に解析目的などを説明して了承を得る必要はないものの、仮に、範囲外の目的で解析・活用する場合は、当然住民から追加的に了承を得る必要がある。そうした追加的な確認が行いやすいよう、常日頃から住民とコミュニケーションを図ることが重要である。

住民とのコミュニケーションのやり方としては、Webサイト掲載などの情報発信に加えて、事業説明を兼ねた体験イベントや直接の対話、ヒアリングなどの積極的な活動も期待される。こうした機会を通じて、解析結果を積極的に開示し、この活動が住民のQOL向上のために如何に重要で、如何に効果的にデータ活用・解析されているかなどの説明を行う。これによって、住民が地域課題をジブンゴト化することにもつながり、より一層の住民参加が促され、地域主体の活動が実現できる。

さらに、直接の対話を通じて、データ上では見えていなかった住民の行動パターンや実情が分かることもあり、更なるきめ細やかなデータ解析、課題抽出、対応するアクションの実行につながっていく。データをコミュニケーションツールとして活用し、熱量を増大させ、住民主体による地域づくりを目指していく。


【コラム】データ活用がコミュニティづくりにも貢献した庄原研究会の事例

  • データが介在することで庄原研究会における議論が活性化し、熱量が増大した結果、研究会の外部の方々にもその熱量が拡大し、まさに住民参加型の地域づくりが図られている。ここでは2つの事例を紹介する。

  • ①地元高校生が研究会議論に貢献

    • 過疎化が進む地域では、地元の若い世代が地域外の大学・企業に進学・就職して戻ってこないケースも多い。若い世代が地域のことを理解し、自分たちが将来地域をけん引していくと認識することが、地域存続にとって重要である。

    • 庄原市では地元の高校の生徒数が減っている中、高校を中心とする地域コミュニティの魅力向上に取り組んでいる高校もある。そこで、地元の高校生に研究会の活動内容に関心を持ってもらい、地域への理解を深めるきっかけとしてもらうため、研究会の開催場所を地元の高校として、高校生にオブザーバーの形で議論に参加してもらった。

    • その結果、予想以上に高校生から積極的に意見が提案され、研究会としても、新しい意見を取り入れられ、議論を活性化できた。世代や立場が異なっていても、データという共通言語があることで、コミュニケーションがスムーズに図られ、コミュニティづくりに貢献できたと実感した例である。

    • <高校生から出された主な意見>

      • 自分のまちについて、知らなかったデータを見ることができてよかった。

      • 地域で人の流れを作るイベントを企画したい。例えば、以前行ったカラクリ文字の展示や音楽のフェスをもう1回開催したい。

      • 放課後に友達とお喋りしたり、お茶したりできるたまり場が欲しい。学校外にカフェのような場所が欲しい。

      • フリーWifiがあり、1回100円くらいで高校生でも気軽に利用できるような、喋ったり勉強したりできる場所が欲しい。

  • ②自治振興区単位での説明会・ヒアリング

    • 地域住民に地域課題をよりジブンゴトとして感じてもらうため、また、ピンポイントで実効性のある施策を実施、検証しやすくするために、自治振興区単位で説明会・ヒアリングを実施した。そのために、まず自治振興区を類型化し、それぞれの特色に合わせた解析を行い、典型的な中山間地で振興区自体も活性化の活動に積極的な振興区(自治振興区A)、観光資源がある振興区(自治振興区B)から始めることとした。

【図25:自治振興区の類型化】
  • 事前に両振興区の解析を実施し、庄原市全体と比較して、地域の状況や抱えている課題を「人口構成」、「コミュニティ」、「暮らし」、「その他」の4つの切り口で整理した。

【図26:買い物行動解析(買い物目的地)】
  • 各自治振興区の区長や事務局長はもちろんのこと、住民の方にも参加いただき、研究会のデータ解析結果と推定した課題を提示することで、住民の方は自分の住む地域の状況を客観的に知ることができた。また、実際の課題や困りごとについてのヒアリングを通して、研究会の解析や推測の確からしさを確認することができ、お互いにその自治振興区が抱える課題の明確化とその課題の緊急性について共有することができた。

【図27:ヒアリングにより共有できた課題】
  • その結果、異なる特徴を持つ自治振興区それぞれに対して、各振興区及び住民の協力も得ながら実効性のある施策を検討立案することが可能となった。


Ⅳ.今後の展望:“住民参加”プロジェクトが“住民主導”プロジェクトに発展するために

プロジェクトを立上げ、地域の参加者と外部からの参加者とのトラストに基づく一体感が醸成され、本格的に活動を進めていく上で、より幅広い住民が参加し、更には住民主導で議論やアクションを進めることができるようになるためには、今後具体的に何に取り組めばよいのか。庄原市での活動を通じて見えてきた、持続可能な活動につながるアプローチや取組の方向性について、概観していく。ただし、あくまで庄原市で議論・検討に着手した方向性であり、果たして想定通りの効果がでるか、課題をクリアできるか、またどの程度他の自治体や国に適用可能なのかについては、今後の実証・実装を通じての検証が必要であることにはご留意いただきたい。

1.データ活用の新たな切り口と“地域データ連携基盤”構築のキーファクター

データサイエンティストのような専門家もおらず、AI手法などの導入が容易でない環境下で、どこまでデータの活用ができるかを追求する中、ある程度の経験とスキルがあれば取り組めそうなこと、そして地域主導でデータ管理・活用を可能にする“地域完結型データ連携基盤”構築でカギとなる要素について概観する。

 【データ活用の新たな切り口】
①     アクションによる変化の可視化と効果評価
仮に地域に“ありもの”のデータがない場合でも、アクションを起こすことによって生まれるビフォー・アフターの変化をデータ取得し可視化することで、データ解析の糸口をつかむことができる。
例えば、Ⅲ1.で紹介した高速バスによりパンを地元スーパーに運ぶプロジェクトでは、当初の定量・食パン1種類のオペレーションから、パンの種類や運ぶ量を増やすなどの変化を起こした場合、実際の売上にどう影響するかといった変化を可視化することで、最適なオペレーションを模索することが可能である。輸送と販売(+販売促進活動)のデータを把握し解析することで、きめ細かな改善活動が可能になる。
このようにアクションを起こし、それを継続する中で、計画や予測を加えることにより、実績との差が把握され、その解析を通じて改善施策を実施する、いわゆるPDCA活動が可視化・共有されると、参加者の参画意識やジブンゴト化の高まりにつながると期待される。 

②  シミュレーション・予測手法導入による議論の多様化・高度化の可能性
アクションを持続可能なものとする上で、計画を立てることや予測を行うことは当然有効であるが、実際にある程度精度の高い計画・予測を行うことは容易ではない。
そのため、既存のツールを活用して計画立案や予測シミュレーションを行うことは、データ活用のレベルアップを図る上でも有効である。C4IRとして実際に試行した事例を以下で紹介する。


【コラム】データ解析の進化のために:統計モデル活用によるメリット

  • C4IR Japanでは、庄原市で得られた様々なデータを用いた消費傾向のモデリングや公共交通機関の需要予測などを行うための統計学的な分析手法を模索してきた。その過程で、分析手法の特徴を踏まえ、それぞれの手法を「分析精度を高めデータの性質を深く理解するための下準備に使うもの」と「実際のモデリングや予測に用いるもの」とで分類できることが分かった。こうした手法を研究会で取り扱っている消費や移動などの実績データと組み合わせることで、アクション検討・計画などの精度・効果向上につなげる可能性が見えてきた。まだ緒に就いた段階ではあるが、地域の方との議論で出てきた期待値や可能性など、今後の取組みに示唆を与える切り口をご紹介したい。

  •  まず一つ目は、データ解析のプロでなくとも、ある程度の訓練で実施可能な手法である点である。加えて導入の初期コストが低い点もメリットの一つと考える。

    • ロジスティック回帰、SARIMAX、GBDTなど、今回用いたツールは全てPython (コードが書きやすいことに定評のある、オープンソースのプログラミング言語)のライブラリが既に準備されており、「statsmodels」や「lightgbm」をインストールすることによって、Excel関数のようにデータを用意して引数を与えるだけで実装が可能である。Pythonコードをブラウザ上で実行することができるサービスもあり、環境構築の手間を短縮することもできる。

    • こうした既存ツールの活用を前提とすれば、そこまで高度な専門知識は要求されない。統計学に関する大学教養課程レベルの予備知識があれば、3か月程度で修得可能ではないかと推測する。

      • チーム内で最初にツールの使い方を修得した人物を起点に、ナレッジ共有や大まかな学習ロードマップの作成といった人材育成の体制整備ができれば、後任者はより短期間で修得することができる。

      • 計算された結果の正しい解釈には留意が必要である。専門家のレビューを受けるなど、スピード感を失わない範囲で、正当性を担保するような枠組みを準備することが望ましい。 

  • 二点目としては、意思決定の精度の底上げが期待できる点が重要なメリットの一つである。

    • 予測値を研究会などで発表し共有することで、これまで経験則に基づいていた意思決定を「経験則+定量予測」による意思決定にアップグレードする可能性が生まれる。以下では庄原研究会で用いた手法とそのメリットを紹介する。なお、使用した手法についての説明は別コラムにまとめる。


【統計モデル活用事例①:データ処理によるインプリケーション抽出】

  • 予測の精度を高めるためにデータの準備段階で使用できる分析手法(Bai-Perron検定等)を活用

  • 時系列データの加工 (構造変化推定)

    • 庄原市で得ている様々な情報は時系列データの場合が多く(毎日のなみか・ほろかカード購買額・バスの乗降客数等)、時系列データ分析を行うことで多くの示唆を得ることができる。しかしながら、庄原市ではキャンペーンなどの新しい取組みを頻繁に行っているため、取得しているデータの傾向が一つの時系列モデルで説明できない可能性が高い(例:ポイント還元キャンペーンの前後で購買額のデータ構造が変化する等)。そこで、時間の経過とともに、時系列データの構造が変化しているかどうかを確かめることのできるBai-Perron検定等の手法を用いることで、より正確な分析が可能になる。

    • 2022年下半期のなみか・ほろかカード購買額データに対してこの手法を用いると、図28のようにポイントキャンペーンを実施した時期を中心に、計5回の構造変化が起こっていたことが分かった。ここで言う構造変化とは、ポイントキャンペーンがカード保有者の消費行動を変容させていたことが示唆されたと同時に、キャンペーンの効果が一時的か(キャンペーン期間中は購買額の構造が変化するが期間終了後はキャンペーン前の構造に戻る等)、あるいは恒久的かを判断できる可能性が高まった。また、今回は試行的になみか・ほろかカード購買額データを分析対象としたが、交通データやPOSデータ等の分析にも応用することで、より分析の幅が広がることが期待できる。

【図28:購買額日次データへのBai-Perron検定の適用結果】


【統計モデルを活用した事例②:データ処理によるインプリケーション抽出】  

  • クロスセクションデータの加工(クラスター分析・主成分分析)

    • 庄原市で得ているデータの中には、データサイズが大きく(ものによっては数百万件規模)、一般的な統計分析手法を用いることが難しいのも多い。そのような場合、クラスター分析や主成分分析といった機械学習手法を用いてデータの傾向をつかむことで、適切な分析につなげることができる。

    • クラスター分析の手法を用いて、なみか・ほろかの消費履歴から顧客ごとの購買店舗の傾向を分析した結果、居住地域ごとに異なる購買傾向があることが分かった。このような分析結果をもとに、地域の特性に合わせて異なるキャンペーンを実施するなど、より効果的な施策の検討が可能になると期待できる。

    • このように時系列的な構造変化や地域ごとの特徴などをきめ細かく分析・予測することで、今後のキャンペーン活動の計画時に活かせるかを地域の方々と議論していく予定である。

【図29:2022年下期購買額データを用いたクラスタリングの結果】


【統計モデル活用事例③:予測・シミュレーション】

  • 「庄原市外からの訪問客の需要予測」と「鉄道乗客数の日次予測」について、その概要と研究会での活用事例について紹介する。

  • 予測手法の概要

    • 庄原市外からの訪問客の需要予測にはロジスティック回帰モデルを、鉄道乗客数の日次予測には季節性あるデータを扱うのに長けたモデルの一つであるSARIMAXを活用した。

    • 予測結果を研究会で公表することで、地元の参加者の方々から様々なご意見・フィードバックを得ることができた。土地勘のある地元の方のご意見・フィードバックをモデルの変数選択に織り込むことで予測の改善が見られた。以下は地元の方々のご意見の抜粋である。

      • 「○日の広島カープのデーゲームに合わせてダイヤを変更すれば、(イベント時に発生することの多い)交通難民を減らせそうだ。」

      • 「関連施設の改装前後で客数がかなり動く。次にそういうイベントがある時、事前に定量的な予測があるとすごく便利である。」

      • 「〇○の商品で、〇〇層を狙って集客するようなキャンペーンは今まで実施したことがないが、この結果を見ると検討した方がいいかもしれない。」

      • 「○月○日から〇〇の値段を上げた。予測値から乖離しているのはその影響か。」

    • 予測値についての議論の中から新しい予測アイデアが出て、追加的なデータをデータ連携基盤に提供するといったフィードバックも発生した。このように定量的な予測は、研究会での議論深化・アクション策定の一助となると同時に、経験則の観点からのコメントや追加データの提供を受けることで、モデル改善につながり、それが研究会の議論を更に活性化させるという正のスパイラルを生むことが期待できる。

【図30:モデル予測とデータ連携基盤・研究会の相互連関についての概要図】


【事例①~③において利用した統計モデル手法】

  • Bai-Perron検定等(時系列加工データによる構造変化測定)

    • 特徴:構造変化推定の実装や分析内容の理解は、基本的なPython又はStataの知識があれば可能であり、このような導入ハードルの低さが嬉しいポイントの一つ。

  • クラスター分析及び主成分分析

    • クラスター分析とは個体を複数の同質的な集団に分割し、複雑なデータを利用しやすいデータにグループ化する手法である。データをグループ化することによって、各グループの傾向(年齢・性別・居住地など)から様々な推定を行うことができるようになる。

    • 主成分分析という手法を用いると、データセットの変数(例えば、なみか・ほろかデータであれば利用者の年齢・購買額・ポイント残高等)を2から3程度の主成分に落とし込むことができ、データにカテゴリー別でどのような特徴があるかなどをより簡単に分析できるようになる。主成分分析を通して変数の数を減らし、上述のクラスター分析でその主成分を変数として用いるという使い方が一般的である。

  • ロジスティック回帰モデル

    • ロジスティック回帰モデルとは、複数の要因から2値の結果が発生する確率を説明・予測する分析手法である。なみか・ほろかカードの購買データを用い、顧客の年齢、在住都道府県、訪問日数、店舗カテゴリーごとの購買金額、キャンペーンへの反応などを説明変数として、過去3年間の市外からの訪問客による消費の合計購買金額が上位 25%である確率について予測モデルを作成した。 

  • SARIMAX(外生変数付きSARIMA: Seasonal-ARIMA with exogenous variables)

    • SARIMAXとは、季節性のあるデータを扱うのに長けた自己回帰和分移動平均(ARIMA)モデルの一種である。鉄道需要の日次予測については、これをメインモデルとしつつ、モデルに特有のバイアスからの頑健性を確保するために、強化学習アルゴリズムの一種であるGBDT(勾配ブースティング決定木: Gradient Boosting Decision Tree)により回帰問題を計算できるlightGBMというパッケージを用いて、同じ変数を予測するサブモデルを作成した。気象庁の天候データ、広島県が公表している新型コロナウイルス県内新規陽性者数などオープンデータも適宜活用した。


【“地域完結型データ連携基盤”のキーファクター】

データ蓄積と活用を支えるデータ連携基盤構築の重要性・基本的考え方

  •  Ⅲ2.で紹介した地域で管理するデータ連携基盤の考え方・枠組みを実装していく上で、上記のような新たなデータ解析により、地域に有意義・有効なデータや解析アプローチについての知見を蓄積することは極めて重要である。

  • 知見の蓄積により、他分野の活動・データ(例えば福祉や介護、健康増進やイベントなど)との連携や重ね掛けによる新たな解析のカン・コツが掴みやすくなり、より多様なデータを扱い活用する地力がついてくる。データが多様化し扱うデータ量も拡大すれば、地域に根差す基盤としての価値・信用の向上にもつながる。Ⅲ2.で触れたように、データ解析やソリューションに関する知見・ノウハウは知的財産(共同知財)として価値を有する可能性があり、データ活用の高度化は、地域にとってのビジネス・収益源としても重要となる。

  • ただし、そのためにはデータ管理の物理的な仕組みと管理体制の構築、更にデータ活用・ガバナンスポリシーの策定、データ管理や解析を行う人材の確保が必須となる。取組みに関心を持つ地域外の企業や個人を呼び込む努力と同時に、地元における人材育成、そのためには必要なスキルセットの具体化にも早期に着手することが望ましい。

  • 「ポリシーを作る者」については、地域・住民主導によるデータ活用の根幹をなす部分であり、産官学民が連携し協議・意思決定する体制が、特に初期段階では重要であり、データの地方自治を実現するドライバーとして機能することが期待される。また、国や都道府県からの協力・支援も得ながら、実践性・専門性の高い人材を地域で育成する場としても位置付けられるのではないか。

  • データ管理・活用人材については、初期段階では地域外の企業や大学など専門性を有する人材に参加、リードいただきながら、管理・活用の仕組みを立上げ、仕事としての枠組み・規模感を具体化・共有することが必要である。それによって、地域での人材育成が雇用にもつながる形が望ましい。地元の高校生や大学生、地域外からの移住者、リタイアした高齢者などが広く参加できるような、ギグワークも含めた状態を構築することが一つの絵姿となろう。


2.ファーストマイルの重要性と“共助”のモビリティネットワーク形成

自家用車による移動比率が極めて高い地方の市町村において、高齢者の外出頻度の低下や外出断念(ガマン)などは既に顕在化しているが、今後免許返納などが進めば、この課題が一段と深刻化することが予想される。また、子育て世代などが通学の送迎負担などにより、市外への転出や市中心部へ転居するケースも多く見られることが分かってきた。他方、地方の公共交通網は、自家用車依存の高さによる利用減少や外出控え・移住などにより、利用者が更に減少し、交通網維持の負担が非常に大きくなるという悪循環に陥っているのが現実である。

自家用車に頼らず、気軽に外出ができること、行きたい場所が増えて外出が楽しみになるような環境を作ることは、地方の生活や生態系を維持する上で急務となっていることを踏まえ、庄原市では“共助”のモビリティネットワークを構築・実装するアプローチの検討と実証を試みている。その概要を以下ご紹介する。 

①     “助け合い交通ネットワーク(仮称)”の考え方:ヒトもモノも必要な時に適切な手段で移動
目標:“誰一人取り残されない”モビリティ社会の実現

②     カギとなる構成要素:ヒトの移動を例にとった検討
a.暮らしのコンシェルジュ ― 行き先の選択肢と移動手段が連動する生活ガイド
・ポイント:
買い物や通院といった日々の活動にちょっとした“彩り”を
チャット(会話)形式のやり取りが気持ちを和ませポジティブに
移動についての不安を解消し安心して外出できる

【図31:日々の暮らしに選択肢が拡がり外出が楽しみに】

b.移動手段の“総動員”とそれを可能にする条件
・ポイント:
担い手・車両とも不十分な地方都市(特に中山間地)において、自家用車(有償・無償)やスクールバス・福祉車両・配送車両など、居住地付近を日々通行する車両は貴重な移動資源
⇒まずは現行法規制の範囲内で実施可能な手段の動員、次いで最適な移動手段・担い手の組合せを可能とする新たな仕組み・ルール形成にチャレンジ

【図32:“助け合い交通ネットワーク”-移動手段の選択肢と役割(例)】

c.モビリティハブと拠点の適切な配置とコンテンツ
・ポイント:図32に記載される赤丸は、地域における重要拠点やポイントであり、人が集まる交流拠点であると同時に、モビリティハブとしても機能させることが重要である。すなわち、交通の結節点であり乗継ポイントであると同時に、乗継までの待ち時間を安心して過ごせる、あるいは移動と関係なく、人との交流や活動を存分に楽しむことができる場所として、再定義し活用できるよう整備・充実していくことが望ましい。ただ、乗継に関しては、待ち時間や場所の環境など、ともするとストレス要因となりやすい点は留意が必要である。乗継ポイントの拠点では、静かに待ちたい人から有効に時間を使いたい人まで、多様なニーズを想定し、ストレスを回避・軽減できる構造、導線、仕掛けなど、様々な形で試しながら拠点として整備していく柔軟なアプローチが重要となる。
・ファースト・ラストマイルの移動サービスが充実することにより、例えば路線バスのバス停集約なども可能になり、また拠点充実により、住民や来訪者が気軽に訪れる選択肢がより拡がることにもつながると期待される。
・同時に、拠点はモノやサービスの集積拠点としての活用も可能となる。日常の買い物、荷物の配送において、個人宅に直接運ぶのではく、一旦拠点に集め、何軒かまとめて貨客混載でラストマイルを運ぶといった形の利用も想定し得る。一旦この仕組みができると、地元の荷物だけでなく、宅配や郵便なども、拠点にまとめてから個人宅に配送することも理論的には可能となる。例えば物流事業者の負荷軽減などの観点から有用性が認められれば、物流面での“共助”のネットワークの構築、ヒト・モノの連携などがより現実的となろう。

d.手段・担い手の登録とマッチングシステム、決済機能
・ポイント:“共助”の仕組みを実現するためには、利用希望者やサービス提供者、車両などをあらかじめ登録し、いつ・誰が・どんな手段で・どの場所でサービス提供できるかといった情報が可視化・共有される必要がある。また同時に、行政や福祉等関係機関、NPOや民間事業者などの様々な活動・イベント情報やお得情報なども、タイムリーに提供可能な情報プラットフォームを持つことも望ましい。
最初の問合せや検索は、電話対応も可能な形が現実的ではあるが、その内容がデータとして記録されるようなコールセンター機能が重要となる。

【図33:”助け合い交通ネットワーク”-検索~予約~決済の流れ(例)】


③     どこから着手するか:まずはモノで効果検証(庄原市の事例)
・上記の構成要素の共有を踏まえ、庄原市ではヒトだけでなく、モノの移動も視野に入れて検討を進めることとした。議論の中で指摘されたのは、「ヒトだけでなくモノの移動にも課題が多いため、ヒトとモノが自由に効率的に移動・輸送される状態を目指したい」という点であった。さらに、「いきなりヒトを運ぶのは法規制のクリアの点でも、住民の受容性の点でもハードルが高い」ことから、「まずはモノの移動課題に着手し、新たなモビリティが登場し住民の方に注目いただくことで、自分たちもこの仕組みで移動できるのではないかと思ってもらいたい」という方向性が提示された。
・図34は庄原市における議論で想定された”ヒトとモノのハイブリッドな共助モビリティ”のイメージであり、その実証の第一弾として、地元野菜のデマンド・売行きに対応した出荷の仕組みの検討を進めている。

【図34:庄原市での“ヒトとモノのハイブリッドな共助モビリティ”】


④     発展可能性:“スマートローカル”の多様な分野との連携・展開、他地域展開イメージ
・ポイント:“共助”ネットワークの仕組みは、移動に閉じず、地域における様々な活動にも展開可能な考え方であり、仕組みの横展開は、様々な形で地域内外に可能と考えられる。

【図35:“助け合い交通ネットワーク”の発展イメージとして検討したいポイント】


⑤     本格実装する上での課題:現行法規・制度の課題と調整の方向性
・ポイント:“助け合い交通ネットワーク(仮称)”を実装する上では、貨物自動車運送事業法や道路交通法、スクールバスや福祉車両事業などに係る様々な業法が絡むだけでなく、例えば安全な運行の仕組みを担保するための担い手のスキル評価や向上の仕組み、サービスの公正な価格決定や決済の仕組みなど、クリアしなければならない課題は多数ある。そして何より重要なのは、住民や来訪者などの利用者が新たな仕組みを受入れ、喜んで使っていただけるサービスを構築・提供しなければならないという点である。
そのためには、まずはヒトに限らず、モノの移動に係る課題の解消といった実践しやすい取組みからスタートし、効果を現出しつつ次のステップに進むといった進め方が現実的であろう。
・実際にモノ、更にはヒトを動かす仕組み・ネットワークを構築しようとすると、現行の法規・制度の枠組みの中で、どこに障害が生ずるのかが、より具体的に明らかになることが期待される。例えば“助け合い“移動手段として福祉車両や自家用車の協力を仰ぐ際、時間帯を限定する形でも移動需要に応えられるのか、時間制限なく備える必要あるのかによって、現行法規・制度の見直しレベルも大きく変わる可能性がある。どこまで現行法規・制度の“解釈・運用の見直し”で地域の(潜在的な)移動需要に対応できるのかといった検討ができれば、行政(国・地方自治体)や事業者(交通・福祉等)にとっても協力しやすくなると考えられる。

地域活性化や町おこしなどの活動との親和性も高く、“誰一人取り残されない”まちづくりの実現に向けて、有効性の高いアプローチである。実装に向けての課題は多いが、今後追求していく価値のある取組みと認識している。

 

3.第三者組織による運営の意義

多様なデータを地域で管理・活用する“地域完結型データ連携基盤”や“助け合い交通ネットワーク(仮称)”などを住民主導で進めていく取組みは、住民や来訪者などが安心・信頼して使える体制・仕組みの下で、透明性の高い形で運営・運用されることが不可欠である。また、持続可能な事業として構築される重要性を考えると、地域に根差し、官民一体となって進めることが必要であり、そのためには官・民からも自立した第三者組織が適切であると思われる。[i]
米国では、例えばスマートシティを事業として官民が資金・人員を拠出し推進する事業組織(例:テキサス州ダラス市の“Dallas Innovation Alliance(DIA)[ii]”)のようなPPP-Public Private Partnership-に基づく免税非営利団体(501(C)3)が一般的で、無制限に寄付を受け活動することができる。DIAの場合、30を超える民間企業、市民団体、NGO、大学や20以上の行政機関とパートナーシップを結んでおり、CEOやCIOなども設置し、事業会社のように運営されている。
行政や民間のデータを共有・活用[iii]し、地域内外のリソースを用いて、モビリティのみでなく、町おこし・地域活性化を持続可能な事業として確立・運営し、更には収益・ノウハウ・知財管理までカバーできる第三者組織として、どのような形態・体制が適切なのかについては、現行法制度でどこまで可能か、どのような法整備や体系化が必要なのかなど、今後検討すべき課題は多い。ただ、まずは官民コンソーシアムのような形で、小規模実証を行い、効果を把握し、かつ必要なデータ管理法やモビリティ事業の運営法、システム構築と運用などを可能な範囲で実証しながら、望ましい運営・管理体制を具体的に規定するプロセスが必要であろう。


[i] 静岡型MaaS基幹事業実証プロジェクト事務局、「しずおかMaaS」 https://s-maas.jp/
[ii] Dallas Innovation Alliance  https://www.dallasinnovationalliance.com/
[iii] Open Mobility Foundation, “About MDS” https://www.openmobilityfoundation.org/about-mds/ 


おわりに

C4IR Japan は2018年7月に設立されて以降、約5年弱にわたって、持続可能なモビリティの仕組みの構築をテーマに、日本のみならず世界のトレンドにも着目して、モビリティ変革に必要な要素の提言を行ってきた。2021年10月からは、実際の現場で検証すべく、広島県庄原市において、産官学民の方々を交えた研究会を立上げ、地元の方々と議論しながら、実際にデータ解析を行って、地方MaaSの実装、ならびにモビリティを梃子とした“住民参加型”QOLの向上に取り組んできた。

なお、我々の取組は、予算を極力使わず、また、ノウハウや専門性のある企業を極力頼らずに、地域主体で地域にあるヒト・モノ・カネ・技術リソーセスを最大限活用して活動を進めてきた。そのため、思わぬところで障壁があったり、想定していなかった方向に議論が進んだりなど、時間を要したこともあった。もし、国からの補助金を含めて十分な予算を確保でき、また、ノウハウや専門性のある企業の協力を得られれば、活動を加速化することも可能である。ただし、活動の規模が大きくなり、議論のスピードが加速すると、ともすれば地域関係者や住民が取り残される事態も生じかねないため、彼らをしっかり巻き込んで、地域のための活動となるよう、一段と配慮する必要がある。それぞれの地域の現状に合わせて、地域にとって最適な進め方を選択していくことが重要である。

本プレイブックでは、我々の庄原市の経験をもとに、解析のプロセスの事例や仕組みづくりのあるべき姿をまとめるとともに、特に地域QOL向上における“住民参加”の重要性について提言を行っている。我々の経験は一つの事例であるが、本プレイブックが日本の他地域はもとより、少子高齢化が進行する諸外国においても、取組みのヒント・きっかけとなることを期待したい。


謝辞

C4IR Japan は、本稿の作成にあたり、ミーティングやレビューに多大なる時間を割いてくださった企業、大学、政府関係者の皆様に心から謝意を表する。
国際的に大きな変化を実現するには官民両セクターの協力が不可欠である。本プロジェクトでは、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターのパートナーから多大なる支援を得た。

※以下敬称略

学識経験者
石田東生 筑波大学 名誉教授
落合孝文 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 プロトタイプ政策研究所・シニアパートナー弁護士
神田佑亮 呉工業高等専門学校 教授
 
民間事業者等
奥井智裕 株式会社グリーンウインズさとやま
児島直子 備北公園管理センター
進矢光明 広島電鉄株式会社
丹呉允 株式会社MaaS Tech Japan
名越圭佑 東城町商工会
西澤徳広 東城町商工会
橋本扶弥也 広島電鉄株式会社
日高洋祐 株式会社MaaS Tech Japan
平田貴則 庄原商工会議所
船田尚吾 株式会社長大
本平正宏 庄原商工会議所
山根英徳 備北交通株式会社 
 
日本政府
経済産業省 
福永茂和 製造産業局 自動車課ITS・自動走行推進室
 
国土交通省
粟井勇貴 総合政策局 モビリティサービス推進課
 
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター
工藤郁子 プロジェクト戦略責任者
Jonathan Soble グローバル・コミュニケーション責任者
池田智由希 インターン
粕谷健太 インターン
河埜友飛 インターン
橋ケ迫莉奈 インターン
村川智哉 インターン
矢野栞 インターン
山崎友里 インターン

著者

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター
山室芳剛 センター長
伊藤雄亮 モビリティ担当フェロー、株式会社デンソー
上坂広人 モビリティ担当フェロー、株式会社デンソー
齋藤悠 モビリティ担当フェロー、国土交通省
余吾博行 モビリティ担当フェロー、株式会社アイシン
 
国際経済研究所
宮代陽之         


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