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文句ばかりの成田空港泊

羽田空港の国際線ターミナルで2回だけ夜明けを待ったことがある。小田原に住んでいると、終電は23時くらいで22時以降に到着する便では到底間に合わないのだ。

いやギリギリ間に合うのかもしれないが、エアアジアという遅延が当たり前の22時着というのは23時着を表す。よって空港泊が確定となるのだ。

なら空港ではなくてちゃんとホテルを取りなよと言われそうだが、一泊3,000円もあれば朝食付きで満足できてしまう東南アジアや南アジアのホテルを味わった帰りは話が違う。
狭くて朝飯もついていないホテルに5,6千円出して泊まるくらいなら空港で寝てしまえばいいかといった感情になるのだ。物価の安い国の基準に慣れてしまうと不自由が発生するのは致し方ないことである。

羽田空港で初めて寝たときは疲れていたのかよく眠れた気がする。国際線ターミナル、出発ロビーをエスカレーターで登った先にある、江戸の街並みを模した所のベンチに寝そべって、ノイズキャンセリングイヤフォンを耳に挿し、アイマスクをして眠りについた。

クアラルンプールの最恐ホテルについては今度記述します

寝返りなんてものは当然打てないから、すこぶる良質な睡眠かと言われれば断じて否。しかし、何人もの女性が一人で眠っているのを見かけるくらいには治安が保証された空間であるし、何より日本というだけで安心安全である。

念の為財布やパスポートが入ったポーチを抱え、リュックを枕にして眠りについた。スーツケースを身体の真横にぽつんと無防備に置いて。

二度目の空港泊も夜遅い羽田着のフライトの日だった。その日も同様、同じ場所、同じ格好で寝た。二度目ということもあり、はじめてのときよりいっそう眠れた気がする。朝は特定の乗客に対してのチェックイン催促のコールで起こされることになるのだが、目覚めはすっきり。

エアアジア様のおかげで宿泊できたのです


かくも空港泊についての記事を読めば、ああ、あなたという人はどこでも寝れていいですねと思われそうだが、今回、初めて宿泊させていただいた成田空港は一味違った。



前回の記事のおさらいを軽くすると、取ったと思ったはずの航空券が実は取れていなくて、24時間後のフライトを取り直したという経緯で成田泊が確定するという、とんだ凡ミスによる不運な(自業自得なのかもしれない)出来事があった。

24時間も空港に滞在するというのは、結論から申し上げて拷問である。それはプライオリティパスという高級ラウンジを使えるとかの特権があるなら話は変わってくるだろうが、そんなものは貧乏学生である僕が持っているはずもない。

ただ時間だけはあるので成田空港を彷徨い、今夜の「ベストポジション」を時間かけて探した。1時間半くらいはふらふらしていたんじゃないかな。そこで見つけた楽園はなかなかに嬉しいものでした。

羽田空港と同様、(宿泊施設として)充実しているのは到着ロビーより出発ロビーであり、フカフカのソファーや半個室になっているフリースペース(それも充電し放題)があるから、なんなら羽田空港よりも快適なのかもしれない。

僕は半個室のようになっている場所を陣取って、そこでスマホやらパソコンやらタブレットやら、あらゆる電子機器を充電しながら中国についての情報調べでありあまる時間を潰していった。

明日のフライトは14:30。中国・福州行き。大国とはいえコロナ後の渡航情報が限られる未知の国であるし、つい数時間前まではベトナムに行くつもりだったのだから、募る不安を押しつぶすように情報を仕入れる。

中国について分かったことを簡単にまとめると

①中国は現在入国を制限しているがトランジットならビザなしで入国が可能

② 中国国内は電波の規制があるためLINEやInstagramを使用できない

③反スパイ法により不当に逮捕される日本人が後を経たないため、写真を撮影する際は軍事施設が映っていないか・写真撮影しても問題ないかを留意しなくてはならない

といったことくらいである。

ということで、中国に住んでいる友人がたまたまいたので彼に連絡して、さらに情報を仕入れていく。おすすめのアプリや観光情報まで教えていただいた。もし何らかのトラブルがあったときに彼へ連絡できるようにwechatという中国版LINEをインストールしておく。

こういうときの友人というのは頼りになる

万が一、中国人民元が足りなくなってしまったときのために中国版PayPayのような電子決済アプリ(Alipay)も設定しておく。

準備は万全。お手洗いで洗顔をし、化粧水・乳液を顔面に塗る。時間だけはあるからいつもより丁寧に歯を磨く。

そうこうしているうちに時刻は22時を回った。もうやることもないのでアイマスクをつけ、YouTubeで適当に探してきた自然音をイヤフォンで聴きながら目を閉じた。180度寝そべることができるし、壁がプライベート空間をつくっているから心地いい。

これは熟睡できるぞ!と思ったのも束の間、誰かが僕の足をとんとんと揺さぶるように叩いている。男の声で僕はアイマスクを取った。

「excuse me!」
「ん?」
そこにいたのは20代くらいの若い男性警備員だった。

「あ、日本人の方ですか?」
「はい。そうですけど…」
「4階のフロア一体、閉まっちゃうんですよ。1階だけしか夜は開かないので、移動できますか?」

なんと、あれだけ時間をかけて彷徨い、とうとう見つけた我が家を手放せというのか!?

「わかりました…」
僕は力のない返事をした。客観的に考えても、まあそう答えるしかないわな。

「1階の席埋まっちゃうんで早く移動した方がいいっすよ」
なかなかの金言を発してくれたが、みんなにそう言って早く撤退させたいという心理的背景があるのではないかと思ってしまう。まあ冷たい地べたに横たわるのは御免なので、彼の言うことを素直に従い、僕は一階の到着フロアへ早足で向かった。

彼に声をかけられてすぐということもあるのか、席が埋まるほどでもない状況であった。とりあえず席を確保する。

はい。はっきり申し上げますとクソです。最高にクソオブクソな環境です。もちろん、インドはバラナシの牛の糞が撒き散らかされたような場所と比較すればそれはそれは綺麗で寝るにはもってこいの環境なのでしょう。が、いかんせん寒いのです。

椅子がカチカチになってしまったということもそうだ。しかし何より寒さがきつい。

航空券が普通に取れていれば今頃常夏のベトナムということもあり、かなりの薄着でクリスマスイブの成田空港にいるのだから、それはそれは寒い。出発ロビーはまだ空調が効いていたが、到着フロアは極寒である。手袋を両手につけて、猫がこたつで丸まるのと同じ態勢で椅子に横たわった。

あー寒いなー。考えることが寒いしか浮かばないくらいに寒い。うん、無理だ。寝られぬ。寝られても行き着く先は凍死だわ。そこへ横たわって30分ほどだろうか、アイマスクを取った。寒色の眩しい蛍光灯が目に入って思わずしかめ面になる。

「席、すぐに埋まりますから」と言った警備員のお兄さんの言葉ははっきり言って嘘だった。割と席は空いていて、暖かい席がないか探す旅に出た。

探すこと5分ほどで見つけてしまった。あるじゃん楽園。サハラ砂漠を彷徨ってオアシスを見つけたときの感覚とはこのようなものなのだろうなあ。

そこは少し入り組んだ「ミーティングポイント」というところで、暖かいとまでは言えないがギリ耐えられそうな寒さである。もうここしかないだろ!四人がけの席が空いていたので、僕はスーツケースやリュックを持って引っ越しをした。

先程の場所と比べれば寒くないというのが大きな利点なのだが、消灯されていて冷たい光がアイマスクのわずかな隙間から差し込んでこないというのも何気に嬉しい。

だが、人生そう上手くはいかない。この場所も一長一短であった。

まず、5メートル圏内に動画広告を流せる最新鋭の自動販売機がある。生茶の広告を永遠とループしていてこれがクソウザい。吉岡里帆が生茶を是非味わえだのどうのこうの語りかけていて、今度は脳内が茶畑だけになってしまったではないか。吉岡里帆は確かに美人だと思うし、声も愛嬌があると思うのだが、一晩で嫌いになった。

こんな状況で生茶を買う人間がいるとは到底思えない。この時間に大音量で広告を流すとはむしろ逆効果である。コンビニに入って生茶と伊右衛門が並んでいたら、僕は甘いお茶が飲みたくてもあえて伊右衛門を選択するだろう。それくらいアンチ生茶になるCMである。

大敵は生茶だけではない。僕の真後ろの席に寝ている中年女性の咳払いが酷いのである。1分に1度くらいの頻度ですこぶる大きな咳をするのだ。

吉岡里帆の咳払いは見たことがないが、彼女ならきっと可愛く咳をするだろう。僕はそういう咳なら許せるが、後ろで眠る女は全く愛嬌のないBOSEのスピーカーのような低音かつ爆音の咳払いである。多分、地声はヒコロヒーに似ているのではないかな。そのくらい低い音程である。

生茶・咳・生茶・咳・生茶・咳・ちょっと寒い・生茶・咳……

寝られる訳がなかった。しかし意地でも寝てやろうと思い、アイマスクを外さずにその場で耐えた。

起こされた要因は生茶なのか咳なのか、あるいはその両方なのか忘れてしまったが、いずれにせよ何らかの外的要因で起床した。

時刻は午前5時。なんだかんだ眠れたのか!?

ただ活動するにはまだ早すぎたので、もう一度眠りにつくことにした。今度は6時ちょうどに目が覚めた。午前6時になった瞬間にテレビがつく設定になっているのだろうか。NHKのニュース番組の音で目が覚める。

咳払いの女も起きていて、椅子に腰掛けてスマホを触っていた。まだ咳は止まっていないみたいだった。

生茶飲めよ、カテキン豊富なんだし。

もちろんそんなことは言えず、お手洗いでまた洗顔と歯磨きをして7時過ぎにコンビニで軽い朝食を買って、飛行機の離陸を見ながらそれを食べていた。

その後はしょぼいカードラウンジに向った。しょぼいカードラウンジとは別に僕だけがそう思っている訳ではないはずだ。11時くらいに来たおじいちゃんが「羽田のラウンジの方がええなあ!」と大きな独り言をしていたし。空港泊にしてもカードラウンジにしても、無論アクセスにしても羽田に軍配が上がる。

その後大学院の課題を二つ終わらせて正午を回ったくらいにチェックインカウンターへ向かった。90%くらい中国人が並ぶ列で、カウターに座る廈門航空の職員も皆中国人である。僕を対応してくれたのは30代くらいの女性の中国人の方だった。

「フクシュウ行きデスカ?」
僕は頷いてパスポートを手渡す。彼女がパソコンに僕の名前を入力している。

「明日バンコク行き。トランジットデスネ」
「はい。トランジットホテル、使えるんですよね?」
「それは行ってみないとワカリマセン。現地の職員にキイテクダサイ」

は!?まあなんとかなるだろう。今度こそは航空券を貰い、中国人民元を交換した後制限エリアへ向かった。

中国へ行く不安はある。しかしそれより成田空港から出られる喜びや未知の国へ入国するぞくぞくした好奇心の方が強い。

ゲートの前の席で座って搭乗時間を待っていると、昨日ベトナム航空のチェックインカウンターで対応してくれた朴さんの姿があった。

僕が一方的に気づいたので、彼へ話しかけにいった。

「朴さん!」
「あ、こんにちは!フライトは今日になったんですね」
「はい、昨日はお手数をかけてすみませんでした」
「いえいえ、何もできず申し訳ないです…」
彼は相変わらず腰を低くして話す。

「朴さん、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。お気をつけて」
彼は僕へ丁寧にお辞儀をした。この日、僕が最後に話した日本語であると同時に、最後に聞いた日本語でもあった。

僕と歳が変わらぬ新人の社会人が、異国の地で異国の言語を話し、しかも異国の人間に対して親身になってくれた彼を応援せずにはいられない。ベトナム航空、嫌いになったけれど、彼の対応でまたリベンジしてもいいかもしれないと思わされた。

ボーディングタイムになって、中国語で溢れる廈門航空の機内へ乗り込む。福州まで4時間半のフライト。CAも僕を中国人だと思っているらしく、中国語で機内食について聞かれた。英語で聞き直すと、炒飯かチキンライスどちらにするかということだった。注文したチキンライスは油ギッシュでまったく美味しいとは思わなかった。

隣の中国人老夫婦は全く英語を話せなかったが、身振り手振りでコミュニケーションを取った。テーブルの使い方とか席の倒し方とか諸々教えてくれる、素敵な笑顔が溢れる夫婦で、早くも中国人へのイメージは少し変化した。それに似ているのは朴さんと出会って韓国への印象も変わった。

旅をして、そこで人と出会い、新しい価値観が築き上がるというのはあながち嘘ではないと思う。

旅はまだ始まったばかりだし、なんなら始まってもいない。今回みたいに楽しいことだけではなくて、過酷なこともある。それでも旅を欲する理由は、得られる新たな経験やそれに伴う価値観の変容があるからなのではないだろうか。

未知のチャイナ、それも福州というこんな機会がなければ一生行かなかったであろう場所へ。そこで得られる価値観の変容は何だろう。そんなことを考えながら、現地時間19時頃に僕は中華人民共和国、福建省福州市へ降り立った。

つづく! 


※スリランカ旅行記の続編も投稿しますし、日常系のエッセイ、考察系のコラムも投稿する予定です!是非フォローしてお待ちください。お楽しみにー!!


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