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搭乗拒否のクリスマスイブ

クリスマスイブ、ベトナム行きのフライトで僕は一人成田空港にいた。異変に気づいたのは東京駅から出ている成田空港行きのシャトルバスの中だった。

ベトナム航空からの航空券に関するメールは一通だけで、そこに書かれた予約番号をホームページに打ち込むも永遠とエラー画面は変わりやしない。

おかしい。そもそも「予約完了」のメールだけという時点でおかしい。eTicketや航空券番号はどこを探してもないのだ。

だが、オンライン上でクレジットカード決済をしたはずである。年末のフライトということもあり、かなり前もって予約したのだ。僕はクレジットカードのアプリで8月、9月の明細を開く……が、ない。そこに「ベトナム航空」のベの字もないのである。

参ったなあ。これは航空券取れていないやつだわ。奇跡的に取れていることを願って、バスを降りてすぐにチェックインカウンターに並んだ。順番が回ってきて、僕はさぞ航空券を持っているかのような顔でパスポートをカウンターのお兄さんに手渡した。僕と同い年くらいの若くて爽やかな韓国人の方だった。左胸の名札に「パク」と記載されているのだから間違いない。

「こんにちは。ホーチミンですか?」
彼はとても流暢な日本語で僕に話しかける。僕が返事をすると彼はパスポートに記載されている名前をパソコンに打ち込んでいく。キーボードがカタカタと音を立てる。

「ん?」
彼の首の角度が少しだけ傾いた。彼はbackspaceキーを連打して再度僕の名前を入力した。

「んーー」
その首の傾きは床と平行になりそうなほどの角度がついた。

「お客様、eTicketか航空券番号を見せていただけますか」
僕はベトナム航空から唯一送られてきたメールを彼に見せる。そこには「予約コード番号」と「旅程表」しか表記はない。

「んーちょっと上の者に確認するので、スマートフォンお預かりしてもいいですか」
僕が了承をすると、彼はカウンターの端の方に座る中年の女性に事情を説明して指示をあおいでいた。僕がいたカウンターからは遠かったので何も聞こえはしない。飛行機に乗れることを願うようにして待っていた。

彼らが話しこむこと5分ほどで、朴さんとその上司がカウンターにやってきた。上司が口を開く。

「何らかの誤りでお客様は航空券が取れていなかったようです。なので303便のご搭乗はできかねます」
あーーーーーー、やはりそうか。航空券は取れていなかった。

しかし、僕は今でもはっきり覚えている。パソコンで航空券を取ったとき、支払いボタンを確かにクリックしたし、クレジットカード番号は間違いのないように3回くらい見直している。つまり、航空券が取れていないのは僕の過失ではなくベトナム航空のウェブ上の問題であるのだ。

「あの、これ僕が悪いんですか?カード番号は確かに入力したし、実際に支払いボタンをクリックした後にこのメールが来たんです」
上司と見られる女性は両手を腹の前に組み、下を俯きながら僕の話を聞いている。

「申し訳ございませんが、理由が何であれ、航空券が取れていないのでご搭乗はできません。申し訳ございません」
なんやこいつ、質問に答えろや。

「あの、僕の過失なのかどうか聞いてるんですけど」
「そうですね…おそらくお客様の過失であると思います」

ベトナム航空、クソだろ。確かにメールが一通しか来ないしeTicketも発行されないし、その時点でベトナム航空に一本電話を入れればよかったのだろうけれども。

「搭乗できないなら僕はどうすればいいんですか」
「お客様ご自身で再度航空券を取っていただくことになりますね…」

上司はその言葉を言い残すかのように、僕に浅く一礼をしてその場を去った。朴さんは一部始終を側で何も言わずに呆然と立ち尽くすようにして見ていた。

「私はお客様の力になりたいんです」
朴さんはその後、パソコンで他の航空券を調べてくれたり、僕が航空券が取れていないことに納得がいっていないことを話すとカスタマーセンターの電話番号を教えてくれたりした。が、そのカスタマーセンターは土日祝日は営業休止であるらしい。

その後も朴さんは色々と調べてくれた。

「こういうことってよくあるんですか?」
純粋に質問をした。

「一昨日も同じようなことがあったんです。予約はできているのに支払いができていない。私が担当ではなかったので詳しくは分かりませんが、日本人のおじいちゃんでした」
ああ、おじいちゃんかいな。僕のリテラシーはおじいちゃん同等かあ……いやいや、ベトナム航空、やはりWEBシステムがいかれてるんじゃないの。

それから彼はまた口を開く。

「実は空席があるので、乗せようと思えば乗せられるはずです。航空券もなぜカウンターで取れないのか……どうしてこんなシステムなのか、私にも分かりません」
朴さん、革命起こしてくれよ!

「私、ここへ来てまだ3ヶ月なので何もできないんです。本当にごめんなさい」
僕は「革命起こせ」なんて思っただけで口にしていないが、彼は僕がそう言ったときの返答のようにして言った。

もう僕の過失だから!!クレーマーでごめん。朴さんは悪くないし、何より誠心誠意対応してくれているのが嬉しかった。

僕は彼へ感謝と詫びの言葉を述べると、「何もできなくてすいません」と言って彼は再び立ち上がり、今度は背広を着た男性上司へ相談しにいった。

朴さん、本当にすまんな……

とはいえ、その背広の男も色々と立て込んでいるようで朴さんはその男の真横で何もせず立ち尽くしている。韓国の青年よ、革命起こしてくれ!

それから10分くらい待って、その背広の男が僕のところにやってきた。

「斉藤様、遅くなってしまってすいません」
遅くなったことよりこの乗れないという状況に対してまず謝罪してほしい。

「本部とただいま連絡をとったのですが、斉藤様の航空券は何らかの理由で取れていない模様でして……」
50代くらいの日本人のおじさんであったが、かなり腰の低い対応である。

「乗れないということですか?」
「そうなりますね……」
彼が言葉を発した後、彼は意味もなく頷いているように見えた。

「ウェブ上の過失ですよね?ベトナム航空側が何とかしてくれないと困るんですけど」
目上の人間に対して半ばキレ気味で話してしまったことに関しては反省している。まあそのくらい切羽詰まっていたということだ。

「理由は分かりません。どちらにせよ、新しい航空券をご用意していただくしかないですね」
その後、クレジットカードの限度額の制限は余裕であることや正しく入力したことなど諸々話をしたが、納得いかないのであればカスタマーセンターに電話を入れろの一点張りである。

「でも、カスタマーセンター土日やってないですよね?今日飛行機乗りたいんですけど」
なら週明けに連絡して、急ぎならJALからホーチミン行きが出ているからそれに乗れとのことだった。

このベトナム航空という会社はレガシーキャリアであるのにも関わらず、融通が効かず親身になってくれたのも朴さんだけであった。

結局、埒があかないので僕は303便を諦めることにした。朴さんにだけ深くお辞儀をして、「お忙しい中ありがとうございました」と声をかけてチェックインカウンターを後にした。

「ありがとうございます」
彼はマスクをしていたが、硬くいかにも無力そうな表情であることが読み取れた。

その後、背広の男に言われた通りJALだかANAのカウンターで、当日券を調べてもらった。

「本日、一番安いので片道27万円ですね」
ふざけんなよ。ベトナム航空のチケットはホーチミンを経由してタイのバンコクまで往復7万円で予約していたのだ。

そんなん、行けるはずもなく、僕は北ウイングの出発ロビーの椅子に腰掛けて呆然としていた。

ただ、何かしらのアクションを起こさなくてはならないと思い、その場でバンコク行きの最安航空券を調べた。

幸い、ビジネス目的ではなくタイに住む祖母に会うことが目的地であったから時間に余裕はある。明日、クリスマスの便なら安い航空券はまだ残っていた。

廈門アモイ航空 中国、福州フクシュウ経由バンコク行き
福州どこそこ。廈門航空って何やねん。しかもトランジット時間は17時間。中国に一時入国しなければならない。とはいえここまで来ると背に腹はかえられぬ。

福州経由バンコク行きは預け手荷物入れて片道4万円だし、帰りの東京行きの航空券はLCCのベトジェットエアで3万円。つまり当初の往復7万円が可能になる。もうこれしかない!!

僕は思考停止で中国経由という謎の航空券をインターネットで購入した。

コロナ以降観光客を大幅に制限した国家に果たして入国ができるのか。はたまた反スパイ法で不当に逮捕される日本人たちが後を絶たないという「ヤバい国」から無事バンコクに辿り着けるのか。

ていうか福州行きのフライトはちょうど24時間後じゃん。

自宅から成田空港までは片道3時間、交通費¥3,000もかかることを加味して、この聖なるクリスマスイブに空港泊が確定した。中国という得体の知れぬ国に不安を募らせ、超退屈な時間潰しの戦いが幕を開けた。

China is mystery〜♪


つづく!


【追記】
みなさんもお気をつけください。まじで!


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