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髭は切る派の高校生 (cutting student)

脱毛が巷で流行の兆しを見せている。永久脱毛をしてしまえば、「毎日髭を剃る時間がなくなります!」とか、「爽やかで清潔感のあるイケメンになれます!」とか、「長期的なコストが抑えられます!」とか、諸々のメリットがよくYouTubeの広告で流れてくる。

たしかに髭が永久に生えてこなければ、それはそれは便利なことであるとは思うのだが、「髭」という19世紀には権力を表すその象徴たるものを失わなくてはならないと考えれば、髭を脱毛することとはいかがなものかと思ってしまう。

当方、中学校の社会科教師になる予定。明治時代の内容を教える際、生徒から「先生、教科書から出てきたんですか?」と言われたいのである。

いや誰が自由民権運動やねんと、出身は薩摩でも長州でもあるいは土肥でもあらへんねんと、、そう声を大にして言いたいのだ。


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僕が初めて髭を剃ったのは高校1年生の夏だった。それまでは産毛で過ごしてきた。しかし高校1年生ともなるとその産毛も長期的に見たときのアメリカの株価みたいに成長するのである。

このまま伸ばせば中国の山奥にいる仙人みたいになってしまうのではないかという恐怖と、ただただモテたいという下心で僕はあるものを買った。

それは電気シェーバーでもT字剃刀でもない。某「恐竜(ダイナソー)」みたいな名前の100円ショップで買った、、、「鼻毛切りハサミ」。

髭を剃ってしまえば剛毛になってしまうという幻想を自分へ言い聞かせた。だがそれは、常時金欠高校生の言い訳でもあった。T字髭剃りは買い替えが必要でコスパは悪く、かといって電気シェーバーを買うことは金銭的負担が大きい。ならば、半永久的に使えて安価なハサミで代用しようという戦略である。

ただし、問題も内在している。本来鼻毛を処理するために作られたハサミであるため、深剃りなんて夢のまた夢。だがこのルーティンをやめてしまえば仙人への道であり非モテの道。このハサミは僕にとって欠かせない相棒になったのである。

相棒をはじめて手にしたときは、鏡を睨みつけて髭を「切った」。ナチュラルに残る髭は、ツルツルの剃った髭よりも「僕、髭薄いですよ」アピールができる点では優れている。そのナチュラルさを毎日演出するために、切って切って切りまくる朝が続いた。


相棒と出会って数ヶ月後のこと。部活の夏合宿が行われた。僕は弓道部だったため、ボストンバックへ袴や足袋、胴着を詰め込んだ。もちろん相棒も連れて行く。3泊4日の夏合宿において、「髭」ハサミを忘れれば、弓を引いているどころではなくなる。真っ先に相棒が所属するポーチをボストンバックへ入れた。

夏合宿2日目の朝、ついに相棒の出番がやってくる。真面目な友人たちは鏡より先に的に向き合ったが、僕は鏡に向き合おうとした。が、鏡は各部屋には設置されておらず共同の洗面台にしかない。しかも、僕の所属する弓道部は男女問わず所属する。朝の共同洗面台では女子部員が歯を磨いたり、髪を整えたりしているのである。

邪魔!!!!!
一人で髭を切らせてくれ。僕は自分の髭を切る姿を他人に見られたくないのである。

仕方なく洗面台で切ることを諦め、男子部員5.6人がいる相部屋で切ることにした。女子に見られるよりは心の通じ合った男子部員に見られる方がまし。

鏡がないため、何も見ずにノールックカット。毎日髭を切るとその手つきも慣れプロ級になったようで、トルコアイスのおじさんが成す技を見るかの如く、友人達が目を丸くして僕を見てくる。

「髭、切る派なんだ」

友人からの「切る派」という表現に違和感があった。なぜなら髭を切ることを毎日繰り返せば、髭を切ることこそ多数派であると思ってしまっていたからである。

「髭は剃るもんだよ」

一人の男子部員がそう呟くと、彼は鞄からキラキラと眩しく光るモノを取り出し僕へ見せつけてきた。その輝きたるや、眩し過ぎてTのシルエットしか確認できない。

「これあげる。多めに持ってきたから」

僕は黄金に輝くその代物を両手でありがたく両手で頂戴し、彼と共に洗面台へ向かった。

シェービングクリームを塗る彼の真似をして、鼻の下に白い泡を塗りたくり、いざ入刀。

「おおおおほ〜」

思わず口に出てしまうほどのその剃り心地に、水族館のショーで飛び跳ねるイルカの姿を見た時と同等の興奮を覚える。

この日から、僕にとって「髭」ハサミの相棒は「鼻毛」ハサミの旧友へ変化した。合宿終了後、T字髭剃りと共に電気シェーバーを購入。そのシェーバーが新しい相棒となった。

だが、これまで長らく苦楽を共にした旧相棒を無下に扱うことなんてできやしない。使用頻度は非常に少なかったが、シェーバーの横へお守りのように置いていた。当然、旅行の際もお守りとして肩身離さず持ち歩く。

タイヘ海外旅行へ行ったときもそうだ。僕は彼が入ったリュックを背負い、入場手続きを済まそうとしたが、金属探知機に引っかかる。

「刃物、もっていませんか?」

僕は旧友をリュックから取り出した。

「ありがとうございます。機内へは刃物の持ち出しは禁止されていますのでこちら没収させていただきます」

係員のその一言で、僕とアイツは永遠に別れた。久々の旅行で心は踊っていたのに、彼との別れが名残惜しく、足枷がついているみたいに足が重たい。


出会いがあれば別れもある。


僕は振り返ることなく、歯を食いしばって前へ前へと道を歩んだ。

タイから帰国後、バーツを日本円へ換金し、その換金したお金を握りしめてさっそく某恐竜みたいな名前の100円ショップへ入ったことは、旧友の彼へは秘密である。もちろん新たな鼻毛ハサミで髭を切ったことはなく、完全に鼻毛を切るものとして用いている。

きっとこんな話を、何年、いや何十年後、髭が似合う年になったとき思い出して言うだろう。
「髭を切るのは何年ぶりか、、」

明治時代に活躍した政治家のような面持ちで、そう呟くことがここ最近の目標である。国会開設よりも、憲法発布よりも、はるかに実現しやすそうな目標で、偉人たちには少し申し訳なさを感じながらも。


【追記】
現在、鼻毛切りハサミを卒業し、「鼻毛カッター」を導入している。これがええんだわ。二代目鼻毛切りハサミはまたも、御守りと化している。

「押すなよ!理論」に則って、ここでは「サポートするな!」と記述します。履き違えないでくださいね!!!!