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りんご箱に詰まった想い #シロクマ文芸部「りんご箱」


りんご箱を開けると、中にはたくさんのりんごの他に、即席ラーメンや賞味期限の切れた食パン、それに便箋が添えられている。

「今年も真っ赤なりんごが生りました 幸子」

便箋にはそれだけが書いてあった。

「おうおうサッちゃんかい。こりゃありがたいねぇ」その一文と、紅く艶やかなりんごだけで、こっちにゃ十分伝わった。

話は五年程前に遡る。

「なぁ君、ちょいと友人が困ってるんだが相談に乗ってやってくれないか」
馴染みの居酒屋でお猪口を煽り、ケンちゃんが言う。
「おう構わんよ。それで相談ってのは一体どんな用件だい」
「そいつは本人から話してもらおう。君が良けりゃ今から来てもらうが」
「こっちは一向に構わねぇよ」

店の黒電話を借り、ケンちゃんが電話してから30分程で相談主が現れた。

「幸子です、宜しくお願いします」
目の前にいるのは女優かと見まごうような美人だ。
「おいおいケンちゃん、こんな美人さんなんで今まで紹介してくれねぇんでい」
冗談めかして言った。勿論照れ隠しだが。
「すまんな君、サッちゃんを会わせたら君が惚れちまうと思ってな」
「おう、早速惚れちまったよ。んで相談ってぇのはこっちへの恋煩いかい」
「君きみ、冗談は顔だけにしたまえよ。サッちゃんちのりんごの実がね、様子がおかしいのだそうだよ。なぁサッちゃん」
「はい。「いつもの紅色ばかりでなくて、たまには他の色になりたい」と言うんです」
「ええっと…、それは誰が言ってるんだい」
「りんごがです」
「りんごがかい」
表情も変えず、当たり前のように奇怪なことを言う。用があるのはこっちじゃなくて医者なんじゃないか。
「すみません、アタシ、変なこと言ってますか」
顔に出ちまったらしい。まぁ、間違いなく変なことを言ってるけどな。
「サッちゃんにはりんごの声が聞こえるってことかい」
「はい、家が農園で、子どもの頃からずっとりんごとしゃべってます」
こいつぁいよいよ病気かもしれねぇな。
「それでいつもは紅いりんごが今年は他の色になりてぇと言う」
「そうなんです」
りんごも駄々をこねるってか。
「まぁいい。ケンちゃんよ、兎にも角にも実際行って見てみらぁ。百聞は一見にしかずってやつだ」
「あぁ君、是非頼むよ」ケンちゃんが言い、「お願いします」とサッちゃんが言った。

翌日早速りんご農園に行くことにした。とは言え歩くにはちょいとばかし距離がある。

「なぁ兄ちゃん、自転車貸してくれんかね」
図書館に行き、黒縁眼鏡の兄ちゃんに自転車を借りることにした。
「何故」
相変わらずこちらを見ない。二文字。
「いや、かくかくしかじかでよう、人助けだと思って貸してくれよ。半分俺の自転車みたいなもんだろう」
理由は理由だが、金の出どころはこっちだからな。
「今度はちゃんと返すっちゃ」
今度はこっちを鋭い眼光で睨めつけて言った。「ちゃ」が気になるが、そんなことはどうでも良い。
「おう、サンキュ。恩に着るぜ」こっちが言うと「あい」とまたこちらを見ずに返事をした。「あ」が気になる。

朝飯も食わずに家を出たせいで腹が減っちまった。腹が減っちゃりんごも紅く生らねぇ。

借りたチャリンコで商店街を爆走する。
「よう大将、揚げたてのメンチを二つ」
「おう、今日はサービスだぜ。片方爆弾仕込んでやった」
食べてみると、メンチの中からウズラの卵が出て来た。
「大将こいつもなかなか良いね。メンチの肉汁でウズラも喜んでらぁ」
「そうだろう、これぞ正にコロンブスの卵ってやつだ」と大将ガハハと笑う。全然違うような、あながち違くもないような。
「ところで大将、りんごもしゃべったりするもんかね」
「そりゃアンタだってしゃべるんだから、りんごがしゃべらねぇ道理はないだろ」
「なるほどそりゃあそうかも知れない」
土産のコロッケを買って店を出る。

りんご農園まではチャリンコかっ飛ばして20分程かかった。
「こんちわー」と呼びかけるとサッちゃんが「わざわざありがとうございます」と言って、そのまま農園に案内してくれた。そして実際に見ておったまげた。いつもならもう真っ赤なはずのりんごが、白やら青やら黄色に緑、なんだか別の食いもんに見えら。
「こいつぁびっくりだな」
「はい、いつもはちゃんと紅いんですけど…」
サッちゃんは農園のことをいろいろ教えてくれた。
「アタシちょっとお飲み物用意しますね」
そう言って母屋の方へ駆けて行った。

「よう旦那、さっちんのこと、なんとかしてやってくれないか」
何処からか声が聞こえた。が、周りには誰もいやしない。見渡す限り、りんごの木。さっちん?
「もしかして、こっちに話しかけてんのはお前さんたちかい」
嘘のようだが他に考えようがねぇ。
「お、旦那も俺っちの声が聞こえんのかい。そりゃ話が早ぇな」
こっちは全く合点がいかんよ。
「さっちんよ、俺らのこと気にして嫁ごうとしねぇんだよ」
どれだかわからんが、りんごのどれかが話し始めた。

りんごが言うにゃ、サッちゃんは好きな人がいるが、相手が農園をやってくれるかわからないからと相手に想いを伝えられず、それで農園のこと嫌になればサッちゃんが自由になるんじゃないかと駄々をこね、いろんな色になったのだと。両親が亡くなってからはサッちゃん一人で農園頑張ってるから、りんご側も自分たちのことよりサッちゃんに幸せになってもらいたいのだと。なんだか泣かせる話じゃねぇか。
「なるほどなぁ。わぁった、そんじゃこっちがその男に気持ちを聞いてやらぁ」

サッちゃんの出してくれた麦茶をグイッと飲み干し土産のコロッケを渡して、そのままりんごから聞いた住所に向かってチャリンコを飛ばす。

「こんちわー、こちらに一郎さんはいらっしゃるかね」
玄関前で呼びかけると、「はい、僕が一郎です」と、これまた銀幕スターかと思うような長身美形の男が出て来た。なんだか世の中公平じゃねーなと、少々不満を感じる。
「かくかくしかじかでよう、サッちゃんちのりんごが紅くなるのを拒否してやがんだ」
挨拶もそこそこに、早速事情を説明した。
「そうだったんですね。幸子さんには僕の方からお付き合いをお願いしていたのですが、僕に迷惑をかけると断られてしまって」
聞けば一郎さん、俳優目指して修行していたそうだが、そろそろ潮時を感じていたんだそうだ。
「そうかいそうかい、それなら話が早ぇな。一郎さんよ、ちゃっちゃと支度してくれよ」

めかし込んで出て来た一郎さんを後ろに乗せ、りんご農園まで息を切らせて立ち漕ぎで全力疾走した。ったく世話の焼ける奴らだぜ。

「ようようサッちゃん、一郎さんが話があるってさ」
一郎さんを見た瞬間に、サッちゃん顔を真っ赤にしてらぁ。よっぽど惚れてんだなぁ。
「あの、幸子さん。僕に農園を手伝わせてくれませんか。今の僕の一番の夢は、生涯あなたの側にいることなんです」
顔が良けりゃ声まで良い。これで芽が出ないとは、役者も難しい世界だな。聞いててこっちが惚れちまいそうなくらいだよ。
「本当に…良いんですか、ご迷惑じゃないんですか」
だからそう言ってんじゃねぇか。
「はい、僕と正式にお付き合いして頂けますか」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
真っ赤に染まったサッちゃんの頬に涙が流れた。

「旦那、ありがとよ」
声を辿ってりんご農園に行くと、さっきまで好き放題だったりんごの色が、すっかり真っ赤になってらぁ。
「ありがとうございました」
サッちゃんにもその声が聞こえてて、全てを理解したようだった。

間も無く2人は伴侶となり、それ以来、秋には毎年真っ赤なりんごを送ってくれる。

「りんごは丸齧りに限るね」軽く洗ってそのまま齧る。

1人の部屋に、シャリっと乾いた音が鳴り響いた。

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