見出し画像

マリリンと僕33 〜嵐の予感〜

『恋する教室』 第4話あらすじ
影山が優麻と会ったのは、優麻の想いを受け入れることは出来ないことを、直接伝える為であった。影山がそう説明しても、既に月野に気持ちが向いている三原は、素直に話を受け止められない。一方月野の恋人の絵莉は、月野と三原のLINEのやり取りを目撃してしまい…。

「どちらが良いですかね」
マネージメント事業部の部長、松岡さんがテーブルの上に2枚の紙を置いた。引っ越し先候補の物件情報だった。
「場所の希望があったから、この2件しか候補があげられなくてね。申し訳ない」
「いえ、こちらこそわざわざすみません」

どちらもいつもの公園まで徒歩15分圏内だ。しかも今暮らしているのは6畳の1Kなのに対し、1LDKの間取り。僕の負担は3万円で良いと言われているし、そもそも住む環境にこだわりが無いから、どちらでも構わないというのが正直なところだった。

「事務所的にどちらが良いとかはあるんですか?僕はどちらでも問題無いです」
「萱森はこちらが良いと言っていたよ。車の出し入れがしやすくて、周辺住民にも気づかれにくいと思うって。彼女は現地も見てくれてるから確かな情報だと思う」
「でしたらそこでお願いします」
「実際に部屋も見てみますか?今日どちらの部屋も見れるようお願いしてあるので」
「それでしたら是非。細かいこだわりは無いですが、一応見てはおきたいです」
「じゃあ今準備しますから、ビルの正面で待っていて下さい。車を回します」

言われた通りに待っていると、松岡さんの運転する車が目の前の道路に停まった。僕が助手席に乗り込むと、松岡さんは車を走らせた。

「ドラマ、好調のようですね」
松岡さんが言った。
「影山君がすごいからだと思います。見ていてとても勉強になります」
僕は心からそう感じている。
「彼は本当に素晴らしい。もっと良い時間のドラマでも、十分主演が出来ます。でも、月野さんも高く評価されてますよ」
ハンドルを左に切りながら、一瞬僕に笑顔を向けた。
「そうなんですか」
「エゴサーチとかされないんですか?月野さん、広い世代から評価されてますよ。あと、菅原さんも」
菅原は同じ劇団の歳下の先輩で、俳優と言うよりは、ミラノコレクション辺りのランウェイが似合いそうなルックスの持ち主だ。それでいて今回は国語の教諭役だから、そのギャップがウケているらしい。
「嬉しいですね。菅原さんもはりきってたから」
「月野さんは、本当に他者思いですね」
「え?」
「全然自分のことを語らないし、他者を褒めて、他者の喜びを喜んで。自分の評価はほとんど気にもされない」
「僕のは何も考えてないだけです」
褒められるのは、何だかむず痒い。
「謙遜し過ぎですよ」
松岡さんはそう言って笑った。
「そういえば、マリリンさんのこと、お聞きしましたよ。ドラマに出たがってるって」
「すみません、僕あまりに無知で、事務所が城山グループと繋がりあるのも全然知らなくて。マリリンのことは個人的に知っていて、出たがってる子がいると何の気無しにディレクターさんに話したら、こんなことになってしまって」
どうか個人的に小学生と知り合いという部分はツッコまないでほしい。
「そういうことなんですね」
どうやらスルーしてもらえたようだ。
「で、どういったお知り合いなんですか?」
してもらえていなかった。でも、萱森さんにも話したし、今さら隠す必要も無いだろう。そう考えて、マリリンとの出会いやどんな存在なのかを松岡さんにも説明した。
「へぇ、それはとんでもないラッキーガールですね。幸運の女神だ」
「はい。だから、ドラマに出られるのも僕の力じゃないと思ってるんです」
全てはマリリンのおかげだ。
「それは違いますよ、月野さん。少なくとも私の周りの人間は皆、あなたに惹かれています。演技もそうですし、人柄にも。成功者には成功に至るきっかけがあります。だけど、そのきっかけを活かすも殺すも本人次第なんですよ。きっかけがあっても活かせずにいる人を、私はこの業界でたくさん見て来ました。それに、きっかけが有っても実力が無ければ評価はされません。どの業界でも、それは同じです。きっかけはもしかしたらマリリンさんだったのかも知れないですが、今、月野さんが評価されているのは、全て月野さん自身の力ですよ」
普段は温厚で静かに話す松岡さんだが、言葉に強い力を感じた。自分を認めようとしない僕を鼓舞するような、強い想いが込められているようだった。

マンションの見学はスムーズに終わった。萱森さんのオススメの方にすることにした。地下に駐車場があり、人目に触れずに出入りが出来る。

見学を終えて、松岡さんと別れた。

今のアパートまで歩いて帰る途中、桜井から連絡が入った。
「プロデューサーから直々に脚本の修正依頼が来たよ」

何かが動いているようだ。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?