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仕事始めの前日に

 トゥントゥントゥトゥン・トゥン♫
 トゥントゥントゥトゥン・トゥン♫

年末年始休暇、最終日の朝。長い休みの終了をスマホが告げてくる。この時間は、起きてから出勤に間に合うギリギリの時間だ。昼夜逆転した生活リズムを矯正するためには仕方が無いが、眠りを妨げた大罪を許せない。少しだけ乱暴にその音色を止め、気合を入れて身体を起こした。

積んだままの本、録画しっぱなしのドラマ、気になっている漫画…。この機会にやりたい事はいくらでもあった。けれども、テレビからは特番や話題の映画が流れているし、日頃連絡をとっていない連中からのお誘いもある。私は限られた時間としたい事の見積りがいつも甘いから、あっという間に休みは終わってしまう。案の定、今年の正月も出来た事は一つもない。

夏休みの宿題のように、最終日になって後悔する小学生と変わらない。20年前から変わっていない自分に愕然とする。「後でいいか」という言葉は、自分にとって「いつまで経ってもやらない」と同意だとそろそろ理解すべきだ。と、深く反省するものの、心の奥底では「また繰り返すだろうな」と気づいている。

窓の外に目をやると、そんな想いを吹き飛ばすかのように久々の青空が広がっている。
「これは、お出かけするしかない…」
直感に身を委ねて初詣をして初売りを見に行く事を決めた。何を着て外にでようか悩んでいると、積んだままの本達が私を睨む。自分は直感型だからさ、と誰にするでもない言い訳をして準備を進めた。

***

「なんか、いい事あるといいな」
具体的な願いは無いが、とりあえずマスクをつけて初詣に向かう。参道にはまばらな行列ができていた。案内の人に促されて、アルコール消毒をする。人々が祈祷する姿を眺めながら漠然とした幸せを胸にお賽銭を投げ、両手を合わせる。

大通りを歩いても今年の人出はやはり少ない。訪れる先々でアルコール消毒をしては商品を物色する。とある店で福袋が三つほど余っていた。年末に目をつけていたブランドだ。接客する店員さんの笑顔に負けて、その購入を決意する。どの福袋を選ぶべきか…。神社以上に真剣に悩んだ末、1番奥のそれに決めた。

17時前、太陽はとうに姿を隠している。先ほどの陽気が嘘のように、寒さが肌を突き刺し始めた。少し悩んだが、最寄駅からタクシーで帰ることにしよう。それでも久々に歩いたものだから、心地いい疲労感をまとっている。このまま家に帰り、お風呂に入って、ビールでも飲めば気持ちよく眠りにつけそうだ。

***

帰り道、最寄りのコンビニで弁当を買おうとそこでタクシーを降りた。店内には、大晦日も元日も働いていた店員さんが同じように働いている。

「この人は、ちゃんと休めているのだろうか?」
ちょっとだけ心配になる。いや、この店員さんだけでは無い、お守りの受付を笑顔でしている巫女、真剣な面持ちで祈りを捧げる宮司、初売りで優しく対応してくれた販売員、丁寧にハンドルを握るタクシー運転手…。みんな顔すら覚えていないけれど、おかげさまで良い日をすごせた。

***

コロナ禍で人との接触が断たれた。人の動きが封じ込まれただけで、こんなにも社会が停滞するのかと実感せざるを得ない。社会にとって人の動きは必要不可欠で、人はまさに血液のようなものだと思う。

感染しても危険だし、社会が停滞すれば、経済苦で自殺する人は出てしまう。苦い顔をする飲食店店長をしている友人の顔が過ぎる。「独り身だから感染しどうなってもいいかな…」なんて考えも浮かぶけれど、自分がウィルスを運ぶ媒体となって、誰を傷つけたくは無い。どうすべきかだなんて、答えは出ない。

***

部屋の電灯をつける。手洗いうがいをして、お風呂にお湯を張る。インターネットを接続し、テレビをつける。これらも、今働く誰かのおかげなのだろう。もう間も無く、充実した休みが終わる。

多くの人に自分の休日が支えられ、癒しをもらっている。自分の仕事が始まると、正月から働く人たちが休んでいるかも知れない。その人たちが心置きなく休めるよう働こう。そんな事を再確認して、翌朝のアラームをちょっと早めに設定し直した。

#はたらくということ


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