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似顔絵の宿題(AI)

北上 春人(はると)はまだこの世に生まれてから2000日と少ししか経過していない小学1年生だったが、純粋で真面目な男の子だった。母親と父親に深い愛情をもって育てられ、また彼も両親を愛していた。ペットのレオ(ダルメシアン・三歳)とは厚い友情で結ばれ、学校には人間の友達もたくさんいた。

九月のとある金曜日、春人のクラスを受け持つ初老の担任教師はこういった。

「月曜日までに、お母さんかお父さんの似顔絵を描いてきましょう」

そして配られた正方形の画用紙をもって、春人は帰宅したのだった。

春人は画用紙を貰ったその瞬間から、お父さんを描こうと決めていた。四月の入学時にもらった色鉛筆を取り出して、父の帰宅を待った。

父は19時を過ぎた頃に帰り、そのまま三人で夕食を摂った。その後、いつもならテレビ番組を見ながら団らんの時間を過ごすはずだが、春人は画用紙をランドセルから取り出し、言った。

「宿題でお父さんの似顔絵を描くから、そこにいて」

春人の言葉に父はソファに座りながらすこしだけ驚いたが、すぐに柔らかく微笑んで了承した。父はどことなく嬉しそうな表情をしていたが、6歳の春人にはまだその理由がわからなかった。

彼の色鉛筆は36色入りの豪華なモノで、色を選ぶという作業も楽しかった。髪の毛には"こげちゃいろ"、服には"ふじいろ"、肌の色には"うすだいだい"……色を選んでは、見たままに父の顔を描き上げていった。

15分ほどして、春人は似顔絵を描き終えた。描き終えたのだが……どこか納得がいかない。なんとなく、まだ何かが足りない気がするのだ。

父の背後に描いたのはパソコンで、それは前に言っていた「父さんはプログラマーという、パソコンを使う仕事をしてるんだ」という言葉に由来していた。

描き終えたものの納得がいっていない息子の姿を見て、父は「絵を見せてくれないか?」と尋ねたが、春人はこれに強い抵抗を示した。彼の語彙ではまだ言葉にできなかったが、"まだ完成していないモノを人に見せたくはない"という彼の中の美意識がそうさせた。

結局、「しあげがまだだから!」と言って彼は似顔絵を一旦取りやめてしまった。父は残念そうに微笑むと、風呂に入る支度を始めた。

父が風呂に入ると、春人はまた画用紙を取り出してじっとそれを見つめた。何かが足りない。具体的に言うと、もっと"かっこよさ"が足りないのだ。

春人は自分の父のことを"かっこいい"と思っていた。車が運転できるし、この前はディズニーランドに連れていってくれて、パレードを見るために肩車もしてくれた。色んなことを知っているしそれを春人に教えてくれる。回転寿司でも、春人の二倍以上食べることができる。パソコンに向かっているときなど、リラックスしながらも高速でキーボードに何かを入力しており、そんな姿は春人の目にはとても魅力的でクールに映るのだった。

しかし、その魅力がこの似顔絵にはない。それが春人には我慢ならなかった。父の魅力を表現するには、この似顔絵では不十分だ。春人は考えた。何がいけないのだろうか……色使い……構図……画材…………。

そしてふと、担任の先生が言っていた事を思い出した。

「似顔絵を描いてきてください。画材は何を使っても構いません」

画材は何を使っても構わない。これは、色鉛筆でもクレヨンでもサインペンでも絵の具でもいいということだ。つまり使用する道具……そこに制限はないのだ。なんでもあり、バーリトゥードという奴だ。

ということは、使っても良いハズだ…………AIを。Stable Diffusionを。

春人はリビングのパソコンを起動させた。

まずはスペックを確認、北上家のリビングに設置されているパソコンのGPUはNVIDIA GeForce GTX 1070 Ti 、画像生成AIを導入するには足りるスペックだ。次は環境構築、Python、Git、CUDAをインストールし、GitHubからStable Diffusionをダウンロード。Zipファイルを解凍後、Hugging FaceからAI画像生成の学習モデルをダウンロードし、ファイル名を書き換えて指定されたファイルに格納する。webui.batファイルをダブルクリックすると黒いコンソール画面が表示される。コマンドラインの自動送りが続き、しばらくして表示されたリンクをコピーしてブラウザに入力……。

PC側の支度を終えると、春人は母親のスマートホンを借りて先ほど描いた似顔絵を撮影した。ゴミ取りなどの簡単な画像補正を終えた後にPC側に転送する。画像サイズを調整したのちに、Stable Diffusionのimg2img(画像から画像を生成する機能)の画面にアップロードした。

まずは簡単なprompt(命令文)から試してみる。「Father with glasses.」(眼鏡をかけたお父さん)と入力し、各種パラメータを調整する。Sampling Steps は20、CFG Scaleは7、Denoising strengthは0.68にしてSeed値には父の誕生日である0416と入力した。"Generate"ボタンをクリックする。

すると進捗状況を表すメーターが表示され、そのメーターが少しづつ100%に近づいていく。そして30秒ほど経過した後、画像が生成された。

「まあまあかな……」春人は思った。彼の父の姿を表現するのに元の絵よりは少し近づいたようだが、まだまだ足りない。服もよくわからない構造になってしまっているし、何より自分の父はもっともっとかっこいい。

春人はAIに命令するため、promptに追加して入力した。「More dandy. green tie(もっとダンディに。緑のネクタイ)」。"Generate"ボタンをクリックしてしばらく待つ……。

そして出力されたのがこうだ。

「ふむ……」春人はその似顔絵を見つめて少し納得しそうになったが、いやまだまだだと考えなおした。彼の父親はもっともっとかっこいい。そしてさらに、最初に描いていたはずのパソコンが消えてしまっていることにも気が付いた。あれは父のパーソナリティを表す大事なモノなのに。

(ぼくが描いたパソコンを勝手に消すなんて、このポンコツAIめ。父さんのかっこよさも表現できていないし、まだまだダメだ。こうなったら、徹底的にやるぞ!)

春人は両手をぐっとにぎると、気合を入れてキーボードに指を降ろした。最終的に、彼がAIに命令したpromptは以下のようになった。

「A man in a suit with a green tie is in the computer room. He is the best-looking man in the world. Cooler than Johnny Depp, handsomer than Keanu Reeves, dandy than Leonardo DiCaprio. Beautiful composition. Intelligent, with a clear eye. Fast on his feet. He is tall. Big eater. He loves his wife.(緑のネクタイをつけたスーツの男性がコンピュータールームにいる。世界一のイケメン。ジョニーデップよりクールで、キアヌリーブスよりハンサム、レオナルドディカプリオよりダンディ。美しい構図。理知的、目元がキリっとしている。足が速い。背が高い。大食い。妻を愛している。)」

そして、春人は出力されたそれをプリントアウトした。

◇◇◇

もうこうなったら仕方ない。1年1組、北上 春人の担任教師は手元の似顔絵を見ながら腹を決めた。明らかに常軌を逸しているが、本人が「自分が描いた」と言っている以上認めるしかない。

どうやって描いたのかと春人に聞いても「色鉛筆とすてーぶるでぃふゅーじょん」としか言わないし、詳細な説明を聞いても彼にはちんぷんかんぷんだった。彼にとってパソコンで絵を描くというのは、windows標準機能のペイントがせいぜいだ。

生徒を疑うのは悪いと思ったが、インターネットにある画像を盗用したのではと思い、職員室の若い男性教師に「この画像はインターネットにある画像なのか調べてくれないか」と頼んだ。しかし、画像検索にかけてもその似顔絵に類似した画像は見つからない。それはもちろん、春人がローカル環境で生成したオリジナルの画像なので当たり前なのだが。

却下する理由がなくなったので、彼はこれを"正式に提出された宿題の似顔絵"として扱うと決めた。用具倉庫から脚立と画鋲を取り出し、自分の担任クラスへと歩き出す。教室の後ろに、皆の作品を掲示するためだ。




授業参観が、週末に迫っていた。


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