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キング

エゾゼミが朝から絶好調で鳴いています。
標高1100m超のここのセミは主に「ジィーーーッ」と鳴くエゾゼミです。
あらゆる昆虫たちがその数も音量もサイズも増していく夏。

ある日の営業中のこと。
スマホが鳴ったので見ると、店の隣に住む姉からです。
店内にはお客様がいらしたけれど、姉が電話をかけてくるのは珍しいので「緊急事態か?」と思い、慌てて「どうした?」と小さな声で応答しました。
すると、興奮した声で姉がまくし立てます。

「あのねあのね! 今ね、うちの庭の木にものすごい大きなシャクトリムシがいてね! もうすっごい大きいやつ! そしたら、そのでっかいシャクトリムシのところに今度は上からめっちゃ大きいマイマイガの幼虫が降りてきて! それで2匹の頭が向かい合ってどうなるんだろうと思って見てたらさ!」

そこでわたしが戸惑い気味に「う、うん……」と小声で言うと、「あっ! お客様いるの? じゃあいい、ゴメンまた後で」と姉は通話を切ろうとしました。
でもそこまで聞いてどうしても続きが気になってしまったわたしが、「大丈夫、続き言って」と促すと、姉は続けます。

「そしたらさ! 降りてきたマイマイガの頭と、シャクトリムシの頭が当たって!!(鼻息&言葉にならない声)
それで双方の虫がうっひゃひゃひゃあ~ってやり合って!
もう超気持ち悪くて!(鼻息&言葉にならない声)
結局マイマイガの方が退散して、結果はシャクトリムシの勝ちだったんだけど!(鼻息&言葉にならない声)」

「動画撮ったの? 写真は?」と引き続き小声で話すわたしに、「そんなの気持ち悪くて撮れないよ! じゃあそれだけ。お邪魔しました~」と言ってサッサと通話を切った姉。
録画しなくても、姉の脳内には鮮烈に記録されていたようです。

その後、お客様のいない時間帯に隣家の件の木を見に行ってみると、敗者マイマイガは見当たりませんでしたが、勝者シャクトリムシを発見。
体長はなんとゆうに10cmはあろうかという初めて見るほどの巨大さで、ムシャムシャと葉っぱを食らう様はこの上なく気持ち悪く、そしていくらなんでも体が長すぎる。
わたしの中指よりも長い(わたしは指が長いほうです)。

横で一緒に眺める姉が、
「さっきはね、幹のちょっと窪んだところにじっとして擬態していたから、もう完全に幹にしか見えなかったんだよ。そこへマイマイガが降りてきてぶつかって動いたからシャクトリムシがいるってわかったの。これはもうキングだよね。キングオブ虫!」
と、またしても興奮気味に解説していると、そのキングが食事を終えて移動し始めました。

巨大なシャクトリムシの移動する際の体の動かし方がこれまたおぞましく、「うっわ、キモイキモイキモイ! やだやだやだやだーっ!」と言い合いながら、それでも並んで巨大シャクトリムシを恐る恐る凝視し続けるオバサン姉妹。
嫌いな虫が「そこに居る」のも嫌なんだけど、移動して「所在が不明」になるのはもっと嫌、というこの心理、わかっていただけますでしょうか。

移動したシャクトリムシは、姉が証言した「さっき居た幹の窪み」まで来るとピタリと動きを止めて、窪みのラインに沿って体を落ち着けて動かなくなりました。
するとどうでしょう、もう完璧に幹にしか見えないのです。
そこが擬態に適した安全な場所だと認識して、食事の時以外はその窪みにいることにしているなんて、まさにキング!
食堂と寝室をちゃんと分けて暮らしているのですね。
バスルームとか書斎とかもあったりして。

だけどよく考えるとキングといえども、蛾の赤ちゃん。
あのキング、いったいどんな蛾になるんだろうなと、嫌いなのに興味津々でいたのですが、結局数日後に城であるその木から忽然と消えていました。
どこか別の場所で蛹化して無事に羽化したのか、あるいはスズメバチや野鳥にさらわれたのか。
あれだけの大きさだと運ぶのも大変だと思うけれど、かなりの収穫でしょうね。

そしてつい先日も、隣に住む姉からLINEで「今、真っ白な毛虫いた!! びっくり!」「肌色の突起あり。殺しちゃったけど」などと送られてきました。
毎度毎度わたしの「写真を撮って」という懇願を無視して文字だけの報告をしてくる姉。
毛虫は嫌いなのに鳥肌を立てながら画像検索して名前を調べたり、覚えたりしてそしてまず殺さないわたしと違って、姉は調べも覚えもせずに抹殺。
同じように毛虫嫌いの姉妹でも違いがあります。

毎年、見たことのない虫を発見しては驚いている山暮らしの夏です。

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