「夢と金」を読んで心がえぐれた
はじめに、この話は自分に向けて書いたnoteだ。そして多くの内容は父ちゃんとぼくについて書かれている。
なぜなら「夢と金」はぼく一世代の話ではなく、父子の話しだからだ。
内容には脚色も体裁もなければもちろん有益性もないと思う。ただ、もしかしたら20代には少しだけ反面教師になるかもしれない。
とにかくこれはぼく自身に向けたnoteだ。
夢をあきらめた経験
まえがきで涙目になった。思考よりも先に感情が揺さぶられたからだ。
問いかけでフラッシュバックしたのは、16の進路相談だった。
ぼくはこの時、一番好きだった服飾の道を秒で切り捨てた。
なぜか?金にならないと思ったからだ。
「夢で飯は食えない」
誰が言ったか、どこで聞いたかもわからないこの一言に人生の大切な決断を委ねてしまった。
この経験がぼくを夢から遠ざける最初の一歩だったのだろう。
当時にタイムスリップして全力で叱り付けたい、ふざけるなと。
金のないものの惨めさ
ぼくは、金持ちではない。かと言って貧乏でもない。ぼくなりに必死で貧乏を回避するためにがんばったからだ。
でも、ぼくの家庭は貧しかった。ランドセルは兄のおさがりだったし、鯉のぼりも、カブトもぼくだけは持っていなかった。
ぼくが小学生の頃は本当に酷くて、家に帰れば父ちゃんと母ちゃんが毎月の資金繰りで喧嘩をしていた。
そんな姿を見てきたぼくは金のない惨めを死ぬほど知っているつもりだ。
だからぼくは貧乏が大っ嫌いだ。
今これを書きながら、ぼくの時間があそこから1秒も進んでいないことに気づき、死ぬほど心が痛い。
大好きで憧れだった父ちゃん
今、ぼくのとうちゃんは病院にいる。
筋骨隆々で現場を飛び回っていた強かった父ちゃん。
すっかりその面影は消え、枯れた体は病院のベッドに縛りつけられている。
パーキンソン、認知症の父ちゃんは自力では食事が取れず、ゼリーを1つ食べるのにも介助を受けて10分以上かかる。
おととい、主治医にいよいよ胃瘻にするか、それとも・・・と、家族会議を勧められた。
父ちゃんは家族のためにめちゃくちゃ働いていた。
父ちゃんにだって好きなものや夢があったはずだ。
でも家族5人を養うために、むちゃくちゃに頑張ったのだ。
だから彼には趣味がなかった。
それが、パーキンソンになって働けなくなった父ちゃんをボケさせた原因からもしれない。テレビ以外にやる事がないからだ。
もちろん、趣味らしきことをやろうとしても手遅れだった。自分のために何かを楽しもうとすること自体も忘れてしまったからだと思う。
金がいるときは必ずくる
社会人の初ボーナスで兄と両親にハワイ旅行をプレゼントしたことがある。二人の旅行代金を出すのが目一杯で、ぼくらは一緒には行けなかった。
母ちゃんから聞くには、父ちゃんのはしゃぎっぷりはそれはすごいもので、ヒルトンホテルのバケーションの会員権(当時300万円)のローンをつかまされるほどだった。
曰く、何もない父ちゃんは資産になるという言葉に勝てなかったんだろうとのことだった。(ぼくはヒルトンが嫌いだ)
その日から父ちゃんはハワイにもう一度行く事が夢になった。
あれから16年が経つ、その夢はおそらく叶えてあげる事ができない。
16年もの間、その夢を知りながらハワイに行かせることもできなかった自分の非力さ、まぬけさに後悔をしている。
ここで断ち切る
長くなってしまったので、そろそろ終わらせようと思う。
ぼくの「夢と金」は父子の話しだ。だから父ちゃんについてきちんと受け止める必要があり、こうして書き綴ってきた。
父ちゃんは5人兄弟の末っ子だった。再婚なのか兄弟は微妙に顔が違う。父ちゃんの父ちゃんは富裕層だった。でも父ちゃんが小さい頃に、父ちゃんの家は破産をした。
おそらく一家離散。そんな中でも父ちゃんを除く他兄弟は金持ちになっていった、
なぜだ?ばかだったから?
運が悪かったから?営業力がなかったから?
違う。父ちゃんは金について教わらなかったからとしか言えないじゃないか。
ぼくはこれを親戚が集まる法事の席でうっすら感じ取った。
ぼくはお金をひどく憎んでいる。大好きな父ちゃん、
尊敬する父ちゃんを一生困らせた金をそれはもう死ぬほど憎んでいる。
だからぼくは金持ちになるというまがいものを夢にしてしまった。
この金のないという連鎖を断ち切るために。
でもそれは違っていた、夢か金かじゃない。
夢のために金が必要なんだ。
なんでこの年で気づいた。
40手前、今もう、大切な人を手放しかけている。
逃げるな!夢から逃げるな。金を呪うな。
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