見出し画像

恵みの一日

楽しい2月29日!
生きている私にとって今年は恵みの年
急げ!私の愚かな心よ
おまえの特権をもぎ取るのだ!

──ウォルター・デ・ラ・メア


久しぶりに会った友人とお茶を飲んでいた時のこと。
次の予定を入れておかないと、また疎遠になってしまう、お互いにスケジュールを合わせよう、という話になり、いそいそと予定帳を開きました。

両方ともが一日お休みの日は、などとカレンダーに目を走らせるうち、私は極めて素晴らしいことに気がつきます。
「ねえ、今年は閏年うるうどしだよ!」
「そうだっけ」
「最高じゃない!?」
「・・・何で?」


互いの調子のずれに戸惑いつつ、それでも私はその"最高"さを端的かつ完璧に伝えようと、精一杯の熱弁を振るいます。
「2月が29日まであるんだよ?普通の年より一日多く、丸一日分の時間がプレゼントされるなんて凄くない!?」

友人は感慨深げに私を見つめ、ため息するように口にしました。
「みんなこうあるべきかも。見習わないと」
こう・・とは?」
「そんなことでそこまで幸せになれるんだ、すごいなあって」


当てこすりや馬鹿にされている感こそないものの、期待していた反応とは違います。
共感を得られず不満顔の私に、友人は笑い出しました。
「別に、一日増えようがどうしようが、どっちみち仕事するだけで、特に喜ばしくもないしねえ」
「でも、このご時世、十分に時間が足りてる人っている?少なくとも私は全く足りないし、一日分余計に時間があるってものすごく助かるんだけど」
「それはわかる」
「だったら、その一日は贈り物だよ。嬉しく受け取らなきゃ」


言われれば確かにそうかもしれない、と徐々に洗脳が効いてきたらしい友人を前に、私もようやくひと息つきます。

やたらと忙しがるのもどうかという話ですが、友人にも話した通り、私はつい、もっと潤沢な時間があったならと考えます。

天文に関する本を読んでいた時、うらやましくなったのが火星の時間で、そこでは一日の長さが24時間37分であるそうです。


たかが37分、と笑うことなかれ。地球の24時間と比較して、毎日37分間長ければ、90日後にはおよそ2日半の余剰が生まれます。

三ヶ月ごとに2日半のおまけ時間がもたらされるとは、夢のような話です。
そのくらいの時間があれば、休むこと、働くこと、学ぶこと、遊ぶこと、夢見ること、何だって可能です。

慣れるとたちまち、その貴重な37分も雑務に紛れ、日々のどうということのない時間として消費されてしまいそうですが、そこだけは何とか自分の思い通りに使い切りたいところです。


それでも、いくら"人類が移り住むのに最適の星"と言われる火星であっても、幸か不幸か、まだ私たちがその土を踏む機会はないようですし、手にもしていない幻の時間について、空想を繰り広げていても仕方がありません。

私たちに与えられた一日の時間はきっかり24時間であり、いかに用事が山積みでせわしなくとも、どうにか算段をつけてそれでやりくりしていく他ないのです。


そんな、時に綱渡りとも言える日々に対する嬉しいギフトのように、今年の2月29日、気前よく24時間が与えられました。

四年に一度しかないこの日に生まれた人は、自らの誕生日をより特別なものとして迎えるそうで、私の誕生日は別の日ですが、それでもこの日が特別であるのに変わりはありません。

ですから、いくら単純な人扱いをされたとしても、私は冒頭に上げた英国詩人ウォルター・デ・ラ・メアの言葉に、心から賛同します。
大々的にではないにしても、この日を大いに喜び祝わなくては。


「でも、どんな風に?」
尋ねる友人に私は答えます。

「どんなでも。何か、自分にとって特別なことをするのがいいと思う。後から思い返して、記憶の中に付箋がついて、他の日とすぐに見分けがつくような」
「うーん、でも今からテーマパークは無理そう」
「同じく」

私たちは笑い合い、それならば他にどんな方法でその日に付箋をつけようかと考えます。


日が昇るあるいは沈むのを眺める、前から行きたかったお店に立ち寄る、写真を撮る、いつもと違う駅を使う、普段ならためらうようなご馳走を作るか食べる、誰かに電話して笑い話をする、花を買って飾る。

さほど大きな負担にならない、ちょっとした特別なこと。思わず嬉しくなるような、自分好みの何か。
それぞれの人の数だけ、もっと色々なアイデアが浮かぶでしょう。


要は、自分へのねぎらいやいたわり含みの、特別な日のお祝いができれば完璧です。
次にこの日が訪れるのはまた四年も先なのですから、遠方から訪れたなつかしい友を迎えるように、この日を過ごしてみるのはどうでしょう。

私ももちろん、ささやかで楽しい計画を練っています。
皆がこの日の"恵み"と"特権"を手にすることが出来ますように。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?