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[#シロクマ文芸部]朧月

妄想の朧月

朧月の夜 尚子は仕事帰り自宅へ向かう坂道をのろのろと登り 月を見ながら 物思いにふけるのが日課になっている。現実的なことではなく、妄想の世界がやって来る。辺りは薄く靄が立ち込め 人家も物音一つしない すると尚子は一気に妄想の世界に入り込むのである。
「今日はやけにぼんやりとして薄気味悪い月よね こんな夜は魑魅魍魎(ちみもうりょう)が何処かに潜んで居そうよね」そんなことを思っていると
脳内は既に阿蘇の外輪山に飛ぶのである。行けども行けども茫々とした薄野
その先に朧月に照らされたゆうすげの花があたり一面に咲いている。これは現世と来世の行き交う場所なのかと見とれていると 突然 黒い塊が月を背に現れた。その黒い塊が尚子に近づいてくる 慌てて ゆうすげの花に身を潜めて見ていると それは 甲冑に身を包んだ武者であった。塊が大きくなって目を凝らすと手には 落ち武者の生首を抱えている 尚子はおもわず声を上げそうになった。息をこらえて過ぎさるのを待つしかない 背後にはうなだれた家来衆がつづく 荒涼としたこのカルデラの中で今も行き場を失った亡者が彷徨っているのか 尚子はふと西行の歌を思い出した

ねがわくは 花の下にて春死なん そのきさらぎの 望月のころ

西行

尚子は手を会わせ一心に祈ったどうぞ成仏してください「南無阿弥陀仏」
ゆうすげがかすかに揺れている 亡者の手には 血に染まった刀が月明かりにきらりと光って見えた その刀は先ほど首を切ってきたような鋭い殺気を放ち
尚子はガタガタと震えが止まらなかった すると先程までの朧月が一陣の風によって 雲を払い月が輝きをました
亡者はそれを避けるように暗闇の中に消えていった。
輝きを増したもの それは尚子の家の玄関の外灯であった 妄想の世界に入り込んでいるうちに 自宅にたどり着いた 尚子は「なんてこと!とんでもない妄想しちゃった!」「あぁくわばら くわばら」
「おかあさん ただいま…」
母「どうしたの 冴えない顔して」
尚子は「なんでもない!。(まさか妄想してました)とは言えない。「ネェ~良い匂いがするんだけど晩ご飯 何?」
母は調理場から尚子にくるりと体を向けた
「今日は 鍋いっぱいの具雑煮だよ」
そう言った母の顔が 亡者に代わり鍋の中には先ほどの生首が浮かんでいた
尚子は 後ろにのけぞり奇声を上げた
「ぎゃあーーー!」
ハイ! そこまで!妄想終わり!自分怖がらせてどうすんのよ!尚子は果てしなく続く妄想を払いのけ 勢いよく玄関をあけた 「お母さんお腹すいたー!」母「今日は貴女の好きなハンバーグよー」
「ヤッターーー!」

お終い🙇




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