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【エッセイ】蛙鳴雀躁 No.9

 子供の頃から、集団生活が苦手でした。幼稚園も、ひと月も通わずにやめました。引きこもりや自閉症や発達障害をさす言葉自体がなかった時代なので見過ごされたのだと思います。
 手先も異常に不器用でした。女の子なら、レース編みやお手玉や毛糸のマフラーをつくった経験があると思います。
 母になんども習いました。編み棒や針をつかって、基本中の基本を習うのですが、どうしても覚えられないので、母は、「この子は学校へ行っても他の子についてかれへん」と思ったそうです。
 予感は的中しました。

 この文章も、ワープロで書いています。
 なぜ、パソコンが使えないのか、自分でもわかりません。
 あの亀の子みたいなマウスがどうしても操作できないのです。
 画面に映る蚊に似た矢印があちこち移動するので、マウスを押しても思い通りに動いてくれません。
「マウスが押されへんヒトに会うたことがない」と娘は感心してくれますが、現実に押せないヒトがここにいるわけです。

 小説を書くようになり、某大学・心理学科の女性教授とお話しする機会があり、「学校で習う簡単な化学式も暗記できなかった」と申しあげたところ、「学生のつくった心理テストを受けてやってくれない?」とおっしゃったのです。
 設問があり、「はい」「どちらとも言えない」「いいえ」の3つの中から1つ選んで丸印をつけます。木の絵も書きました。
 この心理テストの結果でわかるのは、おおまかな性的傾向です。
「もっとも男性的」「やや男性的」「ふつう」「やや女性的」「もっとも女性的」のどれに該当するのか――。
 もうおわかりだと思いますが、私は「もっとも男性的」。
 おっしゃあ!!! 
 叫びだしたい気分でした。
 男性的だから暗記ができないという意味ではありません。
 主人公が男性の場合のほうが、書きやすいのです。
 アボンダラ、どついたろか、クソッタレ、殺したろか……。
 小説を書く作業は私にとって癒しです。
 性別を越えられるし、日常では使えない言葉が書けるからです。

 小説を書くときの言語は、外国映画と漫画で覚えました。学校教育でなかったことだけはたしかです。字幕を読むことで会話のカタチを無意識に覚えた気がします。
 漫画は、同世代の作品をくりかえし読みました。私のベスト3は、萩尾望都の『ポーの一族』、竹宮恵子の『風と木の詩』、大島弓子の『ヨハネが好き』。少年漫画も大好きでした。楳図かずおの『漂流教室』は全巻そろえて本棚にあります。しかし、もっとも強い衝撃を覚えたのは、大友克洋のアニメーション『アキラ』のファーストシーンです。バイクが疾走し、主人公のこめかみの血管が浮き上がり、歯ぎしりをするシーンは頭が砕けそうな感覚があって忘れがたい。

 当時は、貸本屋さんがあって、日参しました。私以外は小学生がお客さんです。1日に1冊しか借りない子供がほとんどなので、私のように何冊も借りません。
 貸本屋のおじさんは、新刊がでるたびに私のためにとっておいてくれるのです。おびただしい量を読みました。単行本、雑誌をふくめて少女漫画と少年漫画の両方読むわけですから、テレビを見る時間がありません。大人気だったトレンディドラマも見ずじまい。
 母は、「なんでええトシの大人が、マンガなんか読むんよ」と、嘆いていました。

 19歳で結婚した私は、たまにアルバイトに行っても三月とつづかず、土曜日は、3本立ての映画、たしか100円で見れるオールナイトに行き、日曜日には、兄と夫と私の友人の四人で麻雀をして過ごしました。負けても負けても飽きない。たまに勝つと、決まり文句の「麻雀と飛行機あがらなあかん」と、うそぶいていた記憶があります。

 30半ば、母の死が切っ掛けで、思いつきで書いた小説で地方の小さな賞をいただきました。そのときから、脳天気のままではいかんと、本棚に飾ってあった文学全集を読みはじめました。
 最初のうちは、頭がぐらぐらしました。
 座っていても、からだが揺れるので、夫に、「いま地震があったやろ?」と聞くと、「むつかしい字ぃを読むから、おかしいになるんや」と言われる始末。
 あとから考えると、震災の予兆だったのかもしれません。

 出版社からはじめていただいたお話の題材は、「タカラヅカファンの女の子」。
 たしかにタカラヅカは幼い頃から観てきたけれど……。
 女の子の気持ちがわからない。
 小中高と休みがちで、友達もいなかったし、結婚はしたけれど、それは、働かずに暮らす選択肢が他になかったからです。
 窮余の一策とは、これをさして言う熟語だと思います。

 夫がもし、心理テストを受けていたら、「もっとも女性的」だったのではないでしょうか?
 ボタンがとれても、ズボンのすそがほつれても、裁縫箱を出して
老眼鏡をかけ、つくろうのは夫たる者のツトメ。
 妻たる私は夜中に起きて、冷蔵庫の中のものをあさって食べちらかし、翌日に備えます。ひからびてミミズみたいになったうどんや、ポテチ、スライスチーズ、チクワの切れ端を踏むと、きれい好きの夫が文句をたれるからです。そのときに動じないにために「私やないデ」と、そ知らぬ顔で対抗しなくてはなりません。

 ばかばかしい話をお読みくださり、ありがとうございます。

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