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映画感想文「かそけきサンカヨウ」



サンカヨウ(山荷葉)は、高原地帯で5〜7月に開花する花だそうで、開花の期間は1週間ほど。スケルトンフラワーとも呼ばれ、雨水などの水分を含むと花びらが透けてみえるそうだ。
画像を検索すると、そのガラス細工のような美しい様が見られる。

幼い頃に母が家を出ていき、父と暮らす陽(志田彩良)。高校生になる彼女は、父(井浦新)と二人分の食事を用意し、生活を整えている。
ある日、父が再婚することになり、再婚相手の美子(菊池亜希子)とその4歳の娘、ひなたとの4人の生活が始まった。
学校では仲の良い友人もいて、陽がほのかに恋心を抱いている陸(鈴鹿央士)との関係も、少しずつ距離が縮まっていく。

3歳の頃から会っていない実母への思い、新しい家族となった美子とひなたへの思い。
そして陸との恋のゆくえ。
人との関わりの中で、陽は成長していく。

この映画を観始めた段階では、サンカヨウのイメージはまさに陽であって、きっとサンカヨウのように清楚で可憐な10代の女の子の、繊細な心情を描いているのだろうな、と思った。
儚いイメージ、というか。

実際はちょっと違った。
あくまで私の印象ではあるが、陽は繊細で可憐な女の子ではあるけれども、芯がとても強い。そのまっすぐな強さが、陽の周りの人々の気持ちを動かしていくのだ。

陽が、突然家族となった美子とひなたを、徐々に受け入れていく過程。
父が連れてきたひなたと美子と、顔合わせの食事会をするシーンがあるのだが、その時の志田彩良さんの自然な演技がとても好きだ。
4歳のひなたの幼児ならではの我儘ぶりに圧倒されながらも、どこかあたたかい眼差しを向けるシーン。父と2人で暮らしてきた陽にとって、新しい家族が増えることの戸惑いはもちろん大きいはずであるが、楽しみだな、というプラス感情がほんのり感じられる演技であり、とても素敵だった。

この映画の魅力は様々な角度で語ることができるが、私が強く感じたのは、大人軸とティーンエイジ軸の、ふたつの視点で楽しめること、だろうか。

陽と陸の恋のゆくえ、友人たちとの関わり、高校生ならではの進路への悩み。陽の目線からの家族関係、陸の目線からの家族関係。言葉足らずで、気持ちをどう表していいのかわからず、なんなら初めて湧いている感情たちに名前さえつけられない、そんな10代の揺れる心象風景。それらが染み入ってきて、我が青春を思い返すのである。

父の直、美子、陽の実母の佐千代(石田ひかり)、それぞれの気持ちも豊かに表現されている。陽のまっすぐで素直な言葉が、大人たちの胸に響いていく様子が印象的だ。
直と陽が、佐千代が出て行ったことについてちゃんと向き合って話すシーン。そして佐千代と陽が再会するシーン。その再会で気持ちの整理をした陽が、美子を母として受け入れるシーン。
大人は事情が複雑なもので、それゆえに感情をすぐには出せない深いところに隠しがちだ。陽に比べて、私たち大人はダサい。
そんなそれぞれ色々抱えた大人たちが、陽の言葉で救われて、前を向いていく様子がまた心に染みる。

かそけきサンカヨウ。
儚く美しいその様は、主人公・陽のメタファーだけではなく、登場人物それぞれの感情の機微を表しているように、私には思えた。
人の気持ちは不確かで絶えず揺れる。
さっきまで確かにここにあったのに、色がはっきり付いていたのに、いつの間にか透けて実感を失う。
そんな不確かなものだからこそ、陽のように、その時に話せることを、その時の言葉で、相手に届けたらよいのだ。
そのときの自分にしか伝えられない言葉があるのだから。

今泉力哉監督の作品が好きである。
3月に始まるドラマ「からかい上手の高木さん」もとても楽しみにしている。


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